22 原初の魔法使いが辿った世界の摂理へと至る道
「こちらからムンドゥスに会うには、グレースが辿ったのと同じ道をたどるしかなかろう」
「原初の魔法使いグレース・ヘイリー……」
そもそもの始まりの先祖の名を聞くのは複雑だ。
「うむ。懐かしい名よのう。出会った時はまだヌシよりも幼い娘っ子であったか」
「え、グレース・ヘイリーは女性なんですか?」
「あれ、ジュリアちゃん知らなかった?」
ペルペトゥスと同じくグレースと旅をしていたスピラが逆に驚く。
「はい。劇では男性として演じられていたので」
「うん、それが一般的だよね」
「自分も男性だと思っていた」
「まあ、直接グレースを知らない人が語りついできたのをおもしろおかしく演じてるんだろうからね」
「グレース自身も、普段は鎧を着て剣を手にしていたからのう。会っていても間違えられたかもしれぬ」
「スピラさんはグレース・ヘイリーに拾われたんでしたっけ」
「うん。ペルペトゥスとか他のメンバーもいたよ」
「好きだったんですか?」
「姉に近い感覚かな。恋愛的な意味だとノーだね。亡くなったのって五十代だっけ?」
「はて、ヒトの年齢はイマイチわからぬからのう」
「当時のヒトとしてはそこまで早い方でもなかったけど、私の感覚をヒトの歳に直すと、自分が八歳くらいの時に十歳くらいの姉が亡くなった感覚かな。恋愛感情ありそう?」
「まあ、普通はないですね」
「でしょ? だから私の初恋はジュリアちゃんだよ」
「……すみません」
「謝られた方がむしろ傷つくんだけど……。私は今はこの立ち位置でいいと思ってるから、ここにいるんだからね」
「グレース・ヘイリーが辿った道というのは?」
オスカーが静かな声で軌道修正した。ペルペトゥスが答える。
「ムンドゥスにつながる場が世界に点在しておるのだが。古来より聖地と呼ばれるような強いエネルギーが集まる場よのう。
そのうちの特定の六つを順に訪れ、供え物をして呪文を唱える。その後、中央の祭壇を訪れれば、ムンドゥスの気が向けば会えるであろう」
「それでも気が向けばなんですね……」
「本来は向こうから一方的に関わってくる存在だからね。一方通行のところに、一時的にこっちからの道をこじ開けるから、居留守を使われたらそれまでっていう感じかな」
「特定の六つというのは?」
「今の国の名はわからぬが。大陸の北西、北東、南西。南東の島、南の島、北の凍土の六つよ。
魔法陣を描く必要がある故、起点を決めたらそこから三角になるよう巡り、残りも一カ所を起点に三角を作る」
「グレースは魔法が使えない状態で巡ったから十年以上かかったけど、魔法を使って移動すればもっとずっと早く終わるんじゃないかな」
「ペルペトゥスさんに乗せてもらったりはしなかったんですか?」
「可能な場所やそれしか選択肢がない場所ではいくらか乗せておったが。そうできる場所が限られておったし、あまりスピードを出すわけにもいかなかったからのう」
「当時はもう、ペルペトゥスはヒトからは脅威だと思われていたからね。ヒトの目につくところでは姿を現さないようにしてたの」
「面倒なことに、姿を現せば討伐に向かって来るからのう。勝てはせぬのに。気にせず話したグレースが特殊であった」
「そこは今と変わらないんだね」
ルーカスが納得したように受けて、スピラが続ける。
「スピードの方は、グレースも他のメンバーも魔法が使えなかったからね。落ちたら危ないでしょ? 私一人だと全員はカバーしきれないから」
「なるほど。ペルペトゥスさんは全て行っているんですよね? スピラさんもいくつかは行っていると言っていましたが、空間転移で連れて行ってもらうというのは可能ですか?」
「私もペルペトゥスも空間転移は使えないよ?」
「え」
ペルペトゥスは魔法が主ではないからまだしも、スピラが使えないというのはかなり意外だ。
(確かに、前の時も使ってなかったけど)
自分といる時は必要なくて使っていないだけだと思っていた。
「ジュリアちゃん、私かペルペトゥスから習った?」
「いえ。私が空間転移を覚えたのは師匠に会う前だったので。二人でいる時は転移して行くような用事はなかったから、存在を忘れていた気がします」
「ジュリアちゃんの魔法の才能は特殊なんじゃないかな。ジュリアちゃんにできることでも、普通はできないことが多いって思った方がいいと思うよ」
「ううっ……、さんざん言われてきたのですが、師匠は師匠なので別だと思っていました……」
「私やペルペトゥスから魔法を習ったっていうのも、本当はそれだけで異常だからね? 古代魔法なんて普通のヒトは習っても使えないだろうから」
「そうなんですか? やってみたら普通にできたから普通にできるものかと……」
「多分その時、私すごく驚いたんじゃないかな。それでおもしろがっていろいろ仕込んだ気がする」
「そう言われるとそんな気もしてきました……。でも、若いころは普通だったんですよ? それこそ、先輩だったオスカーにぜんぜん追いつけなかったし」
「ふむ。ムンドゥスと接触したことがあるのであろう? 影響を受けやすい性質で、力の残滓があるのではなかろうか」
ゾワッとした。突然、自分の中にある魔力が何か異質で恐ろしいものに感じた。あの瞬間が目の前に広がるのは久しぶりだ。世界が赤く染まり、呼吸の仕方を忘れる。
「っ、ジュリア!」
「ジュリアちゃん!!」
(おすかー……、ルーカスさんと、ししょう……)
声は届いているけれど、意識を戻すことができなくて、声が出ない。血の巡りが止まってしまったかのようで、凍えるように寒い。
手を引かれてオスカーに抱きよせられる。反射的に、すがるように彼にしがみつく。少しだけあたたかくなった気がする。
「ジュリア。……大丈夫だ」
彼の声と彼の心音を聞く。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
言い聞かせるように繰り返すけれど、息が浅くなったまま戻らない。呼吸はできるようになっているはずなのに、うまく吸えていない気がする。
ふいに口元が熱くなった。オスカーが口づけて息を送りこんでくれて、その熱が凍っていたところを溶かしていく。
「大丈夫だ。何も問題はない」
「っ、ふ、ああっ……」
ひとつ息をつけたのと同時に、堰を切ったように嗚咽がもれる。引き戻されていた恐怖と今ここの安心感が混ざって、両方が溢れ出ているかのようだ。
「少し抜けてくる」
オスカーが他のメンバーにそう言ってホウキを出し、抱きこむようにして乗せてくれる。そのまま出口まで飛んで、二人だけで外に出た。
ホウキを降りて、木の影で抱きしめられ、そっと背をさすってくれる。
「ううっ、……ごめっ、なさ……」
すごく迷惑をかけている自覚はある。ただでさえ自分のために時間を使ってもらっているのに、話を止めてしまったのだ。早く泣きやまないといけないのはわかっている。けれど、コントロールできない。
「謝られるようなことはない」
「でも……」
「どうすればジュリアの痛みを一緒に引き受けられるかとは、思っている」
「……おすかぁ」
怖さも申し訳なさもみんな、彼への愛しさに塗り替えられていく。大好きを伝えるように大切に抱きしめ返す。自分では止められなかった涙があたたかいものに変わって、ゆっくりと引いていく。
「……あなたがここにいることを、もっと感じたい、です」
「キスをしても?」
「ん……」
自分からも背伸びをして、彼の首に腕を回す。そっと唇が触れて、それからお互いに求めるように舌を絡ませて熱を伝えあう。激しく求めるというよりも、どこか慈しみを感じる。
(オスカー。……オスカー)
今は大丈夫だということを、体と心が実感していく。
最近は幸せすぎて忘れていたけれど、奥底に刻まれた恐怖は消えていないようだ。
ゆっくりとキスを繰り返して、たっぷり彼のぬくもりを感じて、彼に染められていく。彼しか考えられなくなってきたところで解放されて、オスカーが少しだけイタズラっぽく笑った。
すぐに耳にキスが落ちて、そのまま耳たぶを軽く舐められる。
「ぁっ……」
甘いしびれが全身に広がって、他に何も考えられなくなりそうだ。
少しして、解放されるのかと思ったら、今度は首にキスが落ちる。つー……と舐めあげられると、思わず声が出てしまう。
「……ジュリア。かわいい」
熱を帯びた音が耳に落ちる。
(ひゃあああっっっ)
身も心も易々と彼に染まってしまう。もう、さっきまで怖かったのがウソのようだ。
「……おすかぁ。だいすき」
そっと、彼の首筋にキスを返した。




