9 セクハラ師匠スピラの帰還
窓とは反対側のドアが、ドンドンとけたたましく叩かれる。
「今度はなんですの?!」
「ジュリア! どうした?! 無事か?!」
「バーバラ!!」
「オスカーとバートさんの声ですね」
バーバラがホッとしたような、少し残念なような顔でドアを開けに行く。
その間に窓から師匠が飛びこんできた。
「ただいま、ジュリアちゃん。聞いてよ、もうすっごく大変でさ……」
「……アイアンプリズン・ノンマジック。またお前か、ストーカー」
「ちょっ、いきなり魔法封じとか、ご挨拶だな」
不意打ちだったからか、師匠がすんなりとオスカーの檻に収まった。
オスカーの横にはバート、後ろにはルーカスとフィンの姿もある。全員バーバラの悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「……まず二人には上に何か着てほしいのだが」
「あ、そうですね。すみません……」
「いや……」
完全に気を抜いたネグリジェ姿だ。お互いに恥ずかしい。メンズもラフではあるけれど、遠泳の時よりずっと露出が少ないため、そちらは気にならない。
「チェンジ・イントゥ」
魔法で、翌日のために用意していた服に着替える。バーバラの服も入れ替えた。
「魔法って便利ですわね」
「こういう時は特にそうですね」
「えっと……、そちらの方はジュリアのお友だち、ですのよね?」
バーバラが首をかしげる。なぜオスカーが間髪入れずに捕らえたのかがわからないのだろう。
「お友だちというか、師匠ですね。スピラ・イニティウムさんです」
「一応言っておくと、そいつは男だ。深夜にこの部屋に忍びこんだ時点で有罪だ」
「私は覗いただけで、忍びこんではいないよ? ジュリアちゃんが入れてくれたんだもん」
「覗いた時点で有罪だな。言い訳は自分の部屋で聞こうか」
「待って、一切話を聞く気がないって顔に書いてあるけど?!」
「師匠、ペルペトゥスさんには会えたんですか?」
「待って、ジュリアちゃん。何も起きてない顔をしてないで、彼氏の殺気を止めてくれないかな? さすがの私も魔法を封じられた状態で刺されたら死ぬからね?」
「けど師匠、本気になれば、オスカーの魔法封じは自分で解除できますよね? だからじゃれてるだけなのかなって」
「まあ、うん。多分できなくはないけど」
「できるのか……?」
オスカーが少しショックを受けた顔になる。
「魔法封じの唯一の弱点というか。魔力差が大きいと力押しで解除できるんです」
「オスカーくんもずいぶんがんばってるみたいだけどね。そこはほら、私だから?」
師匠がニヤニヤ笑うと、オスカーの額に青筋が浮かぶ。
「アイアン・ソード。師匠の丈夫さと強さを試せばいいのか?」
「待ってくださいオスカー、さすがにそれはまずいです。師匠もあおらないでください……」
(そういえば師匠とオスカーも相性が悪かったわ……)
長く留守にしていたからすっかり忘れていた。オスカーを抑えるように止めに入る。
ルーカスがカラカラと笑った。
「あはは。込み入った話になるだろうから、ジュリアちゃん、オスカー、ぼくとスピラさんで一旦ぼくらの部屋に行こうか」
「一晩外で反省させてからでよくないか?」
「えー、私、すごくがんばってきたんだけどなー? ジュリアちゃんに労ってもらえないと、今どうなってるかを忘れちゃうかもしれないなー?」
「なるほど、そういうごねかたもアリですね」
「バートさん?!」
師匠から何を学ぼうとしているのか。この二人はあまり近づけない方がいい気がする。
フィンが静かに口を挟む。
「状況を確認したいのですが。スピラさんはリアちゃんの何かのお師匠様で、何かリアちゃん絡みの用事があってここに来た、ということでいいのでしょうか」
「そうですね。私としても急ぎたい用件で……」
「伝えなくても勝手にジュリアの居場所を探知してくるストーカーだ」
「待って。ジュリアちゃんまで表現に納得した顔をしないで。ストーキングなんてしてな……、あれ? してる……?」
「無許可で突然ジュリアに抱きついて泣かせたことを、ジュリアが許しても自分は許していないからな」
オスカーがそう言ったのと同時に全体の空気が冷えた。
「とりあえず一晩、海に沈めておくのはどうだ?」
「うん。沖に持って行ってアスピドケロンのエサにしようか」
「溺死の方が苦しいらしいですよ。生き埋めでもいいですけど」
バート、ルーカス、フィンが冗談まじりに言うけれど、目が笑っていない。
「あれ? もしかして私、全員敵に回してる?」
「女の敵ですわね」
「あの、確かにその件はどうかと思いますけど。師匠に悪気はなかったし、ただいろいろズレてるだけな人なので……。
私の恩人でもあるし、マダムユリア・ビレッジの件でも助けられたし、今回も私のお願いを聞いてくれているところなので。あまり邪険にしないでもらえると……」
「うわああんっ、ジュリアちゃーんっ!! 私にはジュリアちゃんだけだよおおっっ!」
檻の中から手を伸ばしてこられ、オスカーがはたき落とした。
「ジュリア。コレは甘やかさない方がいいと思うが」
「うーん……、師匠、女性の部屋を覗くのはダメです。いいですか?」
「……うん。わかった」
「もちろん許可なく入るのもダメです」
「それもわかった。けど、早く話したい時はどうすればいいかな?」
「朝になって部屋から出てくるのを待つか、どうしても急ぐ時は連絡魔法を送ってください。起きていて対応できる時にはお返事して、外に出る準備をしますので」
「なるほど。次からはそうするよ」
「はい。お願いしますね」
「……むしろジュリアさんが師匠、っていうか、親みたいだな」
「師匠は人……、特に女性との関わり方がわかっていないだけなのかと」
「まあ、そうだね。ほとんど一人でいたし、異性として欲しくなったのはジュリアちゃんが初めてだから、どうすればいいのかわからないのはあるかな」
「まずそのセクハラ発言をやめろ」
「これもダメなのかな? 基準が難しいね……。けど、恋愛の好きってヤりたいのと同義でしょ? 生物の本能を否定してもしかたなくない? オスカーくんだって涼しい顔して、本当はジュリアちゃんと致したいんでしょ?」
オスカーが固まる。これはイエスと言ってもノーと言っても問題がある質問だと思う。
「師匠、ステイ、です」
「……うん」
「人には社会的に望ましい言動というのがあります。そういう話を人前でするのは望ましくないんです。
したいかどうかで言えば、私だってオスカーとしたいんです。けど、結婚する前にっていうのは望ましくないので」
そこまで言ってハッとした。つい本音がもれてしまってから、ものすごく恥ずかしいことを言った自覚が追いついてくる。顔が熱い。
「と、とにかくっ、そういう話は心の中にとどめておくものなんですっ」
「でも、そうしたら思いは伝わらないよね?」
「師匠も言ってたじゃないですか。『好き』と同義って。そっちを伝えた方が伝わると思います」
「……そっか、うん、そっか。なら、言い換えると……、好きになったのはジュリアちゃんが初めてだから。私はどうすればいいかな?」
(ぁ……)
セクハラを中和するために説明していたつもりが、想定外の言葉を向けられて戸惑う。
「諦めるんだな。二度と指一本触れさせるつもりはない」
「オスカーくんには聞いてないんだけどな」
「……すみません、師匠。師匠には師匠のままでいてもらいたいです」
「それ生殺しって言うんだけどなぁ……。まあいいや。私は気が長いからね。今はそれでいてあげよう」
「ありがとうございます。……オスカー、檻を解除してもらえますか?」
「……わかった」
わかったという顔ではないけれど、言葉通り檻を解除してくれる。
スピラが一歩前に出たのと同時にオスカーも前に出て、後ろに庇われた。
「バーバラさん、すみません。ちょっとオスカーたちの部屋で話してきますね。ガールズトークはまたの機会に」
「仕方ありませんわね。次の時にはノーコメントはなしですわよ?」
「……がんばります」




