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27 スピード狂の運転でエルフの領域に向かう


 翌朝、ユエルも連れて、約束していた早めの時間にペルペトゥスがいる地下室を訪ねた。ペルペトゥスがいじったようで、昨日よりもスペースが広くなっている。


「おはようございます。スピラさん、ペルペトゥスさん」

「おはよう、ジュリアちゃん」

「うむ」

 今日のメンバーなら問題ないだろうと翻訳魔法をかけたままにしているユエルが、飛び上がって驚いた。


「ちょっ、えっ、ちょっ、ヌシ様?! このドラゴン様は??!」

「別荘にいた頃からユエルも会っていますよ? ヒトの姿で」

「出かける上でも必要であるから、ヒトになっておこうかのう。ウィータホミニス・グラヴィオル」

 ペルペトゥスが唱えて姿を変える。体の中心に収束して、離れてしまった距離を一瞬で走って戻ってくる。


 ユエルが目を丸くして、今にも倒れそうになりながらつぶやく。

「なるほど……? ドラゴン様がヒトの姿に……。聞いたことがありません……。世界は広いですね……」

「ユエルは魔力探知ができるんですよね? ブロンソンさんからはこの姿のペルペトゥスさんについて指摘されたのですが、ユエルにはわからなかったですか?」


「魔力という意味では、その姿だと人並みに見えますね。魔法使いではない感じです。姿を変える時に一緒に抑えこまれているようです。指摘されたのは、何か違う感覚で察知してたんじゃないですかね」

「ああ……、確かにブロンソンさんはすごい魔力だとは言ってないですね。私に対しても。得体の知れない強さを感じる、みたいな感じなので、直感みたいなものなのでしょうか」

「生物としての格みたいなのを感じられる人なのかもしれないね」

 スピラの表現があっている気がする。


「おはよー、ジュリアちゃん、スピラさん、ペルペトゥスさん。あ、あと、ユエルちゃん」

「おはよう」

 ルーカスの声とともに、オスカーも降りてくる。二人とも昨日買った考古学者や探検家のイメージの服に身を包んでいる。

(こういうのもいいわね……)

 オスカーは何を着ても似合うのかもしれない。見惚れそうになるのを、意識して振り払う。


「おはようございます。ジェットくんはお休みですか?」

「うん。気を配る範囲が少ない方がいいかと思ったんだけど、ユエルちゃんが行くなら連れてきてもよかったかもね」

「難しいな。使い魔として役立つならいいだろうが、お互いしか見えなくなったら危ないだろう」

「あはは。いつも必死に自制してるオスカーが言うと重みがあるね」

「どういう意味だ」


「そもそもピカテットって使い魔として役にたつの?」

 スピラがなんの悪気もなさそうに言う。

「失敬な! オイラはヌシ様のお役に立ちますよ!!」

「はい。ユエルは頼れる使い魔ですよ」

「はわわ。ヌシ様大好きです!!」

 飛びついてくるユエルをよしよしと撫でておく。


 魔道具協会で絨毯じゅうたんをレンタルして、人けがないところに戻ってから、クロノハック山に空間転移する。自分が空間転移できる中で、一番エルフの領域に近い場所だ。

 クロノハック山を出発地にすることにしたから、わざわざホワイトヒルでリンセを呼ばなかった。


 リンセのナワバリに入っているから、魔法での召喚ではなく普通に声をかけて少し待つ。

「リンセの方がオイラより役に立っている気がします……」

「そこは能力の違いですよね」

 すねそうなユエルを重ねて撫でておく。


 嬉しそうに飛びだしてきたリンセに事情を説明して、自分たちをエルフの親子にしてもらう。

 スピラは色が白くなり、自分とペルペトゥスは耳が長くなった。加えて、二人の顔立ちが少し自分の両親に似た気がする。全体としてエルフらしい、色素が薄くてキレイめな仕上がりだ。


「ヌシ様に寄せてみたけど、どうかニャ? 魔力の色もエルフっぽくしたのニャ」

「エルフが魔力を見れるかはわからないけど、もしペルペトゥスの魔力量について言われたら、多すぎるから見えなくするアイテムを使ってるとでも言っておこうか。私と違って見えない可能性もあるけど」

「うむ」


「よろしくお願いします。お父様、お母様」

「お母さんより彼氏になりたかった……」

「させるわけがないだろう」

「あはは。今回はオスカーも、ジュリアちゃんの彼氏っていう立場じゃなくなるしね」

「え、そうなんですか?」

「ダメなのだろうか?」


「待って。二人ともそのままでいるつもりだったの? オスカーの今の年齢って、エルフとしてはまったくの恋愛対象外でしょ?」

「そうでした……」

 オスカーといつも通りにしていられないと言われただけなのに、一気に不安が増す。彼の存在は自分の精神安定剤なのだ。


「お母さんが全力で守るから、安心してね!」

 スピラが嬉しそうに言って、オスカーの眉間にシワが寄った。と思ったら、後ろからオスカーに抱きしめられる。

(ひゃあああっっっ……)

「着くまでは問題ないだろう?」

「うぐぐっ……」

 今度はスピラが悔しそうに顔にシワを刻む。


「アッチはいつもの女の子でいいかニャ?」

「そうだね。ぼくの娘に見えるようにお願い。なんならぼくも女装でもよかったかな。オスカーと夫婦っていうことで」

「却下だ。お前は男やもめでいいだろう」

「まだ結婚できる目処すらどこにもないのに……」

(ずっとないかもしれないことはやっぱり内緒がいいわよね……)


 全員で絨毯じゅうたんに乗ると少し狭い。

 運転しやすい席にはスピラが座って、ふわりと浮かせる。


「本当にエルフの領域に行くの……?」

「やっぱり行きたくないですか? ここからなら北の島も近いので、そこからにしますか?」

「……ううん。好きな子にそんなふうに気を遣わせるのはすごくカッコ悪いね。私が守るって言ったし、行こう」

 情けない表情は消えて、スピラ自身の意志を感じる。思いに応えられない申し訳なさはあるけれど、ありがたい。


「スピードを出すから、落ちない設計のはずだけど、一応気をつけてね」

 スピラが絨毯じゅうたんに魔力を流すと、一気に加速して飛んでいく。夏合宿の移動時の五、六倍くらいだろうか。

 見かけた鳥が一瞬で後ろに流れていく。魔道具の絨毯にはいくらかの風を防ぐ効果があるのに、髪や布は後ろになびき、肌も少し流れてしまう速さだ。ユエルが飛ばされないようにお腹のあたりで抱きこんだ。


「魔力的にはまだいけるけど、風圧を考えるとこのくらいが限界かな?」

「あはは。これフィンがいたら魂抜けそうだね」

「ヒトは早すぎると死ぬのであろうか?」

 ルーカスの言葉に、ペルペトゥスが興味深そうに尋ねる。

たとえだよ。昔はそういう言い方しなかったのかな? 放心する感じ?」

「ほう」


「うーん……、この速さでも、生身で座り続けているのは厳しいですね……。ミスリル・プリズン」

 試しに絨毯を覆ってみる。座っていてちょうどいい高さに調整して、抵抗が少ないように前方を尖らせた。横から見ると後方が直角な台形だ。

「あ、すごい。快適になったね」

「元の魔法の用途を忘れそうになるな」


「これ魔道具で再現できないのかな? 絨毯でスピードを出しやすくなるし、フィンみたいな人でも怖くなく乗れそうじゃない?」

「どうなんでしょう? 魔道具は全然わからないので。そのうちジャスティンさんにでも相談してみましょうか」

 魔道具といえばジャスティンというイメージがある。

「月末にピカテットを届けに行くのだったか」

「はい。二週間後くらいですね」


「風圧を気にしなくてよくなったから、もう少しスピードを出すね」

 眼下を流れる景色が更に速くなる。さっきの倍とまではいかないけれど、普通のホウキの十倍くらいは速いだろうか。


「ジュリアちゃん、これに鳥の翼みたいなのはつけられる?」

 スピラに聞かれて、イメージしながら答える。

「うーん……、ちょっと難しいと思います。平たい1枚を両側につけるとかならできそうですが」

「やってみてもらっていい?」

「大きくなるぶん、飛びにくくなりませんか?」


 そう答えつつ、平たくつぶれた円柱をイメージしてミスリル・プリズンを唱える。両側に均等につけたから、変な鳥だと言い張れば言えなくもない形だ。


「あ、やっぱり。この形の方が上昇気流に乗った状態で安定するね。魔力を減らしても勝手に飛んでくれる感じ。これならもっとスピード出せるかも」

「ほう。そこまでいけばウヌが飛ぶのよりも速いのではないか?」

「やっていい? やっちゃうよ?」

「いいんじゃないですか?」

 ぐんっともう一段階、流れる景色が速くなった。


「きゃはっ、たーのしーっ!!」

「スピード狂がいる……」

「目的地まではあとどのくらいでしょうか?」

「ふむ。当時と地形が変わっておる場所もあろうが……、この速さでならあと三時間くらいかのう」

「予想よりだいぶ早くなりそうだね」


「お昼くらいには着けそうですね。近づいてきたら、運転を交代しながら早めにお昼ご飯を食べちゃいましょうか」

「作ってきてくれたの?」

「はい。その方が時間のロスがないかなって」

「ジュリアちゃんの手料理楽しみ!!」

 スピラのテンションが上がった分、更に速くなった気がした。


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