47 [オスカー] ジュリアらしい和解条件
仕事の合間にジュリアがルーカスの約束もとりつける。
(ルーカスも、か)
彼女が、こと対人関係においてルーカスを信頼しているのは知っている。自分もまた、そこには信頼を置いている。
だから一緒に来てもらえるならその方がいいのは確かだ。そうわかっているのにわずかに不満がよぎる。狭量な自分が嫌だ。
終業時刻を過ぎてから、ジュリアがクルス氏に声をかけに行く。
「……お父様、お話しする時間をいただきたいのですが」
仕事の関係だけにしている間、彼女はクルス氏をずっと「支部長」と呼んで距離をとっていた。父親として呼ぶのは久しぶりだ。
その意味をクルス氏も察したのだろう。ジュリアが怒っている理由を聞いてからずっと死んだ魚のような目でうなだれていたクルス氏が、パッと顔を上げて目を輝かせる。
「今からでもいいか?」
「はい。ありがとうございます。オスカーとルーカスさんも同席でいいですか?」
「……構わない」
(少し萎れたな)
ルーカスも入ると知った時の自分に似ている気がする。ジュリアに一番頼られたいという部分が同じなのだろう。
三人揃って支部長室に入り、ジュリアを間に挟む形でソファに座った。
向かいの席のクルス氏が難しい顔で口を開く。
「で、話とは?」
「私は……、お父様に大事に育てられてきたと思っています」
予想外の言葉だったのは自分だけではないようだ。クルス氏が驚きの後に、嬉しさを顔に出さないようにしているような表情になる。
(やはりジュリアが好きだな)
彼女の言葉の選び方やあり方が、異性としてだけでなく人としても好きだ。
出会った瞬間から惹かれてやまなかったけれど、一緒にいればいるほどもっと好きになる。いつでもこれ以上はないと思っているのに、軽々と超えてくるから不思議だ。
ジュリアがゆっくりと丁寧な音で続ける。
「この前のことはやはりイヤなのですが……、ひとつ条件を飲んでもらえるなら、許したいと思いました」
「……条件?」
「はい」
(なんだ……?)
自分とのことに口を出さないというのはもう飲んでもらっている。婚約も認められている。他に今、彼女が条件にしそうなことが浮かばない。
少し間を置いて、ジュリアが意を決したように口を開く。
「お父様とお母様が大事だからこそ、言えないでいることがあります。いつか……、話したいと思っています」
驚いてジュリアを見る。反対側のルーカスも同じ反応だ。さすがのルーカスも想定していなかったのだろう。視線が合うと、同時に表情が緩んだ。
「私が話せるようになったら、何も疑わないで私の言葉を信じてください」
(それを和解の条件に選んだのか……)
予想外だけれど、とても彼女らしいと思う。そんな彼女が大好きだ。
クルス氏が全員の顔を順に見て逡巡する。
「その話は、オスカー・ウォードとルーカス・ブレアは知っている、ということでいいのか?」
「はい。二人は、信じて受け入れてくれたので。私が二人を信頼しているのにはそれもあります」
信頼という言葉がくすぐったい。
一方でクルス氏は複雑そうだ。
「……私とシェリーにはまだ話せない、と?」
「そう、ですね……。まだ心の準備ができていません」
クルス氏が長く息を吐きだす。
「……わかった。もう二度とジュリアを疑わないと約束する」
(クルス氏もかなり懲りたのだろうな)
もう二度と。その言葉に深い反省を感じる。前にここで話した時に、そんなに信用できないのかと彼女が尋ねたことへの結論なのだろう。
ジュリアからパァッと笑みがあふれる。かわいい。部屋が一気に明るくなった気がする。
「ありがとうございます、お父様。大好きです」
「ジュリア……」
久しぶりの大好きに、クルス氏が泣きそうな顔で眉を下げた。
「それと……、叩いてしまってごめんなさい。家を飛びだしたことも」
「それはもういい。先日、ルーカス・ブレアに言われたことで、そうされても仕方ないだけのことをした自覚は持てたからな。……すまなかった」
「ふふ。約束をしてもらったので、それはもういいです」
クルス氏が目をうるませたまま口元をゆるめる。
「……食事には帰ってくるのか?」
「前と同じように、日によってにさせてもらえると。朝食はこれからも二人と食べたいのですが……、オスカーとルーカスさんがよければ」
よくないはずがない。解決したらあの時間はなくなると思っていたから、彼女の希望がとても嬉しい。
「願ったり叶ったりだ」
「ぼくも」
「……二人といたんだな」
「はい。飛びだした日も、ルーカスさんもつきあってくれたんです。私が早く整理をつけられたのも二人のおかげで。二人には本当に感謝しています」
「そうか……」
あえてルーカスも一緒だったことを強調したように感じた。その方がクルス氏が安心するからだろう。
彼女の感謝が嬉しいのと同時に、反対側のルーカスがむずがゆそうな顔になっているのが気にかかる。
態度に出したり手を出したりしないという信頼があるから、ルーカスの気持ちを知っていても頼らせてもらった。自分たちは助かったが、ルーカスをジュリアに近づけたままにするのがルーカスのためにいいのかはわからない。
(次の誰かに……、などとそう簡単には切り替えられない、か)
自分に置き換えても不可能だ。ルーカス自身がここにいることを望む間は、そうさせておくしかないのだろう。
「とりあえず、今日の夕食は帰りますね」
「ああ。シェリーも喜ぶだろう」
「お母様にもご迷惑をかけたし……、そっとしておいてくれてありがたかったので。何か買って帰れたらと思います」
「私もだいぶ困らせたからな……。一緒に行って、二人からのお詫びにしてもいいだろうか」
「……困らせたんですか?」
ジュリアが問い返すとクルス氏が苦笑して沈黙し、ルーカスが軽く笑う。
「毎晩お酒飲んで泣きついて、大丈夫だから信じて待っているようにとでも言われた?」
「待て。お前はどこで見てたんだ?」
「あはは。見てなくても目に浮かぶようだなって」
「お母様には頭が上がりません……」
「ああ、まったくだ」
ジュリアとクルス氏が顔を見合わせて笑う。もう大丈夫だろう。
(よくがんばったな)
言って頭を撫でたいと思ったけれど、今日はクルス氏に花を持たせておくことにした。




