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1 ショー家の別荘に向かう途中でバーバラが泣いた件


 父と和解してから、オスカーの実家に婚約の挨拶に行った。

(結婚じゃないのかって聞かれたのはびっくりしたけど)

 ウォード家、主に義母のウェルカム感がすごかった。ありがたい。


 平日は仕事と商会関係のこと。土曜日は思いだせた事件に関係しそうなクエストを受けたり、キャンディスやソフィアのところに行ったりして、日曜日は訓練に通う。

 そんな日々を過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていく。


 日差しが強くなってきた頃に、オスカーとクールローブを贈りあった。彼からの贈り物が増えるのが嬉しい。ひとつひとつが大事な宝物だ。

 ルーカスにクールローブを持っているかを聞いたら、ホットローブはあるけれどクールローブはないとのことで、オスカーと二人でルーカスにも贈った。日頃のお礼だと言って渡したら嬉しそうに受けとってくれて、一人で道を歩く時以外は身につけてくれている。


 そうこうして気がつけばもう、一週間の夏休みだ。


 ショー兄妹からの別荘の誘いは、両親の許可を得て受けた。

 村に残るブラッドだけ不参加で、メンバーはオスカー、ルーカス、フィン、バート、バーバラ、自分の六人とそれぞれのピカテットだ。

 ユエルの子どもたちのお見合いを兼ねていて、ほぼ商会の夏合宿だと言える。


 ショー家の別荘はホイットマン男爵領の南端にあるという。ホワイトヒルは領地の北寄りにあり、馬車で行くとほぼ一日がかりとのことだ。

 空を飛べばニ時間くらいな距離のため、みんなで相談して、魔道具協会で魔法のじゅうたんを借りた。夏の日差しと暑さを考えて、日除けと温度調整機能つきのいいやつだ。

 高価な魔道具は貸し出しがあるのが助かる。費用は割り勘にしているけれど、それに困るようなメンバーはいない。


 オスカーが運転を引き受けてくれる。ピカテットたちと荷物とメンバーを乗せて出発だ。

 魔道具のじゅうたんはそれなりの広さがあって、固定された席はない。それぞれ思い思いの場所に座る。

 自分は前で運転するオスカーの近く、他のメンバーの顔が見やすい位置に座った。


「空を飛ぶのってやっぱり楽しいですわね」

 はしゃぐバーバラとは正反対に、フィンはじゅうたんの真ん中で固まっている。どうにか生きて帰れるよう願っている顔だ。


「早くて便利だけど、レンタル料が馬車より高い上に、魔法使いにしか運転できないんだもんな。今日みたいに友人として対応してもらえる時はいいけど、依頼で頼むとかなりするだろうから、普段から使えるのは相当な金持ちだけだな」

 すぐに損得勘定に入るのが商売人のバートらしい。


「バートさんのおうちもお金はありますよね?」

「あるけど、うちは財布の紐が普通の家以上に固いんです。その投資でいくらの利益が得られるのかが基準なので、無駄遣いは一切許されないというか」

「服とかお菓子とか勉強に必要なものとかは買ってもらえるのだけど、それも私たちへの投資だと思っているみたいなのよね」

「投資、ですか……」


 子どもを投資対象として見る想像がつかない。利益や効率は本来、子育てとは縁遠いものではないのか。子どもと暮らすのはそれ自体を楽しむものだと思ってきたから、完全に別世界だ。

(前にも、あまりいい家庭環境ではなさそうな話は聞いていたけど……)


「空飛ぶじゅうたんは金額的に、うちへの日常的な導入はないでしょうね。俺たちのどちらかに魔法の才能でもない限り」

「清々しいくらい皆無でしたものね」

「魔法使いの家系じゃなくても魔法が使える人は時々いるんですけどね。やっぱり比率としては少ないですね」


「ぼくがそうだね。庶民出身だから肩身が狭いよ」

「え、狭いんですか?」

「あはは。今は全然。けど才能の差は感じるかな。オスカーが楽々こなすことがぼくには逆立ちしてもできなかったりするから」

「オスカーの才能とルーカスさんの才能は別のものですよね。私は、どちらが欠けても困ります」


「……ジュリア。こちらで少し手伝ってもらえるだろうか」

「あ、はい。すみません、任せっぱなしで」

 オスカーに呼ばれて、彼の隣に移動して前を向いて座り直す。

「魔力を加えればいいですか?」

 彼の魔力量なら到着まで十分余裕があるだろうけれど、あまり多く使ってしまうのも何かあった時に困るだろう。そう思って追加で魔力を流す。


 と、次の瞬間、グンッとスピードが上がった。

「ぁ」

「ぎゃああああっっ」

 そういえば前もこのくらいかなと思って魔力を流したら多すぎたことがあったなと思いだした瞬間、後ろからフィンの悲鳴がした。


「すみません……」

 パッと手を引くと、ゆるやかに元のスピードに戻っていく。

「……出力が大きすぎるのも大変なんだな」

「じゅうたんは扱い慣れていないので、必要量の感覚がつかめていなくて。フィくん、すみません。大丈夫ですか?」

「だいじょうぶ……、じゃないかも……」


「横になって休んだらどうかしら?」

 バーバラがフィンのために場所をあける。

「そうします……」

「ジュリアちゃん、オスカーは物理的に手伝ってもらいたいんじゃなくて、そばに呼ぶ口実がほしかっただけだと思うよ」

「そういうことは気づいても言うな」

「え……」

(なにそれ、めちゃくちゃかわいい……!)

 ルーカスにぶっきらぼうに言いつつ肯定しているのもかわいすぎる。


「じゃあ……、こうしたら、あなたのそばにいながらみんなとも話せるでしょうか」

 体の向きはみんなの方に向け、オスカーの空いている腕に腕を絡めて抱きしめ、彼に寄りそう。

 一瞬じゅうたんが落下してフィンが短い悲鳴をあげた。すぐに持ち直して、何事もなかったかのように飛んでいく。


「大丈夫ですか? 疲れました?」

「いや……」

 答えるオスカーが少し赤い。

「あー、うん、それはぼくでも動揺すると思う……」

「オスカー・ウォードがうらやましすぎて全力で交代してほしい……」

 ルーカスとバートが何か言っているけれど、なんのことだかさっぱりわからない。


 オスカーのがっしりした腕を抱きしめていると安心する。サイズ感もちょうどいいのかもしれない。

(大好き……)


 バーバラがフィンの横で心配そうにのぞきこむ。

「フィンくん、大丈夫でして?」

「……むしろなんでバーバラは平気なんですか?」

「なんで……、速かったり落ちたりするの、スリルがあって楽しいですわよね?」

「まったくわかりません……」

「……手、に、握って、いましょうか? 少し怖くなくなるかもしれませんわ」


 わずかに沈黙があった。他のメンバーも見守っている感じがする。

「……そう、ですね。お願いします」

(おおっ! これはもしかしてもしかすると進展があるかしら?)

 個人的にはバーバラを応援したい。


 バーバラがカクカクしたぎこちない動きでフィンの手をとる。友だちの繋ぎ方できゅっと握った。甘い緊張感が伝わってくる。

(ういういしい……!)


「ところで、バーバラ」

「……なにかしら?」

「お見合いはどうでしたか?」

「……気になりますの?」

「話していた方が気が紛れるかと」

「そうですの」

 バーバラのほしい答えではないのだろう。少しがっかりしたように見える。


 お見合い話を受けてみようかと言っていたバーバラが有言実行して、先週末に一人会ってみることになったところまでは飲みの席で聞いている。結果については、今フィンが聞くまでバーバラから話はなかった。


「……ステキな方でしたわ。商人としての才覚がありそうで」

「そうですか。よかったですね」

 フィンがさらりと言うと、バーバラが固まった。それからポロポロと泣きだす。

「……バーバラ?」

「なんでも、ありませんわ……」


(……?)

 ステキな人に出会えたのならそれはいいことだと思う。バーバラが幸せになれるなら、相手はフィンでなくてもいいはずだ。おそらくフィンもそう思って、よかったと言ったのだろう。そこまではわかる。

 わからないのは、なぜバーバラが泣いているのかということだ。


 ルーカスはわかっていて、フィンは混乱しているように見える。バートは苦笑という感じだ。

 ちらりと運転中のオスカーを見ると、いつも通りの涼しい顔をしている。運転に集中しているのかもしれない。


(カッコイイ……)

 そう思ってから、意識をバーバラたちに戻す。うっかりするとすぐにオスカーに気を取られてしまうのは、こういう場では気をつけないとと思う。


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