20 仲間の存在はとてもありがたい
商会の合宿は思っていた以上に楽しかった。二日目の夜のガールズトークではバーバラとフィンの昔の話を聞けたし、昨日の朝と今朝はバーバラと一緒に朝食を作ったりもした。
(バーバラさん、本当は初めてだって言っていたけど、フィくんのためにがんばっていたのよね)
思いだすだけで微笑ましい。
フィンとバーバラが半歩踏み出せたのも嬉しいし、自分たちも未来を目指すためのキーを手に入れられた。
スピラとペルペトゥスに突然実家に乗り込まれたり、魔法協会に来られたりするよりずっと良かっただろう。
「帰りは私が絨毯を運転しますね」
いそいそと運転席に向かうと、蒼白になったフィンが深く頭を下げた。オスカーに向かって。
「今までの失礼は深くお詫びしますのでどうか運転をお願いします」
「自分は構わないが」
どことなく満足げなオスカーの視線を受けて考える。
フィンがここまでしているのだし、オスカーも任されたいように見える。
「来る時もお願いしたので申し訳なさもあるのですが。頼らせてもらってもいいですか?」
「ああ。喜んで」
途端にフィンがホッとした顔になった。
(感覚さえつかめばゆっくり飛ばせると思うのだけど)
ほんの少し納得いかないが、労力と魔力を使ってくれるオスカーが上機嫌だからよしとしておく。
商会としてこれからやることを打ち合わせながら帰る。
大枠はブラッドと村に任せれば大丈夫だろう。観光牧場にするための環境整備と、木彫り作りの弟子の育成を進めてもらっている。
植物を長持ちさせる魔法ももうブラッドに教えてある。観光牧場が始動したらすぐに商品にできる状態だ。
ユエルと子どもたちのタイミングで、女の子を二羽預けに行くのが自分にしかできない最大の仕事だろうか。
合宿で出た海中散歩の案はオマケだから急がなくても問題ないだろう。あとは任せられる段階に入っている。
「私が代表なのに申し訳ないのですが、しばらく忙しくなって、関われる時間が減るかもしれません。特に土日やお休みの日は今まで以上に難しいかと」
方向性がまとまったところで、先に謝っておく。ペルペトゥスが来てくれたから、本来の目的を優先したい。
「ぼくとオスカーも同じく」
ルーカスが軽く手を挙げる。フィンが理解したように、穏やかに尋ねてくる。
「リアちゃんが急ぎたいって言ってた用件?」
「はい。私のこれからに大きく関わることなので」
「わかりました。応援しますね。僕で力になれることがあればなんでも言ってください」
「ありがとうございます」
「自分だけいい顔をしようとかズルいぞ、フィン! 俺もなんでも力になります! ジュリアさんの椅子にだってなります!」
「それは遠慮させてください……」
「そう言わずに」
「お兄様は一言余計なのですわ。ジュリア、こちらのことは任せてくださいませ」
「ありがとうございます、バーバラさん。心強いです」
(一人じゃないって、本当にありがたい……)
前の時、すべてを失ってからはほとんどずっと独りだった。一緒に自分の問題に立ち向かってくれる仲間の存在も、後ろを任せられる仲間の存在も、とてもありがたい。
昼過ぎに別荘を出て、夕方前にはホワイトヒルに着く。絨毯を魔道具協会に返して、バート兄妹とフィンと別れる。
ジェットはルーカスの部屋に戻してもらい、子どもたちが疲れすぎないようにユエルたちも家に帰した。
オスカー、ルーカス、スピラ、ペルペトゥスと改めて合流する。自分としてはここからが今日のメインだ。
「スピラさん、ペルペトゥスさん。落ちつける場所を作ってから、いろいろお話をしたいのですが」
「うん。世界の摂理の話をしないとね」
「会いたいというのは本気であったか」
「はい、それはもちろん。すぐに会えそうですか?」
「否。本来であらばこちらから接触できる存在ではない故、非常に面倒よ」
「ですよね……」
わかってはいたけれど、ペルペトゥスから言われると実感が増す。
「時間がかかると思うので、街の外にペルペトゥスさんの住処を作って住んでもらって進めていけたらと思っています」
「ペルペトゥスの住処?」
「はい。ダンジョン魔法で空間を作れば、元の姿でいることもできますよね。外で戻ったら大騒ぎになるでしょうから」
「ふむ。その方がウヌも過ごしやすいのう」
ホウキで街の外へと移動する。ペルペトゥスにはスピラの後ろに乗ってもらった。以前、スピラと話すための地下室を作ったあたりに降りる。
秘密基地の時には勝手に場所を使うのがはばかられたけれど、魔物であるペルペトゥスが住処にするのならギリギリ許されるだろう。
「ペルペトゥスさんの方で好きに作っていただく感じでよさそうですか?」
「構わぬ。リーベラー……」
「いや待って!」
スピラが慌ててペルペトゥスの詠唱を止める。
「ペルペトゥス今、人の姿を解除して元に戻ろうとしたよね?」
「この姿では魔法は使えぬ故」
「火は吹けるよね?」
「あれは魔法ではなく生理現象よ」
「さっきジュリアちゃんが、外で戻ったら大変なことになるって言ってたじゃない。戻っちゃダメだよね?」
スピラの視線を受けて大きく頷いた。
「すみません、ペルペトゥスさん。私がベースを作るので、その中でカスタマイズしてもらってもいいですか? 変更権は付与します」
「ほう? ヌシはダンジョンを作れるのか」
「はい。昔、ペルペトゥスさんに習いました」
「時を戻ってきたとは聞いておるが。ウヌがヒトの子に魔法を教えたと? 愉快愉快」
ペルペトゥスが豪快に笑う。楽しそうで何よりだ。
普段は人が来る場所ではないが、偶然来ないとは限らない。迷い込まないように合言葉で開ける形を前提にしたい。
「合言葉は何がいいですか?」
「ふむ……。思いつかぬのう」
「ペルペトゥスさんのダンジョンは『ディスケ・ガウデーレ』でしたっけ。同じにしますか?」
古代魔法を構成する言語の合言葉だ。師匠から古代魔法を習っていなかったら覚えるのが難しかっただろう。
「そういえばあそこはそうしておったのう」
「退屈しまくりのペルペトゥスのダンジョンを開く言葉が『楽しむことを学べ』っていうのは皮肉だよね」
「設定したのはずっと昔、今ほどは退屈しておらぬ頃であったし、ダンジョンを作ろうとしておった時であるからのう」
「うーん……、特に思いつかないなら、もう『オスカー大好き』でいいですか?」
「それはよくないんじゃないかな?!」
「自分も遠慮したい」
スピラがつっこんで、オスカーが苦笑する。
「ウヌは構わぬ。愉快よ」
「あはは。ジュリアちゃんに合言葉を考えさせるとそうなるよね」
軽く笑って言ったルーカスが、真剣な表情で声を落とし、手を前に出した不思議なポーズをとった。
「『我が領域に立ち入らんとする者はすべからく煤塵に帰せ』とかどう?」
「カッコイイですね」
「自分はそれでもいい」
「最強の古竜がそれ言うと現実味がありすぎて怖くない?」
ああでもないこうでもないと、みんなで頭をひねっていく。
(ペルペトゥスさんはいいって言ってるし、やっぱり『オスカー大好き』じゃダメかしら?)




