3 どれだけ言っても懲りないバート
「海が見えてきましたわね。じゅうたんだとこんなに早く見えますのね」
バーバラの声で振り返って、進行方向を見る。地平線の先に水平線が広がっている。快晴なのもあって、世界がキラキラしている。
ずいぶん久しぶりな気がする。
前の時、必要なものを探して世界を回っていて、海がある街に寄ったこともあった。けれど、最後がいつだったか記憶は定かではない。
不思議と、それよりもはるか昔に、オスカーと娘と遊びに行った方をよく覚えている。
(こんなに賑やかに海に行く日がまた来るとは思わなかったわ……)
前に向き直って、オスカーの腕を抱きしめ直し、頭を寄せた。クレアがいない寂しさにさえフタをしてしまえば、今はとても幸せだ。
「……ジュリアは、海は?」
オスカーの声が心地いい。
「昔……、行ったことがあります」
事情を知っているオスカーとルーカス以外のメンバーもいるから、端的に答えた。それだけで伝わったのだろう、オスカーが軽く撫でてくれたのが嬉しい。
「ジュリアさんは泳げるんですか?」
バートの声がして、軽く振り返って答える。
「魔法使いは海の上を飛んだり歩いたりできるので。泳ぐ必要がないんです」
「つまり泳げないんですね」
(うう……)
図星すぎる。
「海や湖の近くにでも住んでなかったら、普通は泳げないんじゃないかな。もちろんぼくも泳げないし」
「わたしは泳げますわよ。毎年夏に別荘に来て遊んでいたので」
「俺もバーバラと同じく」
「オスカーは?」
「自分は、訓練の一環で昔師匠に放りこまれたから、多少なら泳げる」
「アンドレアさんの訓練、そんなこともしていたんですね」
「フィンくんは?」
「僕はもちろん、泳げません。子どもの頃には領地の視察で各地に連れて行かれていたので、海自体は記憶があるのですが。領主の子がそんなところで遊んではいけないと言われていました」
「いろいろ大変だったのね」
「街が見えてきたから位置の指示を頼む」
「じゃあ俺も前に行こうかな」
バートがそう言って、オスカーと反対側のそばに来て、思っていたよりくっついてきた。
(ちょっと近い?)
「……ジュリアから離れるのとここから落ちるのとどっちがいい?」
「落ちたらきっとジュリアさんがホウキで助けてくれるだろうから、そっちのがいいかな」
「バートさん?!」
オスカーの機嫌がすこぶる悪くなっていく。前の時には見たことのない表情だ。この二人は水と油だと思う。
「えっと……、バートさん。もう少し距離をとってもらえると」
「ジュリアさんは俺のことを友だちだと思っているんですよね?」
「はい、そうですね」
「同じく友だちのバーバラは近くても抱きついてもいいなら、俺もいいんじゃないですか? 双子だし、大差ないでしょう?」
「え……」
思いがけないことを言われて、考えてみる。
「いいわけがないだろう」
考えがまとまる前にオスカーが話を切り捨てた。
「なんなら切り落として女にしてやろうか?」
「待ってください、オスカー。本人の同意を得て、ですよね? あなたが訴えられたり捕まったりするのはイヤです」
「待ってください、ジュリアさん。俺が女になるのは構わないんですか?」
「その方がお友だちとしてはいやすいですね」
「……前言は撤回しておきます」
バートがため息まじりに言って、少し離れてくれた。距離感としてはその方が落ちつくし、オスカーも落ちつくだろう。
「俺はやっぱり男としてジュリアさんとイチャイチャしたいので。友だちを口実にしない方がいいんだろうなと」
「いい加減、人の婚約者にちょっかいを出すのはやめてほしいのだが」
「前にも言ったけど、相手がいる方がむしろ燃えるし、ジュリアさんとなら不倫も喜んで」
「春に不倫はダメだと納得してもらったものだとばかり……」
「ジュリアさんの考えはわかりました。けど、俺はやっぱりジュリアさんがほしい。どんな形でもいいし、アバンチュールの方がむしろイイと改めて思っています」
商会を立ち上げてからは聞かなかったけれど、バートはバートだった。仕事として会っていた時はバートなりに仕事モードで接してくれていたのだろう。遊びに行くということでモードが戻っているのかもしれない。
オスカーから冷気が漂ってくる。
「消していいか?」
「あはは。オスカー、どうどう。なんなら泳ぎで決着をつければ? 戦うのは戦力差がありすぎるけど、泳ぎならバートの方が得意な可能性もあるんでしょ?」
「まあ、いくらかは自信があるな」
「いいだろう。自分が勝ったら二度とジュリアに手と口を出すな」
「じゃあ、俺が勝ったらジュリアさんにちゅうしてもらおうかな」
「え」
「だって、勝ったのに現状維持とか、不公平ですよね? ご褒美がなきゃ。
これでもかなり控えめに言ったんですよ? 賭けの内容的には、本当は抱かせてもらいたいくらいなんだから」
オスカーが今すぐバートを消しそうな顔をしている。
「オスカー、どうどう。ジュリアちゃんとしては、どう?」
「私はイヤです」
「何に対して?」
「……その、オスカーとしかしたくないので」
「じゃあ俺からジュリアさんにキスを」
「それもイヤです」
「全拒否がむしろ心地よくなってきたので、その流れで罵ってもらってもいいですか?」
「え、イヤですよ?」
困って言っているのに、なぜバートは恍惚とした顔になっていくのか。謎すぎる。
「もしバートが勝ったら、気が済むまでジュリアに罵られればいいんじゃないか?」
「それはそれでご褒美だけど、せっかくならムチよりアメの方がいいかな」
「ジュリアちゃんが許容できる範囲だとどんな感じ?」
「うーん……、ちょっとだけ、つんっとするくらいなら……?」
「え、それって、場所は俺が指定していいんですか?」
間髪入れずに嬉しそうに聞かれて、少し考える。場所によってはダメな気がするけれど、具体的に言うのはすごく恥ずかしい。具体的でなくても少し恥ずかしいものの、言わないわけにはいかないから言っておく。
「……えっちなのはダメですよ?」
「うわぁ……! 今すぐ一人か、ジュリアさんと二人きりになりたい……っ」
「土に埋められて頭を冷やすのと海に落とされて頭を冷やすのだとどっちがいい?」
オスカーがバートにそう言いながら抱えこんでくる。運転する彼の膝の上に座って抱きこまれた形だ。彼のホウキに乗っている時に近い。
(ひゃあああっっ)
自分から彼を抱きしめているのも好きだけど、彼の力強い腕に抱かれるのはもっと好きだ。バートには悪いと思うし、みんなの前ですることでもないと思いながらも、すごく嬉しい。




