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46 [オスカー] 彼女に頼られるのは嬉しい


 冒険者協会での手続きを終えて、上司のアマリア・ブルガムに連絡魔法で報告を入れる。すぐに返事が飛んできた。

『二人ともおつかれさま。すごいじゃない。こっちには午後に戻ればいいから、ゆっくりお昼を食べていらっしゃい』

 言葉に甘えることにして、ジュリアと昼食を考える。


「せっかくウッズハイムにいるので、あなたのオススメのお店がいいのですが」

(あー、かわいい)

 どうしていつもこんなにかわいいのか。

「そうだな……」


 彼女を連れて行けそうな店を考える。実家を出てからはホワイトヒルだから、このあたりで知っているのは親と使ったことがある店だ。

 普段はあまり外食が多くなかったものの、観劇の前後などに何軒か行っている。


美味うまいスープを出す店があるのだが」

「あ、いいですね。今の気分にピッタリです」

「ん」

 へにゃっと笑って、当たり前のように指を絡めて手を握ってくれる彼女がかわいい。少し、ムリをしているような気もするが。


 彼女と手をつないで、記憶を辿りながら案内する。町の中心地にある冒険者協会からは遠くない。すぐに店が見えてくる。

「あそこですよね? スープの絵の看板の」

「ああ」

「ふふ。懐かしいです。美味おいしいですよね」

「……そうだな」


(彼女が言う「前の時」にも使っていたのだろうな)

 それを受け入れている自分と、彼女の初めてを得られないことへの、前の自分への嫉妬の両方がある。

(不毛だな……)

 ジュリアが口に運んで美味しそうな笑顔になる。それだけで十分な気もする。


「午前中だけで終わりましたね。午後は元々、一週間の報告をまとめる時間なので助かりました」

「ああ。無事に達成できてよかった」

「ふふ。とてもカッコよかったです」

「……そうか」

 ニヤけないように表情を整えてうなずくので精一杯だ。かわいすぎる。細かいことはどうでもよくなった。


 今の彼女は笑顔に見えるけれど、様子は気にかかっている。アンデッドだとわかった後に固まっていたのと、人が亡くなっていることに触れて平気でいるタイプではないからだ。

 自分がまったく影響を受けていないわけではないけれど、直接関係がない他者として切り離している部分は彼女より大きいだろう。


(聞いていいのか……、聞いた方が楽になるのか、聞かない方が楽なのか)

 答えが出ないままぐるぐると考えて、たわいのない話をして食事を終える。少なくとも食事中に話すことではない気はする。


 ひと気のないところで彼女が透明化を唱え、空間転移で彼女の自宅の庭に飛んで、秘密基地に寄った。

 ドワーフ装備からいつもの服に着替えて出勤する予定だ。魔法で着替える前に足を止める。


「……ジュリア」

「はい」

「自分に、してほしいことはあるだろうか」

「え……」

 大丈夫かと尋ねたらきっと、彼女からは大丈夫だという答えが返るだろう。例えムリをしていたとしても。だから慎重に言葉を選ぶ。


「ショックを受けていないかと心配している。自分にできることがあれば言ってほしい」

「ぁ……」

 少し驚いた後に、困ったような嬉しいような笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます。……ぎゅってしてもらってもいいですか?」

「ん。おいで」

 少し気恥ずかしそうに一歩踏みこんできて、胸元に顔をうずめてしっかりと抱きつかれる。


 ひそかに息を呑んだ。

 彼女のケアのためのハグであって他意があってはいけないのはわかっている。わかっていても、どうにもかわいすぎる。

(落ちつけ……)

 そう思うのは落ちついていない時なのもわかっている。けれど、柔らかな感触や彼女のいい香りに思考が塗りつぶされるのを防ぎようがない。


 そのままの姿勢で、ジュリアがぽつりと声を落とす。

「……話を聞いていたからか、生前のことを思ってしまって。さっきは迷惑をかけてしまってすみません」

「いや、元々浄化に関する部分は任されるつもりだったし……、時々苦手なことがあるジュリアがすごくかわいい」

「かわっ、えっ……」

 驚いたような声の後、耳まで真っ赤にして見上げてくる。


(ガマン……、なんてできるはずがない)

 少しだけ。そう自分に言い訳をして、そっと唇を重ねた。

 愛しさが全身をめぐる。一度だけのつもりだったのに、もっとと思ってしまう。

(ガマン……、だ)

 今度はがんばって口元を離す。これ以上はハドメがきかなくなる気がする。


「……おすかぁ」

 甘い音にゾクッとした。見つめてくる目元がうるんでいる。

(うわああああっっっ)

 これはダメなやつだ。かわいすぎる。あおられている気しかしない。

 ごくりとのどが動く。

 彼女のほほに手をそえて、そっと鼻先を触れあわせる。今キスをしたら止まれない自信しかない。


「……そろそろ着替えて戻った方がいいかと思う」

「ぁ。……そう、ですね」

(どうしてそう残念そうなんだ……!)

 常に試されている気がする。手を出してしまう前にもう少し離れて、魔法で着替える。


「ドワーフ装備、使ってみてどうでしたか?」

 彼女の方から話を変えてくれて助かった。

「やはり着心地がよくて動きやすいな。身体強化をかけた状態でも負荷を感じなかった」

「やっぱり性能がいいんですね……」

 彼女がチラッと自分用の装備を見る。素肌が見えるのが難点で使われていない服だ。着ている彼女を思いだすだけで収まりがつかなくなりそうな破壊力がある。


「……そのうち秘密基地の中で性能テストをしてもいいかもしれないな」

「あ、そうですね。一人でやってみます」

「一人で?」

「……あなたに見られるのも恥ずかしいので。その……、着たら喜んでもらえるなら着ますが……」


(うわああっっっ……、どうしてそうかわいいことを言うんだ……っ)

 どこか恥ずかしそうに上目遣いで見てくるのもやめてほしい。仕事に戻れなくなりそうだ。

(一体どれだけ耐えればいいんだ……!)

 必死に距離をとって、代わりに、指を絡めて手をつなぐ。

「もしよければ、時には着てほしい」と答える前に、彼女がおずおずと口を開いた。


「……あの」

「ん?」

(これは……、やはり恥ずかしいから取り消すのか、彼女もキスをしたいと思ってくれたのか……、どっちだ?)


「仕事が終わったら父と話してみようと思います」


 まじめな話だった。一人だけ浮かれていたのが恥ずかしい。数秒前の考えを取り消したい。


 ジュリアが甘えるように見上げてくる。

「一緒にいてもらってもいいですか?」

「もちろんだ」

 頼られているのが嬉しくて、向けられる笑みがかわいくて、思わず引き寄せてもう一度キスをしていた。


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