29 見張りのエルフからの求婚は聞き間違いじゃなかった
「トニトルス・デフェシオ」
「サンダーボルト・スタン」
同時にスピラとオスカーの声がした。系統言語が違うだけで、同じ魔法だったはずだ。
「ちょっ、二人とも待ってください」
慌ててエルフの青年を後ろに庇う。触らなければ効果がない魔法だから、これで防げるだろう。
「いや有罪だよね?」
「ああ、有罪だ」
初めて二人の息が合っているところを見た。が、こんなところで合わなくていいと思う。
「友好的に目的を果たすには、この方に危害を加えてはダメですよね?」
「ジュリアの言うとおりであろう。落ちつくがよい」
「オスカーもね」
ペルペトゥスがスピラ、ルーカスがオスカーをなだめてくれる。
ペルペトゥスが自分を呼び捨てにしているのは、父親を演じることを思いだしたからだろう。
エルフの青年に向き直る。
「すみません、お騒がせして。えっと……、妻に、と聞こえたのですが。私の聞き間違いでしょうか?」
「間違っていない」
「初対面ですよ?」
「恋とは唐突に訪れるものだと聞いていたが、まさか真実だとは。このような出会いは生涯で二度となかろう」
頭を抱えたい。想定外すぎる。
ルーカスが一歩前に出る。
「お話し中、すみません。あなたが彼女を気に入ったことはわかりました。これからゆっくり友好を深めていくためにも、ぼくらの話を聞いてもらえないでしょうか」
「む? ニンゲンか。同胞が連れて来たのか?」
「ぼくらは考古学をしていまして。エルフの森の中にある古代の場所を見てみたいと思っていたところで、彼女たち親子に出会ったんです。
遠い昔に森を出て過ごしていたけれど、最近できた娘に一度故郷を見せたいとのことで、目的地が一致したので同行させてもらいました」
「ふむ」
(真実にしか聞こえないわ……)
流れるように設定を話すルーカスはさすがだ。
「いずれにしろ長老に会ってもらわないといけないだろう。あいわかった。ついて来るがいい」
そう言いつつナチュラルに手を取って引かれる。
「あの、すみません。……歩きにくいので、離していただいてもいいですか?」
「ああ……。なんともかわいらしい表現をするな。見染めた通りだ。ますます気に入った」
友好的でいられるように言葉を選んだが、想定外の反応しか返らない。
手は離してもらえたけれど、後ろに下がろうとすると相手もペースを落とし、距離を変えさせてくれない。
後ろから殺気を感じる。二人分だ。
スピラが間に入ってくる。
「言っておくけど、ジュリアちゃ……、娘をお嫁に出す気はないから」
「ご母堂であったか。これは失礼した。そちらはご尊父であろうか」
「うむ」
「我が名はキグナス。お見知りおきをいただきたい」
(あ、本当にファミリーネームは名乗らないのね)
詳細なふるまいについて話していた時に、スピラからファミリーネームは名乗らないように言われている。この森の出身ではないことがわかるからだ。
それで問題がないのかを尋ねると、エルフはそれを名乗らない文化だから問題ないはずだとペルペトゥスが言っていた。
フルネームは呪術などに使われることがあるため安全のために伏せ、里の外の者には明かさないのだそうだ。
「……私はスピラ。お見知りおくつもりはないけどね」
「ウヌはペルペトよ」
スピラは女性名としても通じるからそのままになっている。ペルペトゥスは、グレースと来た時に本名を名乗っているから、万が一を考えて縮めた偽名にしている。
「で、ジュリア殿だな。なんとも現代的でステキな響きだ」
「……ありがとうございます」
自分の名はヒトのものだけど、百歳やそこらの若いエルフ、それもヒトの世界で暮らしてきた夫婦の娘としてなら通じるだろうと言われている。現代的というのはそういうふうに受けとられたということなのだろう。
「あの、キグナスさん」
「貴女から親しみをこめて呼んでもらえるとは。感無量だ。して、なんであろう?」
(普通に呼んだつもりなんだけど……)
なんだかやりにくい。
「なぜ私なのでしょうか? 里の中の女性の方がいいように思うのですが」
エルフは排他的だと聞いている。基本的に里の中ですべてを完結させるとも。だとすれば、外から来たエルフは異分子なのではないのか。
同種として多少警戒が緩めばいいというくらいの認識でいたのに、恋愛云々は飛躍しすぎていてついていけない。
「嫉妬だろうか」
「違います」
「恥ずかしがらぬでもよい」
「違いますって……」
「かわいいものだ」
すごくやりにくい。
「質問に答えるなら……、会ってもらえればすぐにわかるだろうが、ここの女性は正直、気位が高すぎてまるでかわいげがない。
男はかしずかせるものだと顔に書いてあるような、ツンとしていて無表情な年上しかいないからな……。
かわいらしい年下というだけでカルチャーショックを受けたのもあるだろう。が、それだけではない。これはもはや運命だろう」
「違うと思います……」
一方的に運命にしないでほしい。
キグナスが足を止める。
「ここが里の入り口である」
そう言われたけれど、これまでと変わらないように見える。
「ソール・オムニブス・ルーケト」
「太陽は万物を照らす、か。ふむ。確かにそんな言葉であった」
ペルペトゥスが懐かしむように言う。以前来た時の話だろうが、今の立場としてもおかしくはない。
結界を解除する言葉なのだろう。ただの森が続いているように見えた場所が突然開け、そこそこ広い集落が現れる。
主に木で建てられている家々は、建て直しながら使っているのか、古く見えるものから真新しいものまで様々だ。家と家の間隔はかなり広く、のびのびとして見える。
村の中央に古代樹が立ち、その周りを囲むように木の階段があり、数階分高いところにひときわ立派な建物が建っている。
「あれが今の長老の家である」
「ふむ。昔は平場であったと記憶しておるが」
「かなり昔はそうだったらしいな。我ら若いエルフはその時代を知らないが」
若いという彼がどのくらいの年齢なのかはわからないけれど、少なくともペルペトゥスが前に来た時よりもかなり後に生まれたのだろう。
家の外、集落の中にいたエルフが何人か集まってくる。
「キグナス、その者たちは?」
「客人だ。長老様にお目通り願おうと思っている」
「若いおなごか」
値踏みするような視線がまとわりつく。男性からのものと女性からのものでは意味合いが違って感じられた。
スピラが間に割って入る。
「うちの子に用があるなら私を通してくれるかな?」
「……若作りが」
大人びた容姿の女性エルフから言われて、スピラがイラッとしたように見える。外見年齢はスピラの方が低いけれど、魂の方がかなり高いからそう言われたのだろう。
キグナスが長老宛に連絡魔法を送り、ルーカスが説明したことを簡単に伝えた。すぐに返答が来る。
『謁見を許す』
堂々とした威厳のある声だ。聞くだけで背筋が伸びる気がする。
キグナスに案内されて階段を登っていく。
「……この階段けっこうきついって思うのぼくだけ?」
小声でぼやいたルーカスに同意する者は今のメンバーにはいないようだ。リンセも軽やかに登っている。
「一緒に朝練をするか?」
「考えておこうかな……」
扉の前に見張りはない。キグナスが戸に触れて呪文を唱える。
「エゴ・フィデーリタテム・ユーラーレ」
(あれ、これ忠誠を誓わされてる……?)
古代言語にくわしいわけではないから、なんとなくというくらいにしかわからないけれど、そんな言葉だったはずだ。
自分が唱えているわけではないけれど、あまりいい気はしない。




