34 [エリック] 行方不明の娘を探して
「一週間近くも経つのに、まだ見つからないのか?」
イラだって口調が強くなっている自覚はある。が、抑えられない。
「なにぶん、空間転移は足跡が残りませんのでね」
捜索の指揮をとっている管理部門の部長、ビリー・ファーマーが答える。
「捕まえた二人からアジトの場所は聞き出せないか?」
「まだ話せる状態にはないですね。ギリギリ一命はとりとめたとはいえ重体ですので。
上級回復液も使いましたが、いつ意識を取り戻せるかわからないですね。もう少し加減してください」
「加減していたらジュリアは今ここにいたのか?」
「……いいえ」
「あれでも死なない程度にはしたんだ。でなければ生きてはいない」
「それはわかっていますがね」
「……捜索を続けてくれ」
「もちろんですとも」
深く長く息を吐きだす。
(ジュリア……)
なぜ娘が攫われたのかはわからない。領主の息子フィンを狙っていたなら無関係なはずだ。
あの時ああしていれば、こうしていればという後悔が尽きない。
(裏魔法協会……)
最初に戦闘になったのは、禁呪である毒魔法を使う子どもだった。自分以外に相手をさせてはいけない、人がいる場所の近くで戦ってはいけない、野放しにするわけにもいかない、そんな相手だ。すぐにでもジュリアのところに飛んでいきたかったが、ジュリアにもアレを近づけないのが最優先だと判断した。
部下たちが来て、救援に向かわせられると思ったが、鎧姿の相手は目に見えない攻撃を連打してきた。詠唱がなく、筒が向けられていたことしかわからない。
(未知の魔道具、か)
一撃が致命傷レベルではないものの、受け続けるとまずそうなレベルではあった。何より、相手の攻撃が速くて集中して魔法を唱えられないのがやっかいだった。
「優先順位を変更。敵を引きつけて街から離れる。皆はなるべく私の近くで援護を。最速でこの二人を捕獲してから領主邸の救援に向かう」
「了解!」
あの時にはそれが最善だと思っていた。
決して手を抜いて戦っていたわけではない。魔法協会は生かして捕まえるのが前提なのと、急がないといけないという焦りから、戦闘においていくらか判断が鈍っていた可能性はあるが。
押されるほどではないものの、決め手にかけるまま時間ばかりが過ぎていた。今から思えば、それが相手の狙いだった可能性すらある。
「お父様ーっっ!!! ジュリアはここです!! 愛していますっ!!!」
娘の声がした。誰かに拡声魔法を使ってもらったのだろう。すぐに助けに行かないとまずい状況なのだと思った。
突然の声に驚いたからか、敵も味方も一瞬止まって見えた。
(今しかない!)
「サンダーボルト・ジャッジメント!!」
捕獲などという生ぬるい考えは捨てた。敵の命も命ではあるから保証すべき、情報を引きだすためにも生かすべき。それは原則だ。
娘の命よりも優先すべきことなどあるはずがない。
ターゲティングされた紫の雷が敵二人を撃ち落とす。直後、最速でホウキを飛ばしながら拡声魔法を返した。
後は部下たちが処理してくれるだろう。死なない程度には加減した。墜落して死んだら、それはその時だ。始末書でもなんでも書けばいい。処分があるなら甘んじて受けよう。そう腹をくくっていた。
自分の本気のホウキの速さについてこられる部下はいない。彼らはすぐにすべきことを把握して、落下する敵を捕獲、拘束し、必要な回復措置を行ってくれていた。指示がない中で最善をとってくれたと思う。
(最初から捕える方向ではなく、倒すつもりで戦っていたら間に合っていただろう)
一番の後悔はそこにある。優先順位を誤ったつもりはないけれど、結果的にはそうなった。
他の部下が報告に来る。管理部門の中堅だ。
「魔道具協会から敵の武器の分析結果が届いたのですが」
「聞こう」
「製造者不明。焼け焦げた部分も含め、魔道具協会登録の魔道具師の番号が刻まれた形跡はない。表にはない武器だと思われる。
多くの部分が壊れてしまっていて、構造の分析は不可能。おそらくは魔力で空気を圧縮して飛ばすタイプの武器だと思われる。
次があれば、壊さずに入手されたし。とのことですが」
「そうか。わかった」
部下を仕事に戻してから考える。
恐るべきはその攻撃が目に見えないことと、連射のスピードだ。詠唱不要で連続して攻撃ができる上に、その攻撃が不可視なのは戦いにくい。
(防御は可能だったから、対策としては、硬化系や防御系の魔法を使い、相手の攻撃を受けてもダメージが入らないようにするのが有効か。呪文を唱えられるまでは避ける必要があるが)
また他の者がやってくる。
「メイドの検死の結果が届いています」
「聞こう」
「犯人は裏魔法協会の魔法使いで間違いないと、検死の魔道具の結果が出ているというのは既にご報告したとおりです。
死因は毒物とのこと。自然界にあるものから作れる珍しくないもので、辺りにこぼれていたお茶から検出されたものと同じ成分です。
ただ、どのように遅効性にしたのかは不明とのこと。突然体内に出現したかのような効果の出方をしているとのことです」
「その結果をルーカス・ブレアには?」
「いえ、まだです。まだ復帰していませんので」
「そうか……」
ブレアはほとんどケガらしいケガはしていなかった。問題だったのは心身の疲労と、魔力切れを起こしていたのに魔法を使ったことだ。
(アレのことだから味方にも隠していたのだろう)
ルーカス・ブレアはかなりクセのある魔法使いの一人だ。状況的に必要だと判断すれば平気でウソをつくし、その時には誰も見抜けない。しかも結果的にはそれが最善だったりするから叱責もしにくい。
今回はその無茶のおかげで護衛対象だったフィンが守られた部分もあるのだろうから、なんとも言いがたいのだ。
(まったく……、限界突破があることを教えているのは「魔力切れになったら使えても魔法を使うな」という意味であって、「魔力切れでもムリをすれば魔法が使える」という意味ではないんだぞ……)
頭が痛い。
ブレアには、しっかり休んでから自分のペースで戻るように伝えている。
「おはようございまーす。ルーカス・ブレア、復帰します」
ルーカスの軽い声がした。笑顔がいつもよりわざとらしい。
「ルーカス。いいところに来た」
「敵がメイドにどう毒を飲ませたか、かな?」
「聞こえていたのか」
「ううん。ぼくがすぐそばにいて殺されてるから、絶対聞かれるかなって」
この男は察しがよすぎるところも扱いづらいが、助かることも珍しくないのが難しいところだ。
「そうか。で、お前はどう思う?」
「あの時、直感的にそう思っただけで、本当にできるかはわからないけど。それでいい?」
「言ってみろ」
「すごく小さな球体の結界に毒物を閉じこめて相手に飲ませて、状況に応じて魔法を解除したら、その場で飲ませたのと同じことが起きるんじゃないかなって」
「……よくそんな使い方を思いついたな」
「あはは。状況からなんとなくね。殺さないなら自然に排出されるまで結界を維持すればいいしね。サイズが小さければ可能でしょ?
人一人の致死量ギリギリにしておけば、排出後に影響を出す可能性はほとんどないだろうし、そもそも裏魔法協会ならそんなことは気にしないだろうし。
助かるためにフィン様を殺すように脅したんじゃないかな。成功しても口封じに殺されたと思うけどね」
「なるほどな。その可能性を検証させよう」
ひとつ息をつく。
「調子はもういいのか?」
「うん。普通に動くのは問題ないよ」
「よく護衛対象を守りきった。その点は高く評価している」
「……うん。ありがたいけど、ぼくもクルス氏と同じ理由で、守りきれたとは思ってないんだよね」
「……そうか。……そうだな」
ジュリアとオスカー・ウォードが消えた。もっと何かできたのではないかという思いはブレアにもあるだろう。
「なぜフィンではなくジュリアたちが連れ去られたと思う?」
「それはわからないかな」
予想外の返答に驚いた。今までこの男からこの言葉を聞いたことがない。
「……お前でもわからないか」
「そりゃあね、ぼくにもわからないことはあるよ。意識が戻ってからすっごく考えたけど、あの場でフィン様を放置して、ジュリアちゃ……お嬢さんと、加減なしの雷魔法が直撃したオスカーを、向こうが連れていく理由なんて思いつかないもん」
「そうか……」
なぜあの場にウォードがいたのかとは思うし、最後の方は気に入らない男だったけれど、部下を亡くすのはやはり辛い。
「まあ、もし仮にお嬢さんが空間転移の魔法を使える魔法使いだったなら、お嬢さんがオスカーを連れて姿を消す理由ならあるけどね。
魔法協会に渡すより、自分が治療した方が助けられる可能性が高い、とか」
「何を言っているんだ。ジュリアは魔力開花術式すら受けていないんだぞ?
仮に受けていたとしても、あの歳で、空間転移ができたり生死をさまようレベルの重体を治せたりする魔法使いがいるわけがないだろう」
「あはは。普通に考えたらそうだよね。余計なことを言ってないで、ぼくも捜索に行くね」
「ああ、頼む」
ブレアが協会内に残っていたメンバーから簡単に状況と分担を聞いてから、足早に魔法協会を出ていく。
あの後、すぐに近隣の魔法協会に協力要請を出し、魔法協会の全支部に逃げた敵の指名手配を依頼した。それに合わせて、ジュリアとウォードの捜索も頼んである。
応援に来てもらっている魔法使いを含め、フィンには常に四名の護衛をつけている。
拘束して回復待ちをしている敵二名は魔法を使えないようにしているが、念のために常時二名体制の監視をつけている。
この町の魔法協会の日常業務はトップ権限で一時的に停止して、行ける者はみんな捜索に行かせているし、臨時依頼を受けられる魔法使いにも片っ端から依頼した。
それなのに、いまだになんの消息もつかめていない。
(……ジュリア)
そもそも見合いなんてさせなければよかった。護衛に任せて二人きりになんてせずに、片時も離れなければよかった。
色々な後悔が巡るけれど、意味がないのはわかっている。
(どうか、無事でいてくれ……)
それだけを願って、できる限りの手を打っていく。




