8 夜のガールズトークと乱入者
「せっかくなので二人一部屋にしましょう」
夕食後にバートが提案してくる。部屋数はもっとあるけれど、せっかくの合宿だから親睦を深めようという意味なのだろう。反対する理由はない。
「部屋割りはくじ引きで。絶対にジュリアさんを引き当てますので」
「ファイア」
「うあっつっ」
バートが笑顔で出してきたくじをオスカーがすかさず燃やす。バートが慌てて手を離し、くじが空中で燃えつきる。
(反対する理由しかなかったわ……)
男女混合のくじは想定外だ。どこまでもバートがバートすぎる。頭を抱えたい。
バーバラが笑顔で腕をからめてくる。
「ジュリアはもちろん私とよね?」
「え。バーバラさん、フィくんと同じ部屋じゃなくていいんですか?」
何気なく聞いたら、バーバラが真っ赤になって爆発した。
「ま、ままままっ、まだそういうのは早いと思いますわ!」
「まあ確かに、二人きりだと緊張して眠れなさそうですよね」
自分に置き換えても、ドキドキしすぎてしまうだろう。オスカーの部屋に泊まらせてもらった時みたいに、もう一人いないと落ちつける気がしない。
「眠……? え、ええ、そうですわね」
バーバラが恥ずかしそうに小さくなる。よくわからないけれど、かわいい。
「あはは。オスカーとジュリアちゃん、フィンとバーバラちゃん、バートとぼくでもいいよ。せっかくだし」
「うっわ、俺だけハズレ感!」
「かわいがってあ・げ・る♡」
「裏声はやめろ! 腕を絡めるな!」
ルーカスがルーカスのまま女性のしぐさでバートにからんで、バートが全力で引いた。
ルーカスがカラカラと笑ってパッと手を離す。
「冗談はこれくらいにして、部屋割りはバーバラちゃんとジュリアちゃん、バートとフィン、オスカーとぼく、で確定でいいかな?」
反対意見は上がらない。そのままそれぞれ部屋に分かれていく。
(あれ……?)
最初の流れだともっとバートがごねるかと思ったけれど、すんなり女性同士になれたのは、ルーカスの手腕もある気がした。
就寝準備を整えて、自分のベッドに向かう。
「おやすみなさい、バーバラさん」
「もしかしてジュリア、そのまま寝るつもりではありませんわよね?」
「え、寝ないんですか?」
「お泊まりの楽しさはここからではありませんの? パジャマパーティですわ!」
「パジャマパーティ……」
初めて聞いた。実家の別荘ではせいぜい母と少し話すくらいで、おとなしく寝ていたと思う。
去年の魔法協会の夏合宿では寝つけなくて、風に当たろうと思って外に出たけど、それは予定していたわけではない。
バーバラがサイドテーブルに箱を置いて開ける。
「お菓子と飲み物も用意していましてよ」
「あ、ありがとうございます」
こんな時間にと思わなくもないけれど、心遣いが嬉しいし、ほんの少しの背徳感もたまには楽しい。
「すみません、何も考えていなくて」
「ジュリアは初めてですものね。わたしが手ほどきしてさしあげますわ」
「ありがとうございます……?」
何をてほどきされるのか、まったく想像がつかない。
「パジャマパーティと言えば、ガールズトークですわよ」
「ガールズトーク……?」
女の子の話という意味だと思うけれど、何を話すのか。縁がなさすぎてわからない。
バーバラに勧められるままお菓子と飲み物をいただく。
「で、ジュリアはどこまでしてますの?」
「どこまで? 何を、ですか?」
「……その、あの、ナニを、ですわ……」
バーバラから話を振ってきたのに、真っ赤になって枕を抱えこんだ。少し考えて、意味を理解したところで同じように恥ずかしくなる。
「あ、えっと……、えっちな話、ですよね……」
「ちょっ、改めてそう言われると恥ずかしいですわ!」
「さっきも言ったとおり、キスまでしかしてませんよ」
遠い昔、彼と夫婦だった時にはもちろん男女の営みをしていたけれど、ここでバーバラに話すことではない。オスカーと出会い直してからは、キス以上のことはしていないはずだ。
そう思ってからハッとした。
「あ……」
「何かありましたの?!」
「……ホウキの二人乗りをしていました」
ものすごく恥ずかしいことを思いだして告白したのに、バーバラがあからさまにがっかりした顔になった。
「まったくわかりませんわ……」
「ホウキの二人乗りですよ? 全てを預けているのも同然で……、その、密着感もすごいというか……」
「魔法使いにとってはすごいことなのかもしれませんけど、一般人にはわからない世界ですわ……」
告白している側はすごく恥ずかしいのに、バーバラには全然伝わっていないようだ。飲み物を飲んでひとつ息をつく。
「……バーバラさんは、その後どうですか?」
「その後……、何も変わった感じがしていなくて。さっきの部屋割りの時もフィンくんは無反応だったし……。もっと女性として見てもらうにはどうすればいいのかしら……?」
「そうですか? 前より距離が近いように見えていましたが」
「そう? ジュリアからはそう見えますの??」
「はい。フィくんもまんざらじゃないのかなって」
「本当?! キスしてくれるかしら?」
「それは……、二人のタイミングがあると思いますが」
「ジュリアは? ファーストキスはいつ? どちらから??」
「え……」
本当の初めてはずっと昔、彼からになるけれど、今回の初めてとなると、どこからカウントしていいのかわからない。
(人工呼吸? 魔力の受け渡し? それとも……)
「……ノーコメントで」
「そこが肝心ではありませの?! やっぱり女性からというのは、はしたないですわよね……」
「……ノーコメントで」
「ジュリア?!」
(ううっ、ガールズトーク、恥ずかしすぎる……)
「……ジュリア」
「はい?」
ふいにバーバラの声のトーンが落ちた。何かに怯えているような雰囲気だ。
(何かしたかしら……?)
「落ちついて聞いてね?」
「はい」
「……窓の外にオバケが」
「え」
(私は浄化の魔法を使えないことになっているから、オスカーを呼んできた方がいいかしら……?)
思いがけない言葉に、そう思いながら後ろにある窓を振り返る。
薄手のカーテンの向こうはただ暗いばかりだ。
「今は見えませんが。ゴーストならオスカーが浄化できるので、呼んできましょうか?」
「き、キャーッッ!!!」
振り返ってバーバラに言った直後にバーバラが悲鳴をあげた。急いでもう一度窓の方を振り向くと、外から逆さまに顔が覗いている。
特徴的なキャスケット帽を片手で抑えてまで、なぜ逆さまになっているのかは謎だ。
「オバケ! 髪が長い女のオバケ!!」
「落ちついてください、バーバラさん。すみません……、あれ、私の知り合いです……」
ため息混じりに伝えて、窓を開ける。
「おかえりなさい、師匠」




