24 [オスカー] 目指す場所への行き方
ジュリアといると、彼女に染まって何も考えられなくなりそうになる。完全にバカになる前に、なんとか、今後のことに意識を戻す。
「六つの場所を順に巡るとのことだったが。そこに行くのに空間転移はあてにならないということでいいのだろうか」
スピラが軽く答える。
「ジュリアちゃんが行ったことがあるかどうかによるね。うち一つは問題ないんじゃないかな」
「というと?」
「大陸の北西は、私たちが会ったあたり、名もなき者たちの墓の近くだから」
「そこまでなら空間転移できますね」
「大陸の南西も問題あるまい。スピラをウヌのダンジョンの入り口まで送ったのであろう? その近く故」
「なるほど。なら、比較的ここから近い西側のニカ所は問題ないですね。お休みの日に日帰りで行きましょう。
後の場所は……、ちょっと地図を出しますね」
ジュリアがそう言って地に手をつける。ダンジョン内の組成を組み替えているのだろう。すぐに地面に世界地図の形で苔が生えた。
ルーカスが目をまたたく。
「ダンジョン魔法って便利だね。部屋を作ってもらった時に把握したつもりだったけど、こんな使い方もできるんだ」
「壁紙や環境をいじるのと同じ要領ですね。ダンジョン内なら大体、ダンジョンマスターの好きにできますよ。
特徴による入室制限とか、特定の特徴の相手の魔法を封じるとかも、やろうと思えばできます。
今のここは私とペルペトゥスさんの共同権限にしてあるので、私とペルペトゥスさんへの干渉はできませんが」
「共同権限者が増えても、相手も権限者なら干渉できないんだね」
「はい、そんな感じです。私たちがいるディーヴァ王国がここで……」
ジュリアの声に合わせて苔の色が変わる。
「師匠に会ったのはこのあたり、ペルペトゥスさんのダンジョンはこのあたりですね」
「ふむ。この姿では見えぬ。しばし待たれよ。ウィータホミニス・グラヴィオル」
低山サイズの巨大なエイシェントドラゴンの姿だったペルペトゥスが古代魔法を唱える。
(オリジナルだと言っていたか)
ペルペトゥスはいろいろと規格外すぎて頭を抱えたくなるが、代わりに膝の上のジュリアを抱きしめておく。
「ひゃっ……」
自分にしか聞こえない小さな驚きの声がこぼれて、耳まで赤くなる。かわいい。
さっきとは逆に、ペルペトゥスの体が縮んでいく。中心に向かって収束するようで、ジュリアが千五百メートル四方だと言っていたスペースの真ん中あたりに、小さく人の姿が見える状態になった。
(遠いな)
思う間にペルペトゥスが駆けて、ジュリアが出した地図の手前で急ブレーキをかけた。
人の姿になっていても風圧がすごい。
形態変化に伴って、服も消えたり現れたりするようだ。スピラに人魚にしてもらった時も同じ仕様だった。そんなところに便利さを感じる。
「ふむ。これは見やすいのう」
ペルペトゥスが地図を眺めながらドカッと座った。
「大陸の東に延びておるところがあろう? ドラゴンの顔のように見えるあたりよ。その東寄りの中央が大陸の北東にあたる」
「このへんですかね」
「うむ」
ペルペトゥスが指差し、ジュリアが色を変えた。場所を確認したスピラが顔をしかめる。
「そのへんって、エルフの領域じゃなかった?」
「ウヌらが行った時と変わっておらぬなら、そうであろう。スピラを拾ったのはそこを巡った後だったかのう」
「うーん……、激しく行かせたくない……」
「そっちの方には行ったことがないですね。クロノハック山まで空間転移してからホウキで飛ぶのが早いかと思います。移動だけならがんばれば一日で行ける気がしますが……」
「待って。ホイットマン男爵領を縦断するのにニ時間以上かかるよね? この前の絨毯の速さってスタンダードなホウキの速さだったから」
ルーカスが困ったような驚いたような調子で言って、ジュリアが当たり前のように頷く。
「そうですね」
「この国、ディーヴァ王国を縦断するにはその五倍かかるよね?」
「はい」
「で、地図の縮尺的に、クロノハック山からでも、ディーヴァ王国の縦五個分くらいは移動距離がありそうだよね? 大陸の幅の三分の一くらいあるよね?」
「そうですね」
「単純計算で、五十時間飛び続けないと着かないよね?」
「はい。なので、あの時の五倍の速さで飛べば、その日のうちに着きますよね? 十倍くらいの速さなら昼過ぎには着けるかなって」
「そんなスピードで飛べないよ?!」
ジュリアがこともなげに言って、ルーカスが全力でつっこんだ。笑いそうになるのをこらえながら、指先でそっと彼女の頭をなでる。
「自分も短時間なら五倍速を出せるだろうが、その速さで十時間飛び続けるのはムリだと思う」
「私とスピラさんとペルペトゥスさんだけで一度近くまで行って、空間転移できるようになってからみんなで行きますか?」
「ダメだ」
反射的に止める。
「ペルペトゥスさんにはスピラさんのホウキに乗ってもらいますよ? さすがに二人で、私のホウキに乗せて、ではないですよ?」
振り向いて見上げて、精一杯がんばって考えましたアピールをされる。
(いや、それは当たり前だろう……)
そのかわいい口を口でふさいでしまいたい。
「自分は一緒じゃなくていいと?」
「もちろん、できるなら一緒がいいですけど」
困ったようでいて、少し嬉しそうにも見える。かわいい。
「絨毯レンタルする? スピードを出すのを考えると、小さめのやつ」
「それを私かジュリアちゃんが運転すれば、全員で行けるね。魔力的にもその方が全体で節約になるんじゃないかな」
「自分も短時間なら交代できるだろう」
「あ、いいですね。絨毯なら、少しお金はかかりますが、魔石も買っておけばその分の魔力は温存できますし」
「うん。帰りの空間転移もあるから、ジュリアちゃんには温存してもらって、魔石も使いながら私とオスカーくんでがんばるのがいいと思う」
「ありがとうございます」
嬉しそうな声が返って、そっと手を取られる。指をからめて握られて、何度かぎゅむぎゅむされた。
(自分にも礼を、という感じだろうか)
つい口角が上がってしまう。伝わったことを伝えるようにしっかり握り返すと、もう一度彼女からぎゅっとされる。エンドレスになりそうだと思うと笑いそうになるけれど、場を考えてこらえておく。
ころころ変わる表情がいつもかわいいが、こんな形であまり顔が見えなくなっていてもかわいい。




