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26 エルフの領域に行きたがらないダークエルフ


 どこからどんなルートがいいのかを話しあう。スピラは最寄りの『名もなき者の墓』エリアを主張したが、ペルペトゥスはエルフの領域がいいだろうという。


「いきなりハードル高くない?!」

 スピラが全面拒否という感じで声をあげた。自分を守るような体勢になったのは無意識だろう。


「……スピラさんはお父様をエルフに殺されているんでしたっけ」

「うん。もうすごく昔のことって言っちゃえばそれまでなんだけど。話に聞いた最近のエルフの長老の年齢からすると、当時のエルフはもうみんないないみたいだし。でも、エルフはエルフだから」


「答えられる範囲で構わないのだが……、経緯は?」

「正直、よくわからないんだよね。私が幼すぎて。わかってるのは……、意を決して何かを届けに行ったらしいっていうことくらいかな。ちゃんと返さないとって言ってた気がする」

「うがった見方をするなら、スピラさんのお父さんがエルフから何か盗んでたっていう可能性があるのかな……?」

 ルーカスの言葉に、珍しくスピラが嫌悪感を示した。


「それなら殺されても仕方ないって?」

「そういうわけじゃないけどさ。何か事情があったのかもしれない」

「そもそもあいつらエルフはダークエルフが嫌いなんだよ。……ううん、エルフに限らなかったね。ここの居心地がよすぎて忘れそうになるけど。

 ダークエルフの存在自体が、けがれたもの、不幸を呼ぶものって言われてて、エルフはヒト以上にそれが強いから。ダークエルフが神聖なエルフの領域に立ち入ったっていうだけで罪なのかもしれない」


「だと、スピラさんは行かない方がいいんですね」

「私個人としては全力で遠慮したいけど……、でも、ジュリアちゃんを守りたいとも思うよ」

「移動のこともあるし、近くまでは来てもらって何かあったらヘルプを出すか、あるいは変装して行くっていうのが妥当かな?」

「かな……? 難しいところだね」


「変装は通じるものなのでしょうか。スピラさん、私に会った時にひと目で精神の年齢を見抜きましたよね? エルフにもそれができるなら、少なくともヒトじゃないのはバレちゃうんじゃないかなって」

「その点はウヌとジュリア嬢もひっかかるであろう」

「私はちゃんとヒトですが、そこを言われると確かに怪しさしかないですよね……」


「いっそエルフになっちゃえば?」

「え」

 ルーカスの提案に、スピラとペルペトゥスも目を丸くする。

「スピラさんとペルペトゥスさんより年上のエルフはいないんでしょ? なら、ずっと昔に里を出たことにして、娘に一度故郷を見せたいって言えば?」

「私が二人の娘……」

「待って。それ完全に私が女性扱いじゃない」


「ウヌはエルフには化けられぬのう」

「うん。みんなそうだよね。でも、ジュリアちゃん。みんなで化けさせてもらうことはできるよね?」

「あ。リンセ!」

「リンセ?」

「はい。化けリンクスのお友だちです」

「ほう。化けリンクスか」


「使い魔契約をしているので、呼ぼうと思えばすぐに呼べますよ」

「化けリンクスってかなりレアで気まぐれな魔物だと思ってたけど。よく使い魔にできたね」

「気まぐれなんですか? いい子ですよ」


「ジュリアちゃんたちはリンセちゃんにエルフの親子にしてもらうとして、ぼくとオスカーは考古学者っていうことにしておこうか。エルフと知り合ったから里の古い場所を見せてほしいって。

 リンセちゃんはぼくの娘でいいかな。シングルファーザーも珍しくないでしょ。ちょっと年上に見えるように服を意識して、軽く化粧で描き足すよ」

「よくポンポンと思いつくな……」

「そう?」


「明日、試しにそれで様子を見に行ってみましょうか。スピラさんに会った場所やペルペトゥスさんのダンジョンあたりはいつでも日帰りができるし、他の場所は情報がなさすぎるので」

「念のために、ぼくの実家って言っておいて。姉さんたちの押しが強いから、押し切られたら泊まるかもって感じで」

「わかりました。ありがとうございます」


「うううっ……、心の準備をしておくね……」

 スピラが泣きそうな顔をしている。ムリをさせたくない気持ちもあるけれど、一緒に来てもらいたいとも思う。



 全員で服を買いに行く。自分とスピラとペルペトゥスはエルフの親子に、オスカーとルーカスは考古学者に見えるようにだ。

 森を歩くことを考えて、どちらも比較的動きやすそうで丈夫なものを選んだ。リュックやカバンも揃えておく。

 リンセはルーカスの娘という設定なら、いつも通りで大丈夫だろう。


 買い物をしながら現地対応の詳細もつめた。

 それからオスカーと二人で冒険者協会に、未知の三つのエリアの情報収集を依頼した。


 帰ってから、ルーカスと話したとおりに両親に伝える。

「ルーカス・ブレア? オスカー・ウォードではなく?」

「オスカーの家はもう挨拶を済ませているので。ルーカスさんのところにはお姉さんたちがたくさんいて、子どもも一人いるそうなんです。そういう話になって、遊びに来てもいいと。もちろんオスカーも一緒です」

「そうか」


「帰ってくるつもりなのですが、ルーカスさんによるとお姉さんたちは押しが強いらしくて。引き止められた時にはもしかしたら泊まらせてもらうかもしれません」

「わかった」

 父がすんなり納得してくれてホッとする。


「ジュリア。それはそれとして、私たちもウォードくんのご両親に挨拶をしておいた方がいいと思うのだけど」

 ふいに母からやんわりと聞かれた。今までそういう話が出なかったのは、タイミングを待っていたのだろう。


「えっと……、まだ具体的な結婚の日取りを話せる感じではないので、早いかなと思っていたのですが」

 前の時には、結婚の話が出てすぐに両家の顔合わせをしていた。いつでも入籍できる状態だったからだ。

 けれど今は、自分たちもなんとも言えない。両家で会ってその辺りをつっこまれるのも困る。


「けれど、婚約はしているのでしょう? ご挨拶は必要だと思うわ」

「……オスカーと相談しておきます」

「ええ。お願いね」

 父から強く言われたら跳ね返したかもしれないけれど、母から言われると引き下がるしかない。オスカーとルーカスに相談するのが最善だろう。


 部屋に戻ってから、ユエルにもこれからの予定を共有する。

「探検ですね、ヌシ様! 楽しみです」

「ユエルも一緒に行きますか?」

「もちろんですよ?! オイラを置いていくつもりだったんですか?!」

「子どもたちを里子に出した後からかなと」


「もう大きいので、オイラがいない日があってもいいと思います。親離れの練習にもちょうどいいんじゃないですかね」

 子どもたちにも聞いてみたところ、それで構わないという。むしろ自分たちだけで遊べるのが楽しみな様子だ。


(クレアにもそういう時期があったわね)

 なんともほほえましい。

 そう思って、クレアをほほえましく思いだせるようになっていることに驚く。

(……オスカーが一緒に引き受けてくれたおかげ、かしら)

 彼にはいくら感謝してもし足りない。この時間に戻ってくる前から世界で一番大切な人だったけれど、戻ってからずっと更新されている。


 結婚できなくても子どもを持てなくても、そばにいてくれる。そう言ってくれたのもすごく嬉しい。

 たくさんの大好きと愛してるを伝える以上にできることがないから、ずっとそうしていきたいと改めて思った。


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