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44 許したくはないけど大事にしたくないわけではない


 当たり前のように、オスカーとルーカスと秘密基地で朝食をとりながら話す日が続いている。


「二人は、今日はキャンポース山に直行なんだよね」

「ああ。例の指名依頼を片づけてくる」

「お疲れ様。少し前まで一人で出勤するのが当たり前だったのに、ここからみんなで行くのに慣れたら、なんかちょっとさみしいね」

 ルーカスの気持ちはよくわかる。自分も一人で行くことになったらそう感じそうだ。


「送っていきましょうか? どちらにしろ、どこかで透明化を解除しないといけないですし。オスカーをうちの庭で解除するわけにもいかないので」

「ジュリアちゃんが面倒じゃないなら頼もうかな」

「はい。魔法協会の近くまで、空間転移で一緒に行きましょう」


「ジュリアの面倒で言うと……、毎朝朝食を用意してもらうのは嬉しいが、申し訳なくもあるのだが」

「あ、ね。負担だよね。ぼくらも持ち回りでやろうか?」

「元々私の問題につきあってもらっているので。このくらいは罪滅ぼしだと思ってもらえると」

 そもそも自分が父とケンカしたのが原因だ。二人に負担をかけている申し訳なさはある。


「提案したのは自分だから、協力はしたいのだが」

「じゃあ、ぼくらが食材を買うのはどう? オスカーも正直なところ、ジュリアちゃんの朝ごはんは食べたいでしょ?」

「そうだな。正直、元の生活に戻れる気はしない。ジュリアがよければ、材料と、いくらか手伝えればと」

「そういうことなら……、甘えちゃおうかなと」

「ああ」

「うん。これで気兼ねなく食べさせてもらえるよ」


「土日も来てもらっちゃっていいんでしょうか?」

「ジュリアがよければ」

「私は嬉しいですが……」

「土日はむしろ、いつも通りの二人でいれば? 朝から一緒の時もあるんでしょ?」

「……そうだな。そうさせてもらえたらと思う」


(それって土日は監視なしっていうことよね……?)

 オスカーがルーカスをつきあわせているのも、ルーカスがつきあってくれているのも、二人きりでいて朝からいちゃいちゃしたい雰囲気になるのを防ぐためだと思っている。一緒にいるのは楽しいけれど、監視役という部分はいなめない。

 監視が外れた時に手を出さない自信がないけれど、二人がそう決めたということは、休日はそれでいいということなのだろう。そう思うだけでドキドキだ。


「明日なのですが。あなたの家にちゃんとご挨拶に行った方がいいかなと思っているのですが……」

「ああ。それもあったか」

「婚約のお話もそうですし、先週はご迷惑をおかけしたので。ちゃんとしたいなと」

「わかった。行く連絡をしておく」


「それで……、場合によっては今後、両家の関係にもなっていく中で、父との関係をそのままにし続けるわけにもいかないなと、思い始めてはいます」

「そうか」


「クルス氏って元々、怒ってないのに怒ってるように見えるとこあるのに、今の状態だとすごく不機嫌そうな顔での顔合わせになりそうだもんね」

「まだ先だとは思うのですが、そういう話も出てきますよね……」


「仲直りの条件を提示してみたら? ただ許すのは気が済まないんでしょ? クルス氏も今の状態だと何をしていいかわからないだろうけど、どうすればいいかわかればがんばってくれるんじゃないかな」

「うーん……」

(許す……)

 その言葉が改めて胸に響く。


「……最近、すごく許されてるなと思っていて。オスカーにもルーカスさんにも甘えっぱなしだし、お母様も、見守ってくれていて。許されるのって、大事にされている感じがするな、と。

 お父様がしたことは許したくないけど、大事にしたくないわけではなくて。だから……、条件、少し考えてみようと思います」

「ああ」

「うん」

 二人が笑顔で頷いてくれて、間違っていないのだろうと安心する。


「クルス氏はジュリアちゃんのことが大好きすぎる困った人だけど、話してわからない人じゃないから。

 少なくとも、親とか上司とかの権力を振りかざして言うことを聞かせようとはしてきてないでしょ?」

「それは……、そうですね」


 言われてみると確かにそうだ。自分が怒って、ルーカスも話してくれてからは、そっとしておいてくれている。確かに大事にされているとは思うのだ。

 今までルーカスがその話をしなかったのも、自分の準備ができるのを待っていてくれたのだろう。ありがたいし、ルーカスとオスカーの方が自分よりも精神年齢が高い気すらする。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

 ルーカスが軽く言ってくれたことで、空気が軽くなった。ほどよく食事と片づけも終わっている。


 出発しようとしたところで思いだしたことがある。

「あ、もしよければなのですが。オスカー、今日はドワーフ装備を試しませんか? 魔法協会に戻る前に着替えに戻れますし。まだ実戦では使ってないですよね」

「ああ、いいな。ジュリアも着替えるのか?」

「私はちょっと……。結局どう言ってもスカートを長くしてもらえなかったので……」


 絶対領域は譲れないと言われたが、その絶対領域が恥ずかしすぎる。出勤はしなくても、ホウキで飛んでいるところを目撃されるだけでも恥ずか死にそうだ。


「あはは。オスカーは残念なのが半分、ホッとしたのが半分でしょ?」

「言うな」

「ホッとしたんですか?」

「気が散るのは間違いないだろうからな」

 オスカーがどこか気恥ずかしそうに言って、ドワーフ装備の方に向かう。


「チェンジ・イントゥ」

(やっぱりカッコイイ!!!)

 普段の服も大好きだけど、ちょっとしたご褒美レベルだ。


(これはこれで私の気が散りそう……)

 自分から提案した手前、今更取り消せないし、取り消したくもない。

(平常心、平常心……)

 唱えてなるべく普通にしつつ、ルーカスを魔法協会裏まで送ってから、全員の透明化を解いてキャンポース山に向かった。



 ホウキで飛んで行くと、ほどなくして山が見えてくる。隣を飛ぶオスカーがカッコよすぎて、つい何度もチラ見してしまった。目が合うと笑みが返るのが嬉しい。


 目的地に着く前にオスカーから話があった。

「今日は、自分が対処できそうな範囲は、なるべく任せてもらえたらと思うのだが」

「私はもちろんいいですが。あなたの負担じゃないですか?」

「いや。浄化魔法が使えるのは自分だけだということになっているし、報告上も、また自分の手柄が大きいことになるのだろうから……、なるべく事実を寄せておきたい」


「わかりました。じゃあ、私が不安になったら手を出すという感じでいいですか?」

「ああ。なるべく不安にさせないように努力しよう」

(カッコイイ……)

 彼のあり方が本当に好きだ。出会い直してもまた、そばに置いてもらえるのが嬉しい。


(前の時はがんばっても全然追いつけなかったのよね……)

 自分ががんばった分、彼もまた前に進んでいて、大きく差が開くことはなくても、縮まることもなかった。他の先輩たちのことはぐんぐん抜けたのに、だ。悔しさよりも尊敬が大きかった。

 今の彼はあの頃よりももっと進んでいる。本当にすごいと思う。


「オスカー」

「ん」

「……見守っていますね」

「ああ。心強い」


「大好き」と言いかけた言葉を仕事中だからと飲みこんで、この場にふさわしい「大好き」に置き換えた。

 ずっと追いかけていた背中を自分が預かるのが、どこか不思議で、なんともくすぐったい。


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