19 [ルーカス] ジュリアの思いつきは想定外
なんとなく外で待っていたら、ジュリアがオスカーのホウキに乗せられて戻ってきた。
「おかえり」
「ああ」
「……戻りました」
(二人して事後みたいな顔してるけど、たぶん胸も揉めてないね)
二人の中では何か大きく進んでいるような気がするけれど、はたからすれば大したことではなさそうだ。
「デート、楽しかった?」
「ああ」
「はい、それはもちろん」
「それは何より」
「ジュリアが海にミスリルの檻を沈めたのだが。あの使い方はいいな」
「待って。何があったのかぜんぜん想像できない」
ジュリアといると自分ですら想定外のことが起きる。おもしろい。
「えっと……、見てもらった方が早い気がします。まだ日も暮れてないですし」
「それは他のメンバーにも知られてよさそうなこと?」
「うーん、どうでしょう。今の私はまだ上位魔法のミスリル・プリズンが使えることにはなっていないので」
「オスカーは?」
「自分もまだだな」
「そこそこ魔力量が必要なので、ある程度の年齢にならないと厳しい魔法なんですよね。私の思いつきということで、師匠が魔法を使ってくれるなら問題ないのでしょうが」
「どっちにしろスピラさんとペルペトゥスさんには知られていいわけだから、とりあえずスピラさんに話してみようか。おもしろいことなら共有した方がおもしろいだろうから」
「そうですね」
オスカーが少しイヤそうな顔になったが、すぐに無表情に戻る。
ジュリアが呼ぶと他のメンバーも来そうなため、自分が代わりにスピラを呼んでくる。
「あ、オスカーくん、ジュリアちゃん、おかえり」
先に呼ばれたオスカーがわずかに驚いた感じがした。
(今までずっとオマケ扱いか、無視されていたかだったもんね)
「戻りました。ちょっとみんなに見せたいものがあるのですが、私はその魔法を使えないことになっていて。
私の思いつきをスピラさんが叶えてくれるっていう形をとれたらと思ったのですが、どうでしょう?」
「どんなの?」
「えっと……、ミスリル・プリズン。ウォーター」
ジュリアが魔法を唱えて、天井が開いた20センチくらいの透明な箱を出し、その半分くらいに水を入れた。
(ほんとコントロールいいなあ)
普通は慣れた大きさの檻や、それに近い大きさしか出せないし、その一部を開いておくなんていう調整はできないものだ。少なくとも自分には、自分が使える木の檻の魔法であってもそんな器用なことはできない。
「ミスリル・プリズン」
今度は円柱状の透明な檻が現れる。これも上が開いていて、半分ほどが水中に沈められる。水面より上まで延びているため、水は入らない。
(円柱の檻……、見たことも聞いたこともないんだけど)
木の檻を作るウッディ・ケージの魔法は、元のイメージが鳥カゴなため、底が円形になることが多い。けれどそれ以外は普通、立方体や直方体だ。円柱である時点で普通じゃない。
「模型にするとこんな感じで。海の中にこんなふうにミスリル・プリズンを出してほしいんです」
「……待って、ジュリアちゃん。なんでこんな形で出せるの?」
スピラが模型に心底驚いて頭を抱えた。ダークエルフにとっても普通ではないらしい。
「え? 普通ですよね?」
「普通ムリだと思うよ。っていうか私も練習しないとできないかな」
「やはりそうか……」
オスカーが心底納得したように息をつく。体験自体はよかったけれど、魔法には疑問を持っていたのだろう。
「うん、ぼくもそう思った。ジュリアちゃんといると普通の基準がわからなくなるよね」
「ううっ、思いつきでできたから、みんなできるものかと……。どのへんが難しいのでしょうか?」
「円柱状は出したことがないから、そこが一番難しいかな。次は天井を開いておくことだね」
「うーん……、じゃあ、こういう感じはどうですか? リリース。プレイ・クレイ。フローティン・エア。これを私たちが乗った絨毯だとして」
ジュリアが模型の中から円柱の檻を消してから、土魔法で平たい四角を作り、水の上の空中に浮かせる。
「ミスリル・プリズン」
今度は四角柱の檻だ。絨毯のあたりから上に伸びている。それが水の中に沈められ、絨毯を中に入れた状態で、空気がある四角い空間ができあがる。
「ミスリルは空気だけ通すので、これでも呼吸は問題ないですよね。で、絨毯をおろしていけば海の中に行けるし、空中に戻ってから解除すれば問題ないかと」
「うん、これならできるよ。っていうか普通は先にこっちを思いつくんじゃないかな」
「円柱の方がかわいいかなとか、ホウキで降りるなら上が開いてないととか、……思ってました」
ジュリアがシュルシュルと小さくなる。かわいい。
「どっちであってもおもしろいね。海の中を泳ぐのとはまた全然違う体験ができそう。みんなで行くのかな?」
「それもいいかなと」
方向性が決まったところで話を進める。
「じゃあみんなを呼んでくるね。短距離だし、絨毯はぼくが運転しようか?」
「いいのか?」
「うん。魔力量的に長距離は厳しいけど、ちょっと海に行くくらいならね。明日の帰りはオスカーかジュリアちゃんに頼まないとだし」
「ありがとうございます」
親切を笑顔で素直に受けとるところもかわいい。明日は一度も運転してない自分がと、顔に書いてあるのもかわいい。
(……末期だよなぁ。うん、オスカー病って名づけよう。ジュリアちゃんならなんでもかわいく見える病気)
思いつつ、全員に声をかけて絨毯に乗せた。ピカテットたちもケージに入った状態で同乗させる。
ほどよく深くなっているあたりでスピラが魔法を唱える。
(運転してると後ろが見えないんだよね)
想像するに、バートとバーバラはワクワク、フィンはビクビクだろうか。
スピラが、ジュリアが模型でやったのと同じように長い長方形を海に沈めていく。それが落ちついたところで絨毯を降ろす。
感嘆の声が聞こえた。
「これは……、すごいですね」
「海の中ってこうなっていますのね」
泳ぎに参加しなかったフィンとバーバラは感動ひとしおのようだ。
絨毯が地についたところで運転の必要がなくなって、全体を振り返る。
「ミスリル・プリズンにこんな平和な使い方があるなんてびっくり。さすがジュリアちゃんだね」
「たまたま思いついただけなので」
「否、ウヌも初体験よ。この歳でまだ初体験ができることがあるとは。愉快愉快」
一人だけまじめな顔をしていたバートが、ぽつりとつぶやく。
「これ、新しいアトラクションとして売れないかな」
「え」
「ジュリアさん、この魔法って難しいんですか?」
「そうですね……、ある程度の魔力量が必要なので。そこそこ以上の魔法使いでないと。私たちはまだ使えないから年上のスピラさんにお願いしたんです」
ということになっている。
「うーん……、となると高額になるか? いや、それがむしろプレミアって感じで、上流貴族の遊びとして流行る可能性があるんじゃないか?」
「売りだすなら、よりキレイな場所や、キレイに見える時間帯なども考えてもいいかもしれませんわね」
「事業のひとつとしてはおもしろいと思いますが、すでにやることはたくさんあって、僕たちには本業もありますので。アイディアとして持ったままタイミングを待つ方がいいかと思います。
あとは接待用のカードにするのもいいかもしれませんね。近づきたい貴族にだけ、特別感を出して招待すれば株が上がりそうです」
(領主の息子の顔になってきたね)
出会ったころの頼りなさはもうだいぶ抜けている。
ジュリアが想定外という顔でオスカーを見上げる。
「もう少しロマンチックな感じになるものだと思っていました」
「商会仲間としては頼もしいな」
二人だった時はもっと甘い雰囲気だったのだろう。むしろそっちを、壁になって眺めたい。




