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17 [ルーカス] ウソつき


「じゃあ、始めようか。ジュリアちゃん攻略塾」

 ショー兄妹とスピラが前、付きそいのフィンとペルペトゥスが後ろに座っている。


「まず、ジュリアちゃんはここのメンバーを誰も嫌ってないから、そこは安心してね」

「ほんと? 私、ペルペトゥスより下らしいけど」

 ジュリアに順番をつけさせたのがかなりこたえたらしい。スピラと並んで名前が上がらなかったバートもいつもよりしおらしく見える。狙い通りだ。


「強いて言えばって言ってたじゃない。オスカーとぼく以外はそこまで大差ないんじゃないかな」

「そこがわかりませんわ。婚約者のオスカーさんを好きなのは知っていたけれど……、どうしてあなたがわたしより上ですの?」

 バーバラはそこが気に入らなくてここにいるのだろう。


「いろいろあるだろうけど、そもそもジュリアちゃんってどんなタイプが好きだと思う?」

「オスカーさんですわよね?」

「オスカーのどんなとこ?」

「どんなところ……」

「ここに来る日に、移動中に言ってたやつだよな。確か……、自分を自分として大事にしてくれるって」

「うん、正解」

 バートはちゃんと覚えていた。その前提があると話しやすい。


「きみたちが知ってるあの二人は完全にバカップルだけど、出会ってからしばらくは、ジュリアちゃんが本気でオスカーを避けてたんだよね。

 フィンは少しその頃のことを知ってるよね。ジュリアちゃんがきみとのお見合いを受けたのはその時期だから」

「……そうですね。決して心は動かないという条件でのお見合いでしたが」


「ぼくから見て、あの頃のきみにはジュリアちゃんを手に入れるチャンスがあったんだけどね。

 ジュリアちゃんがきみをすり抜けた理由は単純で、きみとオスカーそれぞれの対応の差が明白だったから。

 今はもう、何に失敗したかわかってるんじゃない?」


「僕の黒歴史をさらせと?」

 一瞬眉をよせたフィンが、演じたような穏やかさで尋ね返してくる。次期領主としてはあと一歩だろう。

 笑顔で答える。

「うん。みんながジュリアちゃんをちゃんと知るには一番の教材だと思うんだよね」

「……わかりました」

 フィンが観念したように承諾して、苦笑気味に続ける。


「自分とオスカー・ウォードの何が違うのかは、それこそ死ぬほど考えましたよ。眠れない日も多かったですね。

 あの頃の僕は……、気持ちがはやっていたのと焦りもあって、どうにか好きになってもらおうとやっきになっていたんだと思います。

 例えそれがムリでも、自分の気持ちはちゃんと伝えないとと前のめりになっていて……。


 オスカー・ウォードに決闘を申し込んだ時に、受ける条件としてこう言われましたね。『勝っても負けてもクルス嬢を尊重してほしい』と。

 あの時はそんなの当たり前だと思っていたけれど……、振り返ると、できてなかったんだと思います」


「うん、正解」

 予想通り、あの頃のフィンには見えていなかったことが、今のフィンには見えているようだ。ジュリアが前よりもフィンに気を許すようになったのはそこが大きいだろう。


「簡単な話で、ジュリアちゃんは一方的に押しつけられるのが苦手で、自分の気持ちを尊重してくれる人が好きなんだよね。まあ、人として当たり前と言えば当たり前だけど。


 オスカーはぼくらと違って、自然にそれができる人だから。当時は、彼女が望まないなら彼女のために距離を保とうとしてたくらいだからね。

 見てるこっちがもどかしいくらい、あの二人が近づくのはゆっくりだったんだ。ジュリアちゃんにはその時間が必要だったんだろうね。


 もしフィンとオスカーが逆の動きをしていたら結果は逆だっただろうし、そこまでいかなくてもフィンが彼女のタイミングを待てていたら、今もまだそこに居たかもしれない」


「そう言われると、ものすごくいたたまれないのですが……」

「あはは。要は、自分しか見えなくなったらアウトってこと。距離を詰めたいならむしろジュリアちゃんのペースを尊重しないとダメ。

 どう? スピラさんもバートさんも思い当たる節があるんじゃない?」


「思いあたる節しかないっていうか、私それに似たことを本人から言われてる……。許可なく触っちゃダメとか」

「いやそれは当たり前だからね?」

「スキンシップとか、ちょっと強引なくらいがいいんじゃないのか?」

「いやそれセクハラだからね?」

 スピラもバートも世界観が違いすぎる。


「例えばぼくがいきなりバートにキスしようとしたら?」

「気持ち悪い」

「でしょ? 女の子にとって気のない男に迫られるのって、男が気のない女の子から迫られてる感覚じゃなくて、男が気のない男から迫られてる感覚って思った方がいいよ。気がある相手なら別だろうけどね」


 バートが目をまたたいて、それから頭を抱えた。

「相当気持ち悪いって思われてた可能性が」

「うん。理解してもらえてよかったよ。友だちでいてもらえてるの、感謝しなね」

「けど、多少強引にいかないと、男としてすら認識してもらえないよな?」


「強引にいったら会いたくないイヤな人、彼女を尊重したら好きな友人。どっちになりたいの?」

「それは後者だけど……、それだけだと俺の息子が日の目を見れない」

「前者だと可能性は完全にゼロ、後者なら何かのおりに好きな友人から好きな人になれる可能性がゼロじゃない。どっちがいい?」

「……一理ある気がしてきた」


 スピラが不思議そうに首をかしげる。

「ジュリアちゃんのペース……、オスカーくんが死んだ後でいいよって言ったのに、むしろ泣かれちゃったんだよね」

「いやそれ完全にNGワードでしょ……」

「え、なんで?」

 本当の理由はここでは言えない。が、スピラも事情は知っているはずだ。そのうち自分で思い至れるようになるといいが、難しいかもしれない。

 あたりさわりのない部分を教えておく。


「スピラさん、他の女の子がスピラさんに、ジュリアちゃんが死んだ後に相手をしてくれればいいって言ったらどう?」

「そんなの考えたくもない」

「でしょ?」

「……なんか悪いことした気がしてきた」

「うん、理解してもらえてよかったよ」

 悪いと思えるなら上々だ。

(スピラさんも根は悪い人じゃないんだよね)


 もう一歩、大事なことを補足する。

「ジュリアちゃんは自分が大切にされる以上に、自分の大切な人を大切にされるのが大事なんだよね。

 オスカーを邪険にしてるうちは懐かれないから、そこも気をつけておくといいよ」

「いやその条件は厳しいだろ……。向こうからも嫌われてるし」


「あはは。オスカーはジュリアちゃんに手を出そうとする男はみんな嫌いだからね。けど、それも普通じゃない? 彼氏とか婚約者としては。

 ジュリアちゃんに手を出してない、ジュリアちゃんにイヤな思いをさせてない、その状態でオスカーからケンカを売られたことある?」

「……ないな」

「……ないかも」


「でしょ? オスカーはジュリアちゃんが大事なだけで、それ以外は無害だよ。

 彼女が望む以上に距離を詰めない、彼女にするのと同じくらいオスカーのことも大事にする。ぼくが信頼されてるのはこの二点からだと思うよ。


 ペルペトゥスさんがスピラさんよりジュリアちゃんの中で少し上なのも、スピラさんみたいに強引に距離を詰めてこないし、誰に対しても態度が変わらないから安心してるんじゃないかな」


 全員が深く納得した顔になる。どこまで態度が変わるかは本人たち次第だけど、今回の合宿での自分の宿題は無事に終えた。


(ほんと、手がかかるバカップルだよね)

 基本的に二人でいたいのだから、誘いも用事も断ってしまえばいいのに、あの二人は律儀に受けてしまうのだ。

 今回も、ビジネスライクな距離として断ることもできたのに、友人は友人として大事にしたいらしい。


(二人っていうより主にジュリアちゃんかな。オスカーと二人でいられれば本人は満足なのに、周りもそれなりに大事にしようとするから)

 誰かを踏みにじるなどして相当怒らせない限り人を切り捨てないのが、ジュリアのいいところでもあって、本人とオスカーが困るところでもあると思う。

 自分にできるのは、そんな彼女を取り巻く環境を少しでも居心地よくすることくらいだ。


 もっともらしいことを言って丸めこんだけれど、本当は、彼女の秘密を知っても味方でいることや、実際にいろいろと役に立ってきたことも大きいと思っている。

 ただそれはスピラも同条件だから、話した二つのことが大きいのは本当だ。それをみんなが意識してくれるといい。


「ところで、ルーカス。前に言ってたことはどこまで本気なんだ?」

「前に言ってたこと?」

 バートが何について聞いてきたのかは、本当はわかっている。しらばっくれるつもりしかないだけだ。


「ジュリアさんを好きじゃない男はいないし、自分も飲みこんでるってやつ」

「ぼく、そんなこと言った? いつ?」

 バートたちとの関係だけを考えるなら、認めてしまった方がいいのだろう。けれどそこからジュリアにバレる可能性がゼロではない限り、絶対に知られるわけにはいかない。


 バートの代わりにフィンが答える。

「ショー商会の担当者との交渉がうまくいかなかった時の飲みの席でしたね。僕が余計なことを言ったのもあったのかなと思うのですが」

「うーん……、お酒が入ってたなら、お酒のせいで忘れてるのかな。あの日はペース早かったし。まあ、ぼくはジュリアちゃんのこと好きだよ」

 さらっとそう言うと、ペルペトゥス以外全員が驚いた顔になる。おもしろい。


 ニヤッとわざとらしく笑う。

「本人にも言ってるけど、人としてね? いい子だよね」

 さもからかったかのように続けたら、全体がそれはそうだという雰囲気になる。へたに否定するよりもずっと効果があるだろう。


(このウソだけはつき通さないとね)


 今の距離感がきっと、自分の愛し方なのだ。


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