6 [オスカー] 勝負の行方とジュリアからの褒美
ジュリアに連れられ、砂浜の少し手前に転移した。
目の強化をかけて、沖のアスピドケロンがこちらに向かってこないのを確かめる。
「……問題なさそうだな」
「はい。海域の安全を考えると、退治できたらよかったのですが」
「アレはムリだろう。天災レベルじゃないか? ……いや、ジュリアが本気になればできるのか」
「そうですね。人目がなければ手段はあるのですが。後日、改めて居場所を探してっていうのは……、ユエルに探知してもらえば島との区別はつくでしょうが、海は広すぎるなと」
「ああ。ジュリアが背負うことではないだろう」
「……ありがとうございます」
アスピドケロンの伝説は、島と間違えて上陸した人間をふり落とし、食べるというものだったか。
退治すれば助かる人がいると彼女は思っているようだが、ムリをしてまで一人で天災に立ち向かう必要はないと思う。
珍しく慌てた様子のルーカスが飛んでくる。
「オスカー、ジュリアちゃん! お帰り。大丈夫?」
「ああ。問題ない」
「……よかった。ごめんね? ぼくのせいで」
「え、ルーカスさんのせいじゃないですよね?」
「遠泳を言いだしたのも、島だと思って近くに誘導したのもぼくだから……」
「私も動くまで島だと思っていましたし、オスカーが天災レベルだと言っていました。天災が相手なら、誰のせいでもないですよね?」
「……うん。そうだね。ありがとう」
安心したようでいて、どこか困ったような顔になる。
(惚れ直しそうになったのを飲みこんだ、か?)
一瞬そう見えたが、すぐにいつものルーカスに戻った。
「とりあえずジュリアちゃんは着替えておいで。目のやり場に困るから」
「え」
どう伝えるべきかと思っていたことをあっさり言われた。
濡れた服が貼りついて、素材によっては透けて見える。なるべく見ないようにしていても、なかなかくるものがある。
言われて気づいたジュリアが赤くなる。
(ああああっっっ)
かわいい。今すぐ連れ去って二人きりになりたい。
「ルーカス。とりあえず目潰しをしていいか?」
「いやダメだよね?! 見せたくないのはわかるけど!」
「……荷解きをしていないので、洗浄と乾燥の方が早い気がします」
恥ずかしそうにそう言って、ジュリアが魔法をかけていく。すぐに元通りだ。
「あなたにもかけますか?」
「ああ。ありがたい」
自分でもできるけれど、かけてもらうのは嬉しい。洗浄と乾燥が済むと、塩水が張りついている感じがなくなって快適だ。
砂浜に戻って他の三人と合流して、別荘に帰って魔法で服を変える。
「ずるいな、魔法使い」
「あ、バートさんも洗浄と乾燥、しますか?」
「ジュリアさんに包まれるなんて最高のご褒美ですね」
「オートマティック・ウォッシュ。ドライ・アップ。かけてやったぞ」
「お前じゃない!!」
さらりとオスカーがかけたらバートが全力でつっこんだ。
「結果は同じだろう?」
「過程が大事なんだ、過程が!」
「今日の勝負はバートさんの勝ちになったんですよね……? 私はどうすればいいですか?」
「ううん、引き分けかな」
ルーカスの返事に首をかしげる。
「引き分け?」
「バートはパラソルのポールに触ってないから、ゴールしてないんだよね」
「え、バートさん?」
「ジュリアさんを助けに行って反則負けなんてカッコつけたことをされて、勝ったと喜べるほど俺は図太くないので。今日のところは引き分けにしておきます」
「カッコつけたわけではないのだが」
「ふふ。じゃあ、それぞれに努力賞でどうですか?」
ジュリアがどこか嬉しそうに笑って提案してくる。かわいいが、心配でしかない。相手はあのバートだ。
「努力賞?」
「そうですね……、例えば、言ってほしいことを一言、それぞれに言うとか?」
「確かに、それは努力賞ですね」
元々のバートが勝った場合の約束から、身体接触を除いた形になっている。
(それくらいならアリ、か……?)
「じゃあ、俺は……、ジュリアさんの俺の好きなところを聞きたいです」
「え」
驚くジュリアの横でつい眉を寄せてしまう。
「どうして好かれている前提なんだ?」
「嫌いなら嫌いで嫌いなところを聞くのもゾクゾクするから、そっちでも!」
「黙れ変態」
「それはジュリアさんに言われたい」
「えっと……、好きなところとちょっと苦手なところ、どっちを言えばいいのでしょう?」
「移動中のやりとりがうらやましかったので。今は好きなところでお願いします」
「ムリをしなくていいからな」
「そうですね……、バートさんとオスカーが楽しそうに漫才をしているのは好きです」
「楽しくない」
ハモった。楽しくはないし漫才もしていないが、そう見えている時があるということか。
「ふふ。困ることもあるけど、何を言われてもへこたれないところや、本音を言ってくれるのは安心します。
あと、なんだかんだ言ってバーバラさんを大切にしているところとか、仕事に対しては誠実で任せられるところとかでしょうか」
「……ジュリアさん、結婚しましょう」
「どうしてそうなる」
前のめりなバートから、ジュリアを後ろに庇う。バートの思考回路が謎すぎる。ジュリアもリップサービスが過ぎると思う。
「オスカーはどうしますか?」
「自分は……、ジュリアが言いたいことがあるなら」
「言いたいこと……」
そう呟いて考えた彼女のほほが赤く染まる。一体何が浮かんだのか。かわいすぎる。
(今すぐ連れ帰りたい……)
「えっと……、じゃあ……、恥ずかしいので、少しかがんでもらってもいいですか?」
「ん」
(ちょっと待ってくれ。何を言うつもりなんだ?)
ものすごく心臓がうるさい。
彼女が耳に口を寄せてくる。吐息がかかるだけで更に心臓が逸る。
「オスカーは世界一カッコイイです。百年後の未来までもずっと、あなただけを愛しています」
(うわああああっっっ)
内緒話のような声が甘く耳をくすぐる。理性が崩れ落ちた感覚と共に、気づいた時にはもう抱きよせてキスを返していた。
「あ、ずるい! 審判、アレはルール違反だよな?」
「あはは。もう努力賞の外なんじゃないかな」
何か聞こえたが、あまり頭に入ってこない。人前でするのをジュリアが恥ずかしがるのはわかっているけれど、抑えがきかなくて、ついキスを深めてしまう。
抵抗はない。恥ずかしそうに目を潤ませて求めてくるのがかわいすぎる。
「恋人同士ってあんなことをしますのね……」
「興味があるんですか?」
フィンの問いかけにバーバラの恥ずかしそうな声が返る。
「こ、ここっ、後学のためですわっ」
「なるほど?」
「バーバラ、言っておくけど、ディープキスはまだ序の口だぞ。二人きりになったらもっとすごいことを」
「……してませんっ」
バートに対して、解放したジュリアが真っ赤になって否定する。実際、していないのだが、聞いた側は逆に受けとりそうな気がする。
バーバラがジュリアのそばに駆けよる。
「ジュリア、二人だけの時にいろいろ教えてくださいませ」
こっそり言ったつもりのようだが、声が大きくて丸聞こえだ。
(本当にしてないんだが……、いや、ジュリアは前の時に自分としていたのか……。なんだそれは……、うらやましすぎる……)
不毛だとわかっているのに、今は、彼女と夫婦だった前の時の自分が一番うらやましい。
(……百年前からじゃなくて、百年後、か)
過去の話は聞いていたけれど、未来の話は初めて聞いた。彼女のベクトルが変わってきている気がする。それは今の自分への愛着だと思っていいのだろうか。
(なんだそれは……、嬉しすぎる……)
言われた瞬間にたまらずキスで答えたけれど、思い返しても、どうにも愛しくてしかたない。




