7 一年越しのバーベキュー
バーベキューの準備のためにショー家の別荘の庭に出る。
みんなが軽くバラけたところでオスカーが声をかけてきた。
「……ジュリア」
「はい」
見上げたのと同時に口元を寄せられ、愛しい音が耳をくすぐる。
「愛してる。……いつまでも、ずっと」
(きゃああああっっ)
ささやいてすぐに元の距離に戻ったけれど、甘い音と吐息が耳に残って離れない。
大好きが振り切れて他に何も考えられない。幸せすぎてニヤけてしまうのも止められない。
努力賞として、何か言いたいことがあればと言われたから、言いたくなったことを伝えた。
「オスカーは世界一カッコイイです。百年後の未来までもずっと、あなただけを愛しています」と。
返事は期待していなかったのに、すぐにキスでもらった時は驚いた。嬉しくてつい人前だということを忘れていた。
それで終わりだと思っていたから、完全な不意打ちだ。
(こんなに幸せでいいのかしら……)
オスカーからもらってばかりで、何も返せていないと思う。
別荘の庭でバーベキューというシチュエーションは、去年の夏を思いだす。あの頃とは多くが変わった。
一年前は魔法協会に入ったばかりで、オスカーとは先輩と後輩の距離を崩さないつもりでいた。行ったのは自分の家の別荘で、魔法協会のみんなにフィンが加わっていた。
(あの頃はフィくんとつきあっていたのよね……)
とりあえず裏魔法協会の件が解決するまでという約束だったが、押されすぎてムリになって、夏合宿中に別れたのだった。
当時はまだバーバラとバートには出会ってすらいなかった。一年という歳月は思いのほか長かったし、何より濃かった。
バーバラが席を外したタイミングで、フィンが近くに来た。
「リアちゃん、……ごめんね?」
「何がですか?」
唐突に何を謝られたのかがまったくわからない。
「君だけって言ってたのに、ちょっとほだされたから」
「それはむしろ、応えられなくて申し訳ないと思っていたし、私はずっとバーバラさんを応援していたので」
「……そうなの?」
「はい。丸く収まってよかったと思っています」
「……そっか」
「ふふ。バーバラさん、かわいいですよね」
「どうかな……、実はまだちょっと怖いんだけど」
「え」
「空ですごく情けないところを見せた自覚はあって。それでも僕がいいって言ってもらったのは嬉しかったんだ」
「そうだったんですね」
フィンがバーバラにどこが好きなのかを聞いたタイミングを思いだす。自分がやらかしてスピードを上げてしまって、フィンが怖がって叫んだ後だった。
(塞翁が馬、かしら?)
二人が幸せになれるなら、それに越したことはない。
「……リアちゃんは、僕のどこが好き?」
「え」
なぜ急にそうなったのかがわからない。バーバラといい感じになっている話ではなかったのか。
「みんな言ってもらってたから、バートじゃないけど、ちょっとうらやましいなって」
「あ、あの流れですね」
オスカーの好きなところ、ルーカスの好きなところ、それからバートの好きなところを言ってきた。確かにフィンとバーバラだけ言っていない。
「えっと……」
「そこまでだ。答える必要はないだろう?」
「オスカー?」
「ヘタに気を持たせておくより、いっそ嫌いだと言った方が次に進みやすいんじゃないか?」
「確かに……」
「それを決めるのは僕です。僕は、ふんぎりをつけるためにもジュリアさんの言葉を聞きたいし……、なんなら一度だけでいいからキスをしてみた」
「バートと合わせて海に沈めてもいいか?」
「……バートと違って僕は泳げないので、それは勘弁してください」
「フィくんの好きなところを言うくらいならいいですよ。
友だちとしては……、とてもありがたいと思っています。いろいろ思うところはあるはずなのに、友だちのままでいてくれて。私の相談に真剣に向き合ってくれて、必要な時には忠告もしてくれて。
商会関係でもたくさん力になってくれていますし。跡を継ぐと決めてからのがんばりは、本当に凄いなって思っています。
子どもの頃も……、フィくんが遊んでくれて嬉しかったです。優しくて、尊敬できるお兄さん、でしょうか」
「……そっか。ありがとう。これからも君に胸を張れる人でありたいと思う」
「はい。期待していますね」
「なんの話ですの?」
戻ってきたバーバラがひょっこり顔を出す。
「ふふ。友だち以上恋人未満、応援していますね」
こっそりとバーバラに言って、オスカーの手を取って少し二人から離れる。あの二人はできるだけ二人きりにしておきたい。
食後、ユエルたちピカテット一家を庭に解放した。
子どもたちはすっかり大きくなって、ほとんどユエルと大きさが変わらない。初めての場所でキョロキョロしたり、動き回ってみたりと自由奔放だ。
ユエルは自分の頭の上に、ジェットはルーカスの頭の上に収まる。
「ジェットは飼い主を覚えてたんだね」
「ふふ。そうですね。もう子どもたちに手がかからないみたいだから、これを機にルーカスさんにお返しでいいでしょうか」
「うん。おかえり、ジェット」
翻訳魔法はかけていないから、言葉自体はわかっていないのだろうが、ルーカスが指先で撫でると満足げだ。
バート兄妹とフィンもそれぞれパールとエメルをカゴから出す。ユエルや子どもたちに飛びつくようなことはなく、そろりそろりと様子を見ている感じだ。
(ユエルに初めて会わせた時よりおとなしい……?)
いきなりつっこんできてユエルにのされていたのが懐かしい。
今は落ちついて、子どもたちと仲良く遊んでいるように見える。
「見た感じ、大丈夫そうだね」
「そうですね」
後からこっそりとユエルたちに話を聞いた。
子どもたちは優しいお兄さんたちと認識したようだった。
ユエルによると、子どもたちがまだ成人しきっていないため、がっつかれなかったのではないかという。自分とジェットが上から目を光らせていたのもあるかもしれないとのことだ。
「相性は悪くなさそうなので、予定通り女の子たちはブラッドさんに任せて、時々エメルくんとパールくんに会わせてもらうようにしましょうか」
ユエルも子どもたちも異存はなさそうだ。
男の子はキャンディスのところに行くことになっているから、一羽だけずいぶん遠くにはなってしまうが。
「ニ週間後くらいですかね?」
「そうですね。少し早くても問題ない気はします。オイラはヌシ様と外に行きたいです」
「ふふ。お留守番が長かったですものね。お疲れ様でした」
いろいろあったことはみんなひと段落して、落ち着いた日常になるだろうか。そんなふうに思ったのは、この日の夜に百八十度ひっくり返った。




