21 エイシェントドラゴンは低山サイズ
しばらく考えていたペルペトゥスが、満足げに合言葉を提案した。
「ふむ。『フォルテース・フォルトゥーナ・アドユウァト』かのう」
「『幸運は勇者に味方する』だね。うん、いいんじゃない? ジュリアちゃんたちにぴったり」
スピラが手を打って同意する。
「私たちですか?」
「うん。ほしいもののために道を切り開いてきたんでしょ? で、今もこれからもそうしていくんだろうから」
「ヌシも他人事ではなかろうに」
「私? うーん、どうかな。そうだといいんだけど」
「フォルテース……?」
オスカーが難しい顔でつぶやく。続きを答える。
「フォルトゥーナ・アドユウァトですね」
「慣れるまでは途中で忘れそうだな」
「私が最後まで残るようにしますね」
古代魔法言語は普通、耳に馴染みがない。ルーカスもどことなく助かったという顔に見える。
合言葉が決まったところで、ダンジョン生成の古代魔法を唱える。
「ファケレ・メイ・ヒュポゲーウム」
入り口は人型のペルペトゥスが出入りできれば大丈夫だろう。ペルペトゥス自身のダンジョンも、出入り口は小さかった。
それを模して、木ではなく地面を入り口にする。中に入ったらすぐに広い空間がある感じで問題ないはずだ。
「ペルペトゥスさん。一旦の広さはこのくらいで、元の大きさに戻れそうですか?」
合言葉を設定してから扉を開いて、ペルペトゥスに中をのぞいてもらう。前の時に会ったペルペトゥスのイメージで、少し余裕を持たせたつもりだ。環境は草原と晴天の空をイメージしている。
「ふむ。よい」
「これホウキか浮遊魔法使わないで入って落ちたら確実にアウトだね」
一緒にのぞきこんだルーカスが驚き、オスカーも目をまたたいた。
「低山くらいの広さはあるんじゃないか?」
「そうですね。ペルペトゥスさん、低山くらいの大きさなので」
ペルペトゥスが合言葉を口にして、するりと中に入る。
「リーベラーティオ」
古代魔法の解除呪文がかすかに聞こえた。落ちながら元の姿に戻っていく。シルバーグレイの、背に翼がある巨大なドラゴンだ。
容積的に明らかに人の姿に収まりそうもないが、そこは魔法の不思議なのだろう。
ルーカスが息を呑んだ。
「……ほんとにちょうどいい大きさなんだね。直径一キロ以上はあるよね?」
「そうですね。ダンジョンは縦横千五百メートル、高さ五百メートルで作っています。ペルペトゥスさんが立ち上がるのは難しい大きさですが、あまり深すぎると私たちが大変なので」
「本当に低山だね……」
「外で寝ていた頃は間違えてウヌに登るヒトの子も少なくなかったのう」
オスカーが目を見張って、こちらを振り返る。
「……ジュリアはこれを倒したんだよな?」
「戦っていたら勝てませんでしたよ? ペルペトゥスさんが優しかっただけです」
「優しいっていうか、おもしろがっていただけだと思うけどね」
スピラが笑って、合言葉を言ってからホウキに乗って降りていく。オスカーとルーカスが続く。自分も入って入り口を閉じた。
「そのあたりの話も聞きたいものよのう」
大きくなったぶん、声もよく響く感じだ。
ペルペトゥスの頭の近くに降り、左目側にみんなで集まって座る。歯の1本がヒト1人より大きい。
「前の時のペルペトゥスさんの話ですか? ダンジョンの奥まで行ったら、『よもやヒトの子が来られるとは思わなんだ。加えてウヌを恐れぬとは。実に愉快よ』って言っていましたね」
「言いそう」
「ふむ。同じことが起きたらそう言うであろうな」
「で、なんでか戦いになって。死ぬかと思ったけど、ぜんぜん本気じゃなくて」
「とりあえずじゃれておくみたいなとこがあるからね。こっちは命がけなのに」
「まさに」
「ふむ。新しいオモチャは楽しかろうて」
今回再会した時にペルペトゥスがこの世の全てはオモチャだと言っていた。本当にそんな感覚なのだろう。
「それでなんでか仲良くなって、私の事情を話して。世界の時間を戻すために竜玉と魔核がほしいから倒されてほしいと言ったら爆笑されました」
「あー、笑いそう」
「今聞いても愉快よのう」
ペルペトゥスが大口を開ける。その風圧だけで飛ばされそうだし、前の時はおばあちゃんだったから簡単に飛ばされた。事前に防御魔法をかけていたから助かったようなものだ。
「それから、外の世界のおもしろい話をするようにと、満足したら倒されてもいいと言われました」
「おもしろい話をしたの?」
「必死でしたから。でも私にできるおもしろい話なんてたかがしれてるじゃないですか。師匠に連れ回されていた時にどれだけ師匠がおもしろかったかをお話ししました」
「待って。私、おもしろかったの?」
「当時の私ができそうな話の中では。……あのことがある前のことは少しでも口にしようとすると泣いてしまいそうで。そこを除くと、師匠の顔しか浮かばなくて」
「喜んでいいのか難しい……」
「そこまでおもしろかったのかわからないけど、ペルペトゥスさんは愉快愉快と聞いてくれて。
知り合いだとは思わなかったから名前は出していなかったのですが。今から思うと、ペルペトゥスさんはスピラさんだと気づいていたかもしれません」
「ダークエルフって言ったら私以外に生きてるの知らないからね」
「うむ。ウヌも知らぬのう」
「ダークエルフも伝説だもんね。こうしてるのが不思議なくらいな」
「苦労はしたけど会えたから、もう少しいるものだとばかり」
スピラもペルペトゥスも知らないなら、他に生き残っている可能性は限りなく低いのだろう。
「それからしばらく当時の外の世界の話をして、ペルペトゥスさんが外にいた頃の世界の話を聞いて、ダンジョン魔法を教えてもらって、という感じです。
満足したから倒していいと言われて。でも気が引ける部分もあって。そうしたら、どうせ時間が戻ったら生き返るのだし、戻らなかったら戻らなかったでここでこうしているのも飽きていたところだから構わないと。
なので、ペルペトゥスさんにはとても感謝しています。あ、もちろん、師匠にも」
「いい話なところ、ごめんね? ペルペトゥスの性格を知ってる私からすると、多分、本当に倒せるとは思ってなくて、やれるものならどうぞっていう感じだったんじゃないかな」
「ふむ。そうであろうな。それで本当に倒されたとは、実に愉快」
「そこ愉快なとこなんだ……」
「ペルペトゥスさんがどんなつもりだったとしても、おかげで私は今ここにいるので」
オスカーの手をとってぎゅっとにぎる。
「本当にありがとうございました。そして、今回来てくれたことも。感謝しています」
「うむ。愉快な話であった。ムンドゥスの話に入るかのう」
世界の摂理。神の概念も悪魔の概念も含むもの。その名はムンドゥス。
人類に魔法を授けるのと引きかえに、自分からすべてを奪った存在。
オスカーの手を握る手に力がこもる。
会って契約を書き換えてもらう。それ以外に自分が幸せになる道はない。
ペルペトゥスが、会う方法について話し始める。




