2 友だちの恋を全力で応援したい
バートがハンカチでガシガシとバーバラの顔を拭いた。
「ちょっ、お兄様?! やめてくださいませ。お化粧が崩れてしまいますわ」
「辛気臭い顔をされるよりはそっちの方がいいね。だいたい、バーバラ、今回の相手はギラギラしすぎてて父親みたいで虫唾が走るって言ってたじゃないか。キッパリ断ってただろ?」
(ん……?)
バートが言ったことが本当だとすると、バーバラがウソをついたことになる。人前で相手を悪く言わないように気を遣うタイプではないだろうから、オブラートに包んだのとは違うと思う。
「なんで言っちゃうの?! ちょっとくらいヤキモキしてもらいたかったのに!」
「なんでって、明らかに効果がなかったじゃないか。だから泣いてるんだろ?」
「う゛ー……」
バーバラがバートに言いくるめられて、うなりながら小さくなった。
(なるほど……)
つまりバーバラはフィンの気を引くためにお見合いがうまくいったような表現をして、フィンがそれを肯定したから泣いていたようだ。
(これが恋のかけひき……?)
縁のない世界だったから新鮮な驚きがある。
フィンが困ったような笑みを浮かべた。
「……バーバラは僕のどこが好きなんですか?」
「す、すすすっ、好きだなんて一言も言っていませんわ!!!」
言葉では全否定しているのに、真っ赤になっていて態度では全肯定に見える。
ルーカスがニッと笑った。
「ジュリアちゃんは、オスカーのどこが好きなの?」
「え、私ですか?」
急に振られて驚いたけれど、質問自体は簡単なものだ。
「話していいんですか? 長くなりますよ?」
「あはは。オスカーを動揺させない範囲で手短にお願い」
「手短に……、うーん、一気に難しくなった気がします。……まとめると、全部、なのですが。
最初のきっかけは……、私をエリック・クルスの娘ではなく、ジュリア・クルスとして尊重してくれたこと、でしょうか。
オスカーといると私が私でいられて……、そのままの自分が大事にされている感じがして、とても幸せなんです。
いっぱい好きなところがあるのですが、手短に説明しようとするとそこが大きい気がします。でも、説明しきれるものでもないような気もしてて。
会えるだけで嬉しいとか、顔を見るだけでドキドキするとか、明日も会えると思うだけで機嫌がよくなるとか、いつでも思いだしちゃうとか、ずっと一緒にいたいとか……、好きって、こっちで感じる部分も大きいんじゃないかなって思います」
答えながら胸元を示す。どこが好きかという質問の答えとは少しズレるけれど、好きだという感覚なしに好きは存在しないと思う。
ルーカスが満足そうに柔らかく笑ってから、吹きだすのをこらえるような雰囲気になった。
「オスカー、オスカー、嬉しいのはわかるけど落ちついて。無意識にスピード上がっててフィンの顔色がもっと悪くなってる」
「……気のせいだ」
「いやいや明らかに速くなってるからね?」
オスカーがちょっと恥ずかしそうな、ふてくされたような顔でスピードを落とす。
(かわいい……)
カッコイイオスカーも大好きだけど、かわいいオスカーも大好きだ。やっぱり全部大好きで、まだ全然話し足りない。
「ジュリアちゃん、じゃあ、ぼくは? どこが好き?」
「ルーカスさんですか? 人としてってことですよね。
ルーカスさんはすごく視野が広くて、私には全然見えない世界を見ている感じがすごいなって思います。それでいて気さくでぜんぜんおごりがなくて、接しやすいところも好きです。
あと、私たちのことをとても大事にしてくれるので。いつも感謝しています」
「……うん、ありがとう。じゃあ、バーバラさん。バーバラさんはフィンのどこが好き?」
ルーカスがそう尋ねたことで、二つの質問の意図を理解した。オスカーについて聞かれたのは恋愛の好きを答えるためのお手本で、ルーカスについて聞かれたのは好きを答えるハードルを下げるためだったのだろう。
バーバラが先程とはまるで違う静かなテンションで言葉を紡ぎはじめる。
「物腰がやわらかいところとか……、お父様やお兄様とは全然違うというか……。
優しいって言うと月並みだけど、周りから何を言われても、相手の悪口を言うところを聞いたことがないし。人だけじゃなくて、植物とか動物とかにも優しいし。わたしが何を言っても笑って聞いてくれて、それだけで嫌だったことが嫌じゃなくなったり……。
でも近づこうとすると苦しいことばっかりで……。だからやめなきゃって思うのに、いつも浮かんじゃって……。もう、どうしていいか、わからないの……」
でもと言ってから再びポロポロと涙がこぼれて、話すほどに泣きじゃくっていく。なぐさめたい気持ちはあるけれど、今、それは自分の役目ではないと思う。
「……初めてバーバラの本音を聞いた気がします」
フィンがそう呟いたことで、バーバラがハッとして赤くなる。反射的に引こうとした手を、フィンが握って離さなかったように見えた。
「僕も本音で答えると……、気があるのに気がないそぶりをされると、僕はめんどうになるみたいです。
なんでしょう……、コントロールしようとされているような拒否感というか、よくわからないことへの忌避感というか」
バーバラが青ざめていく。お見合い云々は完全に逆効果だったことに気づいたのだろう。
「……けど、今聞いた本音は、少し嬉しいです。僕は優しくありたいのに、男として、次期領主として、それではダメだと言われ続けてきたので。
そこを好きだと言ってもらえるのは嬉しいし……、正直、あなたがちゃんと僕を見ていたことに驚きました」
バーバラが目をまたたく。顔が色を取り戻していく。
「どうしていいか……、そう、ですね。僕は素直な女の子が好きなのですが。それでも僕のことが好きですか?」
「好き! ……苦しいくらい、大好きよ……」
バーバラが真っ赤になって泣きながら叫ぶ。
フィンの表情が和らいだように見えた。
「……その言葉も、初めてですね。……わかりました。友人以上恋人未満から、試してみませんか?」
「ぇ……」
「素直なバーバラは、好きになれるかもしれません」
「えっと、それって……」
「半歩前進ってことじゃない?」
きょろきょろと周りを見回したバーバラにルーカスが笑って答える。
「前進……。その、一緒に遊びに行ってくれたり?」
「そうですね。なるべく時間を作ろうと思います」
バーバラが笑顔になって、頭の上で鐘が鳴ったように見えた。
(よかった……)
「バーバラさん、前に私にしてくれたことをしてみたらどうでしょう?」
「ジュリアにしたこと?」
「はい」
抱きしめていたオスカーの腕を改めてぎゅっとして見せる。意図が伝わったのか、バーバラが赤くなってもじもじした。
「え、でもそんな、恥ずかし……」
そう言ってからハッとした様子があって、意を決したようにフィンに上から抱きついた。
「フィンくん、大好き」
「え……」
完全に想定外だったのだろう。抱きつかれたフィンが驚きと共に赤くなる。
(まんざらでもなさそう……? よね?)
あのバーバラはかわいかったから、フィンにもそのかわいさが伝わったらいいと思う。
バーバラがすぐに離れて起きあがる。恥ずかしさに耐えきれなかったのかもしれない。
「……これでいいのかしら?」
軽く親指を立てて見せる。
フィンは腕で顔を隠したまま動かない。
「あはは。バートさん、ぼくらだけ余るから、いっそつきあっちゃう?」
「いや待て。どうしてそうなる」
バートが顔をしかめてぶっきらぼうに言った。
「ルカ・ブレアよ。よろしくね?」
「裏声はやめろ。上手すぎて引く。化粧をしてないと顔とのバランス悪すぎ」
「残念。今日は化粧品持ってきてないや」
「貸しましょうか?」
「貸さなくていいし、女装もしなくていいし、つきあうわけもありません。俺としては時々ジュリアさんを借りられたらそれでいいんですが」
こちらに言葉を向けるときはバートが丁寧になる気がする。すかさずオスカーが答える。
「貸すわけないだろ?」
「じゃあ一妻多夫制の国に行きましょう」
「今すぐじゅうたんから落ちるか?」
「あはは。オスカー、それ一般人は死んじゃうからね」
わいわいがやがやと賑やかに、じゅうたんは目的地へと向かっていく。




