30 エルフの長老の十三番目の妻は遠慮したい
長い廊下を歩き、建物の中でも階段を登り、また長い廊下を歩く。中で仕事をしているらしいエルフは女性しか見かけない。
(なにかしら、この重苦しい感じ……)
きれいに手入れがされているのに、心地いいと感じないのが不思議だ。
奥の部屋の扉を女性エルフが開いてくれる。
(なんか表情が死んでるのよね)
エルフはみんなそんなものだと言われればそれまでだけど、外のエルフ以上に固い気がする。
部屋の中は半分ほどが一段高くなっていて、高いところの中央に長い金髪のエルフがいる。女性のひざまくらでくつろぎつつ、こちらに顔を向けている状態だ。
長老と聞いてイメージするよりずっと若く見える。父よりも外見年齢は低く、おじさんの手前のお兄さんという感じだ。
キグナスが中に入っめ膝を折る。礼儀に従うために一歩後ろで背を低くして頭を下げる。他のメンバーも同じように礼を示す。ペルペトゥスはどこか不思議そうにしている。
長老が起き上がり、見下すような視線が飛んでくる。
「ふむ。老害は一掃したと思っていたが、里の外に出ていたか」
(老害を一掃……?)
なんだか物騒な響きだ。
「此度の帰郷の目的は?」
スピラとペルペトゥスが一瞬視線を交わして、ペルペトゥスが答える。
「……娘が一度故郷を見たいと。ヒトの考古学者が見たいという古代の祭壇にも懐かしさがある故、共に見に行かせてもらえるとありがたい」
「ほう? 里には残らぬと?」
「ウヌらは長く里の外で過ごしておる故。長く居る気はあらぬ。目的を果たしたなら、今日中か、遅くとも明日には立ち去ろう」
「ふむ。許す」
(え)
長老の雰囲気から交渉は難航する気がしていたけれど、あっさりとそう言われて驚いた。
「が、娘は置いて行け」
「え」
安心した直後に思いがけない言葉が続き、つい声が出てしまった。
「世の十三番目の妻として傅く光栄を授ける」
「その条件は飲めません」
「それはなりません」
スピラとキグナスの声が重なる。
「ほう? 世の決定に異存があると?」
スピラとキグナスが顔を見合わせて、キグナスが先に口を開く。
「申し訳ありません、サギッタリウス様。彼女は我が先約を」
「いやいやいやそれもOKしてないからね?!」
スピラが素でつっこんでから、居住いを正す。
「娘には本人が思う者と添いとげてもらいたいと願っております。なので、サギッタリウス様やキグナス氏のお申し出はありがたいのですが、遠慮させてもらえればと」
「ふむ。近年のヒトの流儀であったか? おもしろい趣向ではあるな」
長老のサギッタリウスがニヤリと笑う。
「娘。世の妻では不服か?」
(ううっ、胃が痛くなりそう……)
「畏れ多いのですが、今しがたお目見えしたばかりなので……」
「よい。ならば今宵、歓迎の宴を開こうぞ。世を含めた里の者と交流を深め、その後、伴侶を選ぶがよい」
「……選ぶ前提なのでしょうか」
「此度の帰郷の真の目的は伴侶探しではないと?」
「え」
「熟れたての果実を運んできたのだ。汝にそのつもりがなくとも、両親にはあるのではないのか?」
「いえ、まったく」
スピラがすんとした顔で全否定し、ペルペトゥスが続く。
「あらぬ。我らが目的は言葉通りである故」
「ふむ。まあよい。選ばぬなら選ばぬでかまわぬが。汝は世を選ぶであろうよ」
(すごい自信ね……)
ニヤニヤと笑って言われる。正直、苦手なタイプだ。サギッタリウスを選ぶことは万にひとつもないと思う。そもそも自分はオスカー以外に興味はない。
「宴の用意ができるまでは好きに過ごすがよい。古代の祭壇であったか? そこも含め、里と森で自由にする権利を授ける」
「……ありがとうございます」
(目的は果たせるから、これでいいのよね……?)
「ヒトの子らも、娘らと同伴であれば見学を許す」
「ありがたき光栄です」
ルーカスがしっかりと答えるのを聞くと安心する。今は長老に従うのが正解なのだろう。
キグナスの後について長老の屋敷を出る。
「……言いたいことはあろうが。里の中の会話はサギッタリウス様に聞こえていると思っておいた方がいい。とりあえず我が屋敷で休むか?」
聞かれて、ルーカスを見る。参謀の判断に任せたいところだ。
「そうだね……、気持ちはありがたいけど、用事を済ませて来ちゃおうかな。キグナスさんを訪ねられるように、屋敷の場所は教えてもらっていい? あと、連絡魔法は送ってもよかったりする?」
「うむ」
少し歩いてキグナスの家を教えてもらう。標準的な作りという印象だ。
「里への入り口は、この里の者じゃなくても開けるのかな?」
「里長の許可があれば開ける。自由に過ごすことを許すと言っていたから問題ないはずだ」
「わかった。じゃあ森の中で場所さえ見失わなければ大丈夫なんだね」
「古代樹を中心に、里の範囲があるだろう? 大体そのあたりで呪文を唱えれば入れるから、あまり神経質になる必要はない」
「そういうものなんだ? それは助かるな。ペルペトさん、目的地は遠いの?」
「否。森で休みつつ話せればと思う」
「了解」
「里の範囲外に出ると、あたりの景色がただの森に戻るようになっている。そこまで同行しよう」
「キグナスさん、いろいろと親切にありがとうございます」
「かわいい未来の妻のためならなんなりと」
「いやあげないよ?!」
スピラのつっこみをなかったようにして、自分への言葉が続く。
「今宵、貴女から選ばれるよう努力しよう」
「えっと……、すみません。あまり期待しないでいただけると……」
「サギッタリウス様がよいと?」
「それは絶対にありません」
つい本心を言ってしまったら、キグナスがクックッと笑った。
「サギッタリウス様は絶対になく、我は期待しないで、か。ならば努力のしがいもあろう」
どう言ったら諦めてもらえるのかを考えていたところで、ルーカスの声がした。
「ジュリアちゃん、キグナスさんがそうしたいならそれでいいんじゃない?」
「……すごく申し訳ないのですが。わかりました」
里の外、エルフの領域の森に出て、キグナスと別れる。里の中にいるよりは森にいた方が居心地がいいから、キグナスは自主的に見張りをかって出ているとのことだった。
見張りとは名ばかりで、ここ数十年で初めての来客だったそうだ。ヒトの冒険者がこの森に来ることもあまりないらしい。
「とりあえず少し休みましょうか。なんだかすごく疲れました……」
満場一致で賛成が返る。
後で戻す前提で、ツリーハウスを作らせてもらってみんなで入った。壁にそって座れるように段差をつけてある。
ちゃっかりオスカーの隣に座って彼の手を取った。やっと一息つけた気がする。
リンセとルーカス、ペルペトゥスとスピラで並んで座っている。全員座ってちょうどいい広さだ。
ユエルが膝の上に降りて来たから、翻訳魔法をかけてから軽く撫でた。
スピラが深く息を吐きだす。
「ハァ……。ごめんね? こういうことも想定しておくべきだったね」
「こういうこと、ですか?」
「うん。私にとってジュリアちゃんが特別おいしそうなら、他のエルフにとってもその可能性があることを考えておくべきだったなって」
「そこはぼくも反省してる。エルフはダークエルフより排他的なイメージが強かったから、外から来た異分子を取りこもうとするとは思わなかったんだよね。
偏見を持たないで考えておくべきだった。同族が適齢期の女の子を連れて戻ってきたら、長老みたいに受け取ってもおかしくはないよね」
「まあ、驚きましたが、危害を加えられたわけではないので。応えられないのは申し訳ないですけど」
「手を握られていたのは、ちゃんと上書きしておかないとな」
オスカーがそう言って、もう片方の手もつないでくれる。嬉しい。
甘えるように握りかえす。今日はオスカーが足りないから、ここで補給できるのが嬉しい。




