4 オスカーVSバート、遠泳対決
「土に埋められて頭を冷やすのと海に落とされて頭を冷やすのだとどっちがいい?」
青スジが浮かぶオスカーにバートが答える。
「ジュリアさんと二人で海にダイブしたいかな」
一触即発だ。
ルーカスが苦笑しながらとりなす。
「はいはい。バートもあんまりオスカーをあおらないでね。
勝負のバートの報酬は、ジュリアちゃんのつんでいいの?」
「そうだな……、つんつんしながら俺の指定するセリフを言ってもらうっていうのなら、いいかもしれない」
「え」
「何を言わせる気だ……」
「さあね? それか、キスか、本番か。ジュリアさんが好きなのを選んでください」
「あの、勝負をしないで、私にちょっかいを出すのをやめてもらうというのは……?」
「ないですね。これでもジュリアさんを尊重して控えているつもりですから」
「現状で控えているのか……」
「それはそうでしょう。世の中には意思確認をしないで女性に触ろうとする男が五万といるんだから、俺は紳士的かと」
「最低と比べて胸を張られてもな」
「バートさん、しようとした前科がありますよね……」
「そうでしたっけ?」
しらばっくれられたけれど、あまり強くは言えない。迫られた時にサンダーボルト・スタンで気絶させてしまったことでバートがおかしくなったのだ。後ろめたさはある。
「……わかりました。もしオスカーが負けたら、私がバートさんをつんつんしながら、バートさんが指定したことを言います。……で、オスカーもいいですか?」
「ああ。巻きこんですまない」
「いえ。私の問題にあなたが巻きこまれているようなものなので。むしろすみません。いつもお手数をおかけしてます……」
前の時はこんなことはなかったのに、本当に今回のオスカーには苦労と迷惑をかけっぱなしだ。
ショー家の別荘に荷物とピカテットたちを置いて、オスカーとバートが水着に着替えてくる。ほぼ下着一枚と変わらない。
(きゃあああっ)
目のやり場に困る。と思いつつも、つい見てしまう。オスカーは締まったいい体をしていると思う。
(カッコイイ……)
二人きりだったらいいのにと一瞬思って、そうなったらなったでよからぬことを考えそうだと思って打ち消す。
別荘の目の前がプライベートビーチになっている。
オスカーが軽々と日よけのパラソルを立ててくれた。留守番組の応援席だ。
ルーカスが二人の前に立った。
「じゃあルール確認ね。勝負は遠泳。一キロくらいのところにぼくが飛んで行って待ってるから、ぼくにタッチして戻ってくること。このパラソルに先にタッチした方が勝ち。
魔法を使うのと妨害行為は反則で失格。溺れた場合も失格。いい?」
「わかった」
「それでいい」
「主審は言いだしたぼくがやるけど、ジュリアちゃんにも手伝ってもらっていいかな?」
「はい」
「ぼくは定点で見てるから、ジュリアちゃんは二人を上から見守ってもらって、方向がズレたら教えてあげて。
で、溺れたら魔法で救助をお願い。あと、もし反則があった場合は止めて。どっちもそこで終了ね」
「わかりました」
「じゃあ、ぼくの準備ができたら連絡魔法送るから」
言い置いて、ルーカスがホウキで飛んでいく。
バートがあごに手を当ててニヤリとした。
「ジュリアさんに救助されるのもいい気がする」
「おい」
「冗談だ。やるからには勝つつもりだからな」
連絡魔法が飛んでくる。
『ちょうどよさそうなところに小さな島があったから、目印にいいと思う。その手前にいるね。空に火の玉を上げるから、方向を確認して』
声を聞いたのと同時に、沖の方に小さな光が見えた。その下に目をこらすと、確かに何かあるのがわかる。
「インフォーム・ウィスパー。ルーカスさん、確認できました」
連絡魔法を返す。
「あんなところに島があったか?」
「あまり遠くには行かせてもらえなかったし、遠くをよく見たこともないから、気づいていなかったのではないかしら」
バート兄妹がそんなやりとりをしたところに、再び連絡魔法が飛んでくる。
『じゃあ、始めるよ。位置について、用意。始め!』
ルーカスの声がしたのと同時に二人が海に駆けこんだ。
ホウキに乗って空から二人を見守っていく。
(あれ、バートさんの方が速い?)
得意な運動でなくても、基礎体力や筋力でオスカーが押すと思っていた。大きく差が開くほどではないものの、スタートはバートがリードしている。
(オスカーを応援したいけど、審判の間はひいきはダメよね……)
心の中だけで応援しておく。
上からだと現在地がわかりやすい。早歩きくらいのスピードだろうか。往復二キロはそれほど長くないと思っていたけれど、泳ぎだとそれなりに時間がかかりそうだ。
(今までで一番平和な方法な気がするわ……)
青い空、白い雲、光る海。見ている側はのんびりしたものだ。
目的地になっている島は、それほど大きくない。直径二、三十メートルくらいだろうか。ゴツゴツした岩がところどころ緑の藻に覆われていて、植物などは生えていない。
少しドーム型に盛り上がっているが、潮の満ち引きによっては水没しそうだ。バート兄妹が認識していなかったのは、それによるところもあるのかもしれない。
往路の前半でバートが引き離すかと思ったけれど、だんだん差が縮まって、折り返しになるルーカスとのタッチはほぼ同時だった。バートがバテてきて、体力があるオスカーが有利になってきたのだろう。
(ルーカスさん、そのあたりも見越して、短距離じゃなくて遠泳にしたのかしら)
そうだとしたらさすがとしか言いようがないし、いつでも自分たちの味方でいてくれるのは嬉しい。
ルーカスが乗ったホウキが島の近くから浮き上がってくる。
「じゃあ、ぼくはゴール判定のために先に戻ってるね」
「はい、お願いします」
折り返しの目印の役割を果たしたルーカスがそう言って、一足早く海岸に向かって飛んでいく。
(あ、ちょっとずつオスカーがリードし始め……、……ん?)
静かな海が突然波立ったように感じた。島が高さを増して、その動きに呼応するように波紋が広がる。
「オスカー! バートさん!」
二人とも水の流れに少し押し流された感じがあるものの、進行方向に向かう波だったからか、難なく浮上してきた。泳ぐこと自体には今のところ問題はなさそうだ。
(問題は……)
明らかに島が動いている。
(なんかそんな伝説を聞いたことがあったような……)




