13 エイシェントドラゴン ペルペトゥスの合流
「えっ、ペルペトゥスさん?!」
アスピドケロンの上に座っている人物を、スピラがそう呼んだ。
エイシェントドラゴンのペルペトゥス。人の姿になる魔法を使えるとスピラが言っていたけれど、自分の記憶にあるのは巨大な古竜の姿だけだ。
今そこであぐらをかいているのは、少しがっしりしていて格闘家っぽいかなという程度の普通のおじさんだ。
シルバーグレイの髪色は元の姿の色味に似ているものの、おじさんとおじいさんの中間という印象を際立たせるのにも一役かっている。
この辺りではあまり見ない、一枚布を思わせる服を着流していて、古い時代の武人を思わせる。
「あー、あれは座ったまま寝てるね。ペルペトゥス。おーい、ペルペトゥスー」
「……む?」
「うわっ」
無詠唱で口から吐きだした熱戦をスピラが避けた。空の彼方へと飛んでいく。放たれたのが上向きでよかった。街の方に飛んでいたら街の一部が消滅していただろう。
(心臓に悪い……)
「間違いなくペルペトゥスさんですね……」
古竜の姿の時よりだいぶ規模は小さくなっているけれど、やっていることが同じだ。
「ほんと、とりあえず攻撃してくる寝起きの悪さは直してほしい」
「それは寝起きの悪さで済む話なのか……?」
「寝ぼけていて簡単に避けられるので、そんなに大変ではないのですが。街中でやられたら困りますよね」
「エイシェントドラゴンって起こすだけで命がけなんだね……」
「待って。俺だけ話が見えてないみたいなんだけど?」
バートがルーカスの後ろに隠れながら聞いてくる。
「えっと……、私がスピラさんにお願いしていた探し人です。ペルペトゥスさん。多分今生きてる中で最強の生物でしょうか?」
「そうなんじゃない? じゃれてるだけならいいけど、本気を出されたら私もぜんぜん相手にならないから」
「……スピラか」
ペルペトゥスが細く目を開け、あくびをする。
「ずっと寝ていたからか、腹がふくれたらどうにも眠くてのう」
「昨日の夕食は?」
「子ガメだ」
ペルペトゥスが指を下に向けて軽く動かす。
「え」
「アスピドケロンを食べたのか……?」
「子ガメ……?」
「この大きさはまだ千年も生きておらぬ子ガメよのう。久しぶりの食事としては適量であった」
「天災を食べた……」
「規格外すぎてちょっとぼくはついていけない……」
オスカーとルーカスが引いて、バートが目をまたたく。
「え、冗談でしょう? さすがにこんなの容量的に収まらないよな?」
(元の姿と繋がらないとそういう反応になるわよね……)
バートはエイシェントドラゴンを知らないか、名前を知っていても規模のイメージがついていないか、本当だとはとらえていないのだろう。
本来のペルペトゥスを知っていれば、さもありなんとしか思わない。
自分はペルペトゥスを知っているけれど、今ここにいるペルペトゥスは自分を知らないから、まず挨拶が必要だろう。
「えっと……、はじめまして、ペルペトゥスさん。ジュリア・クルスと申します」
「ふむ。ヌシがスピラの懸想相手か」
「……スピラさん?」
一体なんと言って連れてきたのか。そこのところを問い正したい。
「本当のことしか言ってないよ? 一生に一度しか出会えないだろう女の子に出会って、その子の力になりたいからペルペトゥスにも協力してほしいって」
「……なんかすみません」
そういう言い方をされると申し訳なさしかない。
「よい。ウヌは暇でのう。女子に翻弄されるスピラなぞそれこそ生涯で一度見られるかどうかであろう? 楽しませてもらえるならつきあうと答えたのだ」
「そうそう。こいつ、私のことをオモチャくらいにしか思ってないから」
「それは語弊があろう。ウヌはこの世の全てをオモチャだと思っておる」
「ふふ。ペルペトゥスさん、退屈は竜を殺すって言ってましたものね」
「待ってください、ジュリアさん。その人とは初めましてなんですよね?」
バートの言葉でハッとした。懐かしくてつい忘れていたけれど、この場には事情を知らないバートもいるのだ。
「えっと、言いそうだなって」
とりあえず誤魔化して話を進める。
「ペルペトゥスさん、とりあえず今いるメンバーを紹介しますね。私の婚約者のオスカーと、親友のルーカスさんと、仲間のバートさんです」
「ふむ」
「待ってジュリアちゃん。私がいない間に婚約したの?!」
「はい」
驚くスピラに左手の薬指を見せる。
「あー、そっか、指輪ってそういう意味があるんだっけ」
「そういう訳だからもう手を出すなと言ってもお前は聞かないのだろうが」
「うん。私は元々長期戦のつもりだしね」
「ここで長くお話しするのも難なので。実は今、お友だちの別荘に来ていて。二人も泊めてもらえるか確認する必要があるのと、込み入った話はそこを出てからにしたいのですが」
「昨日私が居させてもらったとこだよね。いつまでいる予定なのかな?」
「三泊四日なので、明後日には帰ります」
「ウヌは構わぬ。一日二日、一年二年は誤差の範囲よのう」
「まあ、私も大差ないかな。十年二十年くらいは誤差だよね」
「そこまでいくと私がものすごく構うのですが。ありがとうございます」
二十年後になるとしたらかなり先だ。苦笑してから、別荘の持ち主に水を向ける。
「バートさん、二人を泊めてもらうことはできますか? 難しければ街の宿を使ってもらいますが」
「バーバラにも聞いてみるけど、別にいいんじゃないですかね。部屋は余ってますし、俺は師匠といるの楽しいですし」
「自分は街の宿に分けた方がいいと思う」
「ぼくもその方がいい気がするよ」
「わかりました。じゃあ、私は二人を宿に連れて行きますね」
「待って、家主はいいって言ってるし、私もジュリアちゃんの近くがいいよ?!」
スピラが慌てて声を上げる。
「だからダメなんだろう? 昨夜は遅かったから仕方なく部屋に泊めて自分が監視したが、連日は勘弁してほしい」
「うん。ペルペトゥスさんだけならいいと思うけどね」
「オスカーとルーカスさんが二人とも反対しているので。その方がいいのかなと」
「ううっ、私はジュリアちゃんをずっと眺めていたいし、ジュリアちゃんといっぱい話したいし、ジュリアちゃんのご飯が食べたいし、ジュリアちゃんと添い寝したいし、ジュリアちゃんを抱き枕にしたいし、ジュリアちゃんと一緒にお風呂入ったりしたいんだよぉっ」
「……ペルペトゥス氏が来たのだから、コレはもう用済みなんじゃないか?」
「後半は完全にアウトだね」
「それは全人類の夢だと思います」
「バートさん?!」
(前の時には師匠を女性だと思っていたし、師匠からもそういう対象として見られてなかったし、私も年齢がもっとずっと上だったから気にしてなかったしで、添い寝まではしてるって言わない方がいいわよね……)
バートがいるからというのもあるし、いなくても問題になりそうな気がする。




