5 最強の魔法使い、海に沈む
明らかに島が動いている。
名前は思いだせないけれど、動く島のような魔物がいたはずだ。小耳に挟んだことがあったかなというくらいで、詳しくはわからない。
(害があるのかどうかを見極めないと……)
泳いでいる二人の安全確保が自分の役割だ。自由に魔法が使えるならどうとでもできるけれど、オスカーとルーカス以外の友人がいる場だから、今使えることになっている魔法以上の魔法は使えない。その制限の中で、もし戦わないといけないなら何ができるかを考える。
(空間転移……は、使えることになっている距離の範囲だと、行ったことがある沖には逃せないし……)
制限がないなら、ずっと遠くの海に相手を連れていくだけでいい。けれど、今はアウトだろう。
逆にオスカーたちを陸に転移させるのはできるけれど、上陸してくる可能性があるなら逆に被害が大きくなるかもしれない。
攻撃魔法も、あの大きさにダメージを通すのは難しい。少なくとも今の自分が習ったことになっている範囲では。
考えがまとまるより早く、ザバッと巨大なカメの顔のようなものがのぞいて、大きく口を開いた。と同時に、泳いでいる二人の方に迫る。
「っ! フローティン・エア、プロテクション・シールド!」
浮かせて動きを止めようとしたけれど、明かせる範囲の魔力だと出力不足だ。ほんのわずかにスピードを落とせただけ御の字だろう。
すぐに二人との間に防御壁を展開する。こちらも今の自分ができることになっている範囲だと出力不足だ。衝突して一瞬止まったけれど、不快そうに叫んだ後、甲羅で体当たりをされたらひとたまりもなく砕け散った。
島としては小さいと思ったけれど、魔物としては巨大と言うより他にない。
海上に出てきた巨大な目がギョロリと自分を見た。
(これだわ!)
「ファイア」
目に火の玉を当ててから、あえて低く飛んで視線を誘導する。巨大ガメが叫んで、進路を自分の方へと変えた。後を追わせるようにスピードを調整しながら飛んでいく。
おとり作戦だ。
(とりあえず沖まで誘導……)
「きゃっ……」
突然巨大ガメが水面に体を叩きつけて大波を起こした。認識して反応するより早く、壁のように迫った水に飲みこまれた。
(ホウキ……っ)
衝撃で手を離していなければ、水中からホウキで飛び出せただろう。が、すり抜けたそれはもう消えている。
水中では詠唱ができない。詠唱が不要になる魔法を事前にかけているわけでもない。つまり、ホウキを離してしまった時点で、もう何も魔法が使えない。
(あれ……?)
制限を全て外したとしても、今の自分が助かる手段が思い浮かばない。
サァッと血の気が引いた。
海を、水を、魔物を甘く見ていたのを猛省する。どんな状況でも魔法でなんとかなるという驕りがあったのだろう。
魔法が使えないと、ここまでどうにもならないのか。
息ができない。苦しい。
必死にもがけばもがくほど沈んでいく。
(オスカー……)
走馬灯と言うのだろうか。浮かぶのは彼ばかりだ。二重の意味で、内心で両親に謝る。
水流を感じて、痛む目を開く。
巨大ガメの開かれた大口が迫ってくる。
溺死は苦しい死に方のひとつだと聞いたことがある。それなら一瞬で済む方が楽なのだろうか。
(オスカー……?)
ホウキに乗った彼が目の前にいる幻を見た気がした。
次の瞬間、しっかりと手をつかんで引き上げられる。海から飛び出したのと同時にオスカーのホウキに座らされ、抱きこまれたまま上空まで上がっていた。
ゲホゲホと咳きこんで水を吐きだす。軽く背を叩いてくれるのがありがたい。
「……オスカー……?」
「よかった。意識はあるな」
「え、でも、魔法……」
彼が魔法を使ってしまったら、勝負に負けたことになってしまうのだ。だから一人でなんとかするしかないと思っていた。
「自分が優先順位をはき違えると?」
「オスカー……、大好き」
思わずぎゅっと抱きつく。
怖かった。
本気で死ぬかと思ったし、彼が来てくれなかったら現実になっていただろう。
「ん……。嬉しいが。今はアレを……、アスピドケロンをどうにかしないとな」
「アスピドケロン……」
言われて思いだす。巨大ガメのような魔物は、確かにそんな名前だった。
「誘導するつもりだったのか?」
「はい。沖まで誘導して、私が空間転移で帰れば、そのまま見失ってくれるかなと。空間転移はもう父に知られているので、短距離なら使ってもいいかなと」
「作戦としては上々だ。おとりは自分が引き受ける。ジュリアは上からのサポートと、頃合いを見て空間転移を使ってもらえればと思う」
「……わかりました」
オスカーに負担をかけるのは申し訳ないと思うのと同時に、彼の頼もしさに安心する。今は彼の言葉に甘えて、泳げる彼におとりを任せるのが最善だろう。
自分のホウキを出し直す。
「フライオンア・ブルーム。……ノーン・インセンテティオ」
「その魔法は確か前に……」
「はい。魔法卿と戦ったときに使った、全ての魔法を無詠唱で使えるようにする古代魔法です。水の中では詠唱できなくて何もできなかったので……。万が一のための安全対策です」
「ああ。その方がいいだろう」
「あなたにもかけておきますね」
「ありがたい」
無詠唱にするだけの魔法だ。離れたところから他のメンバーに見られたとしても知られることはない。これで水中でも魔法が使える。その差は天地ほどだ。
届かない位置にいることに業を煮やしたのか、アスピドケロンから複数の岩が飛んできた。
「プロテクション・シールド」
オスカーと声が重なる。防御の盾で弾き返したのと同時にオスカーが下降していく。
「フローティン・エア」
彼の進路上に落ちていく岩を浮かせ、アスピドケロンの真上で魔法を解いて落下させる。
落ちた岩が粉々に砕けるだけで、甲羅は完全に無傷だ。
「やっぱり硬い……」
オスカーがアスピドケロンの目の前を飛んで、沖へと誘導していく。自分が浴びたのと同じ海水での攻撃を、オスカーは軽々とくぐり抜けていく。
(反射速度とか体幹とかは全然敵わないわね……)
どんなに追いかけても届かなかった彼の背は、今も健在に感じた。
岩の攻撃は前方にはうまく飛ばせないようだ。全身を震わせて弾き出し、様々な方向に飛んだうち、オスカーの邪魔になりそうなものは浮遊魔法で動きを止める。
幸い、船などに遭遇することなく沖まで出られた。岸がほとんど見えなくなってきている。
(そろそろいいかしら)
「オスカー!」
「ああ」
呼んだ意図に気づいたオスカーが急上昇してくる。差し出した手がしっかり握られたのと同時に空間転移を唱えた。




