28 エルフとのファーストエンカウント
空から見下ろしていると、場所によって地上の色が変わって見える。南への移動は少しだけで、ほとんどまっすぐ東に向かっているだけだが、植生や気温が違うのだろう場所もあった。
「ふむ。変わっておるところとそれほど変わっておらぬところがあるが。全体としてはヒトの街が大きくなり、増えておるかのう」
「昔に比べると、ヒトの数はかなり増えてるね」
(超長命な二人が言う昔っていつかしら……)
様子を見ながら適当なところでお昼を配った。スピラに運転を代わることを提案したら、自分が食べ終わってからでいいという。
受けとったオスカーとルーカス、リンセが早く食べたそうにうずうずしている。かわいい。
「ペルペトゥスさんには足りないと思うのですが」
「エネルギーの摂取という意味であらばウヌはまとめて食し、しばらく食さずとも問題ない故。小亀の分でまだ足りておる。
が、みなと同じものを共有するのは愉快よ」
「私たちと食べるのは、ペルペトゥスにとってはおやつみたいなものだよね。ゴマひとつぶくらいの」
「ゴマひとつぶ……」
しっかり一食分を用意したけれど、ペルペトゥスの縮尺を考えればムリもないだろうか。
ユエルには果物を出した。
「ふむ。ヒトの姿で食すヒトのものは常に興味深いのだが。これはまた美味よのう」
「おーいしーいニャーっ!」
「ジュリアちゃんのごはん、おいしいよね。これだけでも婚約してるオスカーがうらやましすぎる」
「ああ。好きなだけうらやんでいいぞ」
「ふふ。お口にあったなら嬉しいです」
スピラと運転を代わる。いつもよりだいぶ速いイメージで魔力を流してみる。
「スピラさんのスピードに合わせるなら、このくらいですかね」
「あはは。少し速くなってる気がするよ?」
「スピードを出すって楽しいよね」
「ふふ。速くてもいいって楽ですね」
ホウキは自分の一部という感覚だから問題ないけれど、絨毯はゆっくり飛ばす方が難しい。
「ずいぶん巨大な木があるな」
「ほう。古代樹は大きくなったものよのう。周りの木々はあまり変わらぬように見えるが。あのあたりが目的地よ」
「じゃあ、もうだいぶ近いですね。絨毯が目撃されないように全体に透明化をかけましょうか」
一瞬沈黙があった。ちらりと振り返ると、それもあったかという顔をしている気がする。
ルーカスが苦笑した。
「……ああ、うん。ジュリアちゃんは存在が反則だったね」
「なんですか存在が反則って……」
「反則的にかわいいからな」
「そっちじゃないよ?! それもそうだけど!」
なんの話をしているのか。オスカーもルーカスもひいきがすぎる。顔が熱い。
「魔法を使うなら運転代わろうか?」
「ありがとうございます」
スピラの提案に甘える。
「ごちそうさま。すごくおいしかった」
「よかったです」
食べ終わったスピラに運転を戻して、ミスリルプルズンを含めて完全な透明化の魔法をかける。
(完全に透明で魔法も効かない丈夫な壁のダンジョンが作れそう)
ふと思ったけれど、また普通じゃないと言われそうだから黙っておく。
「ペルペトゥス、そろそろ着くけど、どのへんに降ろせばいい? 古代樹でいいの?」
「あの頃と変わらぬのであらば、空からは入れぬよう結界が張ってあろう。前は森のどこかから徒歩で入ったのであったか……」
「とりあえずスピードを落とすね」
「エンハンスド・アイズ。道らしきものは見当たらないな」
オスカーが視力強化の魔法をかけて確認してくれる。
「エルフは昔から排他的でのう。稀に変わり者が森の外に出たり、ヒトの冒険者が訪れたり、という以上の交流は、未だにないのかもしれぬ」
ペルペトゥスの話をルーカスが受ける。
「普通に訪ねるなら、近くの街の方向からが自然かな。オスカー、街は見える?」
「ああ。古代樹までの距離からすると、南西の方に見える街の方から行くのが妥当だと思う」
「じゃあ一旦そっちの方に降ろそうか。森の外は問題ないんでしょ?」
「うむ。エルフが森の外まで領域を広げることはなかろう」
ペルペトゥスとオスカーとスピラで相談しながら場所を決めて、絨毯が降ろされた。
ミスリル・プリズンを解除して絨毯の形に戻す。それをオスカーが巻いて、探検家の服と合わせて用意したリュックに固定して背負ってくれる。
「ペルペトゥスさん、透明化したまま目的地に行って用事を済ませるっていうのはどう?」
ルーカスの提案にペルペトゥスが首を横に振る。
「透明化しておっても、草を踏めば凹み、木に触れれば揺れるであろう? エルフはそれに気づくであろうから、見つかった時に敵対の意思ありとされるリスクが大きかろう」
「なるほど。街と同じわけにはいかないんですね。ここで解除しますか?」
「うむ」
透明化を解除して、改めて森を見る。高く鬱蒼としげる緑がヒトの侵入を拒んでいるかのようだ。
「ウヌとスピラが先陣を切ろう。ウヌは魔法が使えなくとも、ヒトよりははるかに丈夫故」
「真ん中にジュリアちゃんとリンセちゃん、しんがりをオスカーくんとルーカスくんでどう?」
「うん。仮の立場としても妥当じゃないかな」
「わかりました」
ユエルは定位置の頭の上に収まっている。
ペルペトゥスとスピラを先頭に森の中へと入っていく。大きな木が多いが、光が届かないほどではない。木漏れ日がキラキラとしてキレイで、怖い感じはしない。どちらかというと神聖な場所に立ち入っている感覚だ。
時折、古代樹が見える。おかげで方向を見失うことはなさそうだ。
「森を進みエルフの領域に入ると、そう経たずに見張りに見つかるであろう。その者に事情を話し、里まで案内させ、長老の許可を得られれば話が簡単になろう」
「そのへんは必要に応じてぼくが話そうか」
「ありがとうございます。ルーカスさんなら安心です」
「ふむ。ジュリア嬢の方が女性らしいが、どこかグレースに似ておるところもあるのう」
「……すみません。ペルペトゥスさんとしては褒め言葉なのでしょうが、私は全力で遠慮したいです……」
「ジュリアにとっては、世界の摂理と同レベルの災いのタネだからな」
「はい。頭では誰も悪くないって理解しているのですが、私が全て失った元凶なので……」
原初の魔法使いの苦労を知ってからは前よりマシになったけれど、好ましくはない。
「ちなみに、どのへんが似てるの?」
ルーカスは興味で聞いている印象だ。
「ウヌらに一切の偏見を持たぬところや、適材適所を使い分けるのが上手いところよのう。
グレースの周りでは不思議と、ヒトも魔物も仲間になっていくのが愉快であった」
「あはは。確かに似てるね。ジュリアちゃんはグレース・ヘイリーの子孫なんだっけ? それもあるのかな」
「私にはそこがもう呪いなのですが……」
「個人の資質じゃない? グレースの子孫、世界中にいっぱいいるはずだから」
「え」
初耳だ。そんな話は聞いたことがない。
言ったスピラが逆に反応に驚く。
「え、知らなかった? 晩年のグレース、当時としては珍しくないんだけど、子だくさんだったんだよ。十二人だっけ?」
「うむ。当時としても多かったのではなかろうか」
「で、思い入れはあるから子孫を見守ってたんだけど、どんどん数が増えるから追えなくなっちゃって、数代であきらめたの。だから今は結構な数がいるんじゃないかな」
「歴史を習う時にもまったく聞かない話だね」
「グレース本人が英雄として持ち上げられるのを嫌ってたからね。名もなき者たちの墓に入りたいって言うような人だったから。
子どもたちにも普通に生きるように言い聞かせてて、語り継がせなかったんだよね」
「なんかもう、より一層、なんで私だったんだろうって思います……」
「ジュリアちゃんにとってはそうなんだろうけど、私は、こうしてジュリアちゃんに出会えて嬉しいよ?」
「……だいぶ取り戻せたから少し落ちつきましたが。……それでも。失ったもの……、二度と手に入らないものはあって」
娘を思いながら改めて言葉にすると、やはり泣きたくなる。
オスカーに手をつないでほしいと思って振り返ろうとしたところで、前方ナナメ上から声がした。
「そこの者たち。これより先は我らが聖域である。足を止めよ」
声の指示に従ってペルペトゥスとスピラが止まり、続けて自分たちも止まる。
少し先の木の上から、弓を持った人物が姿を現した。整った顔立ちに白い肌、長い耳。銀色の長い髪がキレイなエルフの青年だ。
「迷い人であらば帰路を案内……、いや、これほどかわいらしい同胞が存在したとは」
つかつかと歩いてきたと思ったら、前にいるペルペトゥスとスピラをガン無視して、突然手を取られた。
「我が妻になってほしい」
「……はい?」




