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23 [オスカー] どうあってもかわいい


 ジュリアの魔法が異常なのは、彼女の才能と努力だと思っていた。世界の摂理(ムンドゥス)に接触したことでその力の残滓ざんしがあるのかもしれないという、ペルペトゥスの言葉は寝耳に水だった。


 世界の摂理はジュリアのかたきだ。すべてを奪われて、この時間に戻った今であっても、クレアは取り戻せないとあきらめていた。

 仇敵きゅうてきの力が影響しているというのは、彼女には残酷すぎる。


 彼女の痛みを少しでも拭えたらと思っただけで、他意はなかった。なかったのだが、かわいすぎた。

 存在自体を求めるように求め続けられて、たかぶらない方がおかしいだろう。これ以上は理性が焼き切れそうだと思ったところで少し離して落ちつくつもりだったのに、残念そうに見つめられて出来心が生まれた。

 耳も首筋も弱いのか、ほんの少しの刺激でかわいい声がこぼれる。耳に残る甘い音だ。


「……ジュリア。かわいい」

 つい本音がもれてしまう。

「おすかぁ。だいすき」

(うわあああっっっ)

 返ってきた音が甘すぎる。情事の最中にあるかのように錯覚してしまいそうだ。


 首筋に彼女の唇が触れて、そこから全身に熱が駆ける。

(これは……、ダメだ……)

 彼女に触れられると抑えがきかなくなりそうだ。暴れだしそうになる熱を吐きだすように長く息をつく。


「……ペルペトゥスが言ったことはただの可能性のひとつに過ぎないのだろう?」

 少しでも冷静になるために、発端に意識を戻す。

 ぎゅっと抱きついてくる細い腕に力がこもる。

「そう、ですね。あり得る可能性だとは思いますが」

「あの後、すぐに魔力量が増えたのか?」

「……いえ、それはないです」


「魔法も、向かないものもあったと言っていたな」

「そうですね……。変身魔法は使えません」

「練習が必要だったものは?」

「もちろん、結構ありますよ? 師匠やペルペトゥスさんに習ったら使えたというのも、最初はちょっとできそうっていうくらいで、使いこなすのにはそれなりにかかりましたし」


「なら、ジュリアの努力の結果なんじゃないか?」

 驚いたように見上げてくるのがかわいい。そっと頭を撫でる。

「接触したからという可能性と同じくらい、元々の才能だという可能性があるだろう。それを確認する方法はない。

 が、接触したことによる残滓ざんしがあったとしても、ジュリアが何もしなければ身につかなかったものなら、それはジュリアのものだと思う」


「ぁ……」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。どことなくき物が落ちたように見える。

(かわいいな……)

 彼女の涙を唇ですくうと、くすぐったそうな笑みが返った。


「……戻れそうか?」

「えっと……、はい。……名残惜しいですが」

(なんてことを言うんだ……)

 熱をはらんだ瞳で上目遣いに見上げるのはやめてほしい。


(まったく……、かわいすぎるのも困ったものだ)

 思いつつ、もう一度キスをした。嬉しそうに応えられると、またハドメがきかなくなりそうだ。

 何度か繰り返して、やっと口元を少し離せても、お互いに視線を外せない。


「ワガママを、言ってもいいですか……?」

「なんだ?」

 おずおずと申し訳なさそうに聞かれ、そっと尋ね返す。

「あの、あなたがイヤでなければ……、あなたのホウキの後ろに乗ってみたいな、と」

(イヤなわけがないだろう……!)

 内心、全力で答えたいのを飲みこんで、現実的な確認をする。


「前ではなく、後ろに?」

「はい。私のホウキに乗る時は、あなたが後ろからぎゅっとしてくれるので。私もしてみたいな、なんて」

「……わかった」

(かわいいかわいいかわいい、あーかわいい……)

 前に乗せている時はかわいい彼女が見えて、必死に運転に集中しないといけないけれど、後ろなら見えないぶん、いくらかマシだろうか。そんな期待をもってうなずいて、ホウキを出す。


 先にまたがって、彼女に後ろに乗ってもらう。

(……っ)

 ぜんぜんマシではなかった。甘かった。背中にしっかりと顔と胸が押しつけられている感覚がある。大切にぎゅっとされているのもまた、たまらない。


「……戻るぞ」

「はい」

 必死に理性をかき集めて運転に集中しないといけないのは、前に座らせた時と同じだった。彼女を心配しながら乗せていたさっきの方が楽だった気がする。


「……オスカー」

「ん」

「あなたの背中、好きです」

「……そうか」

(あああっっっ)

 だからどうしてそうかわいいことを言うのか。


「ぁ。ちょっと違うかもしれません」

「ん?」

「あなたの全部が大好きです」

(うわああああっっっっ)

 追い討ちはやめてほしい。ホウキをぐらつかせなかった自分を褒めたい。


「……自分も、だ」

「ふふ。だいすき……」

 小さなつぶやきと共に頭をすりよせられる。甘い音が深く沁みこむ。


「あ、オスカーおかえ……、ちょっ、落ちてない?!」

 ルーカスの声が聞こえて、地面に着く前にピタリとホウキを止める。

「……急いで戻っただけだ」


「すみません、お騒がせして……」

「あ、ジュリアちゃん後ろだったんだね」

「はい。私の希望で。ふふ。後ろに乗せてもらうのもいいですね」

 ついスピードが上がってしまったことは特に気にしていないようでホッとする。


「……あの。このメンバーだけなので、ちょっと甘えられたらと思うのですが」

「なんだ?」

「なに?」

「なんでも言って!」

 スピラが一番前のめりで、ペルペトゥスはただ見守っている感じか。


「世界の摂理の話をしている間……、私がまた取り乱さないように、オスカーにくっついていてもいいですか?」

「??!」

(待ってくれ。なんだこのかわいすぎる生き物は……!)


「あはは。いいんじゃない?」

「うらやま死にそうだけど、ジュリアちゃんに必要なら血の涙を流してガマンするよ……」

「血の涙は見てみたいのう」

「え、ほんとに出した方がいい? まぶたを切ればいいのかな?」

「それはやめてもらえたらと……」

 スピラとペルペトゥスがじゃれてくれたおかげで少し落ちついた。他のメンバーのように地に座る。


「ジュリア。おいで」

 言い出したジュリアの方が真っ赤になって、おずおずと脚の間に座って身を預けてくる。後ろからそっと包むように抱いておく。

「これでいいか?」

「……はい。その……、腕の一本でも借りられたらと思っていたのですが。嬉しい、です……」

「?!」

 少しイメージが違っていたらしい。間違えた恥ずかしさもあるが、なにより、嬉しいと言って顔を赤くして収まっている彼女がかわいい。


「いいね。ごちそうさま」

「うわーんっ、ホントに血の涙が出そう!!」

「はやく出して見せてほしいものよ」

「ペルペトゥスのオニ!」

「ウヌはオニではなくドラゴンよのう」

 ペルペトゥスが快活に笑う。風圧がすごい。


 ジュリアが振り返って見上げてきて、小さく笑った。

(かわいいかわいいかわいいかわいい……)


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