15 世界で一番怖いと言われたのはちょっとショック
「セクハラは大概にしろ」
なんと言っていいかわからなくて困っていると、オスカーが守るようにしながらバートを止めてくれた。
「俺はマジメに大事な話をしているだけだし、なんでオジサンはよくて俺はダメなんだ? 差別だぞ」
「オジサン……」
確かに中高年だが、生きた伝説をそう呼ぶ人間がいることに驚く。
(認識してないって恐ろしい……)
「ペルペトゥスさんもちょっと特殊な人なので。バートさんが思っているのとは違う話かと」
「ジュリアさんがそう言うなら引き下がりますが。さっき言ったことは本気ですし、ご希望があればいつでもお試し相手になりますよ」
「とりあえずサンダーボルト・スタンで気絶させればいいか?」
オスカーは怒っているのに、バートは笑顔のままだ。
「ジュリアさんになら喜んで。あ、できれば気絶しない程度の雷撃の方がもっといいです」
スピラが目をまたたく。
「バートくんって変態さんだったんだね」
「その表現いいですね、師匠。心底ジュリアさんに言われたい……」
「言わないですって」
「あはは。じゃあ、バート、ぼくと勝負する? ジュリアちゃんのそのセリフをかけて」
「ルーカスさん?!」
ルーカスは何を言いだしたのか。
バートが吟味するようにしてから答える。
「気絶しない程度の雷撃とセットでならいいかもしれない。想像するだけで、ものすごくゾクゾクする……」
「ちょっ、バートさん?!」
「うん。ぼくの要求はオスカーと同じ。負けたらもうジュリアちゃんに手を出さないこと。その中にはさっきみたいな発言も含むよ」
(ぁ……)
急に何を言いだしたのかと思ったけれど、自分のための提案なのは間違いなさそうだ。
好きなセリフという条件だと前以上に何を言わされるかわからないから、あらかじめ縛りを作ったのだろう。
「勝負の方法は?」
「ポーカー」
(ルーカスさん、間違いなく勝つつもりよね……)
バートは知らないだろうが、ルーカスの土俵だと思う。胸の奥がじんと暖かくなる感じがした。ルーカスにもいつも守られている気がする。
「いいな。俺もそれなりにたしなんでる」
「うん。ジュリアちゃんはそれでいい?」
「はい。ありがとうございます、ルーカスさん」
「……どういたしまして」
なぜだろうか。ルーカスの笑顔がいつもより少しわざとらしく感じた。
昼食には、せっかくだからと人気の店を選んだ。二組に分かれる形ならすぐに案内できると言われ、四人ずつになる。
組み分けで揉めるかと思ったけれど、ルーカスがバートに小声で「一緒にバーバラちゃんを応援しよう」と言ったことで、すんなりと分かれることができた。
バーバラ、フィン、バート、ルーカスでひとテーブル、ペルペトゥス、スピラ、オスカー、自分でひとテーブルだ。声量を下げればこれまで話せなかった話もできるのがありがたい。
(バートさん、ルーカスさんのことはむしろ自分の希望を叶えるチャンスをくれる人くらいに思っていそうね)
オスカーと対峙する時のような構えがない。立場の違いもあるだろうし、ルーカスの雰囲気もあるだろう。
案内されたのは道に面したテラス席だ。タープで作られた日陰と海からの爽やかな風が心地いい。
注文を終えたところで、スピラがため息をついた。
「ジュリアちゃんの競争率高すぎない?」
「ため息をつきたいのは自分の方なのだが?」
「なんかすみません……。私はオスカーしか見てないんですけどね」
「ううっ、泣きたい」
「まったく相手にされておらぬのう」
「ペルペトゥス、それ楽しそうに笑って言うことじゃないからね?」
「まったく相手にされていないな」
「真顔はやめてオスカーくん……」
「注文が多い」
昔馴染みの中にオスカーも溶け込んでいる感じがして、なんだか楽しい。
「ハァ……、それなのに、ニコニコ楽しそうに聞いてるジュリアちゃんがかわいくてしかたないとかもうほんと私どうすればいいの……」
「どうもしなくていいが、ジュリアがかわいいことには全面的に同意する」
「え」
突然矛先が向いて顔が熱くなる。
「かーわーいーいー! 好きーっっ!!!」
「自分の方がもっと好きだが?」
「そこは私の方が好きだと思うけど?」
「お前はそもそもが体目当てだろう?」
「抱きたくなる子に出会ったのが初めてっていうのはあるけど、それも好きってことでしょ? 大体、下半身が連動しない好きって、好きって言えるの? 生物としておかしいよね?」
「待て。ジュリアの前でする話じゃない。持ちだしたことは謝る」
「じゃあこの勝負はおあずけね。絶対、私の方が好きだけど」
「いや、そこは絶対に譲らない」
(ううっ、ものすごくいたたまれない……)
オスカーがそう言ってくれることは嬉しいけれど、その何倍も恥ずかしい。
「……おい、オスカーの坊主にジュリアの嬢ちゃん。それは……、どうしたんだ……?」
ふいに、道の方から知った声がして顔を向ける。
「あれ、ブロンソンさん? 奇遇ですね。お仕事ですか?」
ギルバート・ブロンソン。解呪師としてオスカーの師匠に紹介してもらった、現役のSランク冒険者だ。世界中どこにでも行く印象がある。
「おう。この海域でアスピドケロンの目撃情報があってな。緊急依頼でパーティ仲間と確認に来たんだが、ただ甲羅が流れついただけのようで安心したところだ」
「……そうだったんですね」
ブロンソンが親指で後ろを示して事情を話してくれる。少し離れたところに冒険者仲間らしい姿が見えた。
(なんだかごめんなさい……)
そのアスピドケロンはここにいるエイシェントドラゴンが食べたとは言えない。エイシェントドラゴンが人の姿になれるなんて、冒険者や冒険者協会に知られたら大騒ぎになるだろう。
無駄足を踏ませたのは、安全面ではよかったのだろうが、申し訳なさもあって複雑だ。
ブロンソンが珍しく声をひそめる。
「それより……、同席しているのは知り合いか?」
距離と声量的にはスピラたちにも聞こえているだろう。気にせずに答える。
「はい。私の友人たちです」
ブロンソンが真剣な顔で問いを重ねる。
「嬢ちゃんたちは安全なんだな?」
「はい?」
「オレには相当ヤバい状況に見えてる」
「えっと、それは……」
「一人は嬢ちゃんと同等くらいか……、いや、嬢ちゃんならなんとかできるくらい、だろうが。もう一人は……、軽く何度か世界を滅ぼせそうに見える」
ブロンソンは感覚的に相手の強さがわかるのだったか。初対面で自分をかなりの魔法使いだと見抜いてきた相手だ。
ブロンソンが小声で続ける。
「正直、オレは今すぐここを離れて世界の反対側まで逃げたいが、逃げたところで意味がない気もする」
「え、ブロンソンさん、強い人と戦うの好きですよね?」
「それは多少なりとも戦えると思える範囲だ。嬢ちゃんとなら数分、あるいは数十分はスリルを味わえそうだから戦いたいが、ヒトがアリを踏みつぶすほどに力の差が明白ならスリルどころじゃないだろう?」
「……なるほど。さすがブロンソンさんです。その感覚、あってると思いますよ」
「嬢ちゃんは知ってて一緒にいるということか」
「はい。心配して声をかけてくれたんですよね。ありがとうございます。でも、二人は大丈夫です。私の心強い仲間ですから」
「……そうか。むしろ世界で一番怖いのは嬢ちゃんかもしれないな」
「え、私、怖いですか?」
初めて言われた。びっくりだ。
「いや、失言だった。忘れてほしい。何かあったらいつでも連絡してくれ。どれだけ役に立てるかはわからないが」
「はい。ありがとうございます」
ブロンソンの姿が見えなくなるまで見送る。
(世界で一番怖い……)
忘れるように言われたけれど、そう言われたのはちょっとショックだ。
(できるだけニコニコしていればいいのかしら……?)
国境線を割ったこともブロンソンには気づかれていた。それも含んでいるのかもしれない。
(気をつけよう……)




