43 行方不明と遺体が戻るのとではどちらがいいのか迷う
「ウォードくん、ジュリアちゃん」
始業開始からそう経たずに、直属の上司のアマリアに呼ばれた。
「クルスさんから話があった指名依頼なのだけど、詳細は向こうの冒険者協会に聞きに行ってほしいそうなのよ。
どうする? 正直、用があるならそっちから来なさいって思うのだけど」
「行ってきてもよければ、私は構わないです」
「自分も問題ない」
「そう。なら、行ってらっしゃい。受けるかどうかはあなたたちの裁量に任せるわ。行く連絡はしておくわね」
「了解した」
「ありがとうございます」
父との魔法の訓練がなくなったぶん自分は余裕ができた。他に新人は入っていないし、魔力開花術式の予約もしばらくないから、部署的にもかなり余裕があるようだ。
職場としては、指名依頼を受ける余力がある状態だ。内容と条件次第だと思う。
オスカーとホウキを並べてウッズハイムに向かう。
「すみません、あの時に私が泣かないでちゃんと話を聞けていたら、こんな面倒な感じにはならなかったですよね」
「いや。おそらくあの時に話そうとしていた件だろうというのは同意だが。あの場で切り上げたのは自分だし、プライベートな時間を使わなくてよくなったのはむしろ助かったと思っている」
「ありがとうございます」
オスカーにはたくさん許されていると思う。許されることには愛情を感じる。彼のホウキに乗せてもらって甘えたい気分だけど、今は仕事中だと自分に言い聞かせる。
ウッズハイムの冒険者協会に入ると、すぐに受付嬢が飛んできた。
「お待ちしていました。支部長から丁重にもてなすように言われています。どうぞこちらへ」
ここでは完全に顔が知られているようだ。前に通されたVIP用の部屋に案内され、今回はいいお茶と茶菓子まで出された。もう完全に、かけ出しへの待遇ではない。
そう待たずに、お化け屋敷の調査結果を聞いた時と同じ二人がやってくる。神経質そうな初老の細身の男性と、仕事ができそうなキリッとした雰囲気の若い女性のコンビだ。
男性の方が軽く頭を下げてくる。
「支部長のクライヴ・ワインバーグだ。時間と移動手段の都合で来てもらうことにしたが、決して軽んじているわけではないことはわかってほしい」
「はい。二回も時間をとらせてすみません」
アマリアはああ言っていたけれど、支部長が時間をとって話している時点で重視されているのはわかる。
「あー、あの時は悪かった。お嬢さんの地雷を踏んだのが悪いって後から大いに説教された」
「いえ。おっしゃっていたことは間違ってはいないので」
「水に流してもらえるなら助かる。
今回の案件は冒険者協会が困っていて、早く解決したいと思っている。そのため、こちらが主体で依頼の話をすることになった」
「冒険者協会が、ですか?」
「正確には冒険者協会のウッズハイム支部、つまりここだな。キャンポース山にはいくつかの登山ルートがあるのは知っているか?」
順に顔を見て尋ねられ、オスカーが答えてくれる。
「ああ。ホワイトヒル側のルートを春に登っている」
「そこは初心者向けの、一番なだらかで安全なルートだな。一般的な登山客はそのルートを使うことが多いから問題ないんだが。
ウッズハイム側に上級者向けの登山ルートがあり、ところどころ道が狭く、崖になっている場所があるんだが。
この近隣だとその道でしか採取できない薬草があるんだ。で、かけだしの冒険者はその採取クエストから受けることが多かった」
「なるほど」
オスカーと返事が重なる。少しくすぐったいけれど仕事の顔を崩さないようにする。
「体力作りや危機管理を学ぶのにもちょうどよかったんだが、去年の秋からそこに向かった冒険者が帰らなくなった。一人も、だ」
「え……」
かけだしの冒険者ということは、自分たちと同年代の若者が多いのだろう。冒険者自体が危険な仕事だとはいえ、胸が痛い。
「中堅の冒険者と魔法協会の魔法使いで調査に行ってもらったところ、ゴーストにとりつかれて崖の下へといざなわれていることがわかったんだが。
そのゴーストが強力で、調査に行ったメンバーも命からがら逃げ帰ってくるしかなかったようだ。
ウッズハイムの魔法使いでは対処できないレベルのためルートは封鎖し、近隣の魔法協会と冒険者協会に依頼として回したのだが。未だ受注されない状態が続いている」
「そうだったんですね……」
その場所にさえ行かなければ害がないから放置してきたのもあると、父が言っていた。対処できるレベルの冒険者や魔法使いにとっては優先順位が低く感じられたのだろう。
「危険度としてはAマイナス。前回君たちが解決してくれた浄化案件と同等と見ている」
前回の浄化がAマイナスだと言われると苦笑するしかない。中級浄化魔法ではまるで太刀打ちできなかったから、Aプラスか、もしかしたらSランクに食いこむのではないかと思う。
ただ、それを報告した場合は自分たちが達成できた理由を説明できないため、報告していないだけだ。
その前提でいくと、今回の方が簡単な可能性がある。
が、同じようなランクの判定ミスがないとは言いきれない。上の方になればなるほど、誰かが危険にさらされた結果としてランクが上がるため、受注されていないクエストは正確性に欠けることもあるのだ。
「すぐにウッズハイムに移ってくるようならその仕事として頼む予定だったが。先になるようだから直接打診しようとしたが……、タイミングを逃したため、現在の所属先に打診させてもらった。
報酬は十分とは言えないかもしれないが、その分、冒険者の実績ポイントは高くつけるし、ウッズハイムの魔法協会も移籍後の評価として加算すると言っていた。仕事として受けた場合は、今の所属先での実績にもなるだろう。
クルス嬢の父上に依頼できるような条件は出せないが。若手の君たちにとっては悪くない話ではないかと思う」
おおむね理解した。ウッズハイムの冒険者協会としては、自分たちが先日の浄化案件をこなしたのは渡りに船だったのだろう。
が、正直、まったく条件に魅力を感じない。自分はむしろ目立ちたくないのだ。
「お困りのことはよくわかったのですが……」
断る前提で相談する時間をもらおうと思ったところでオスカーが口を開いた。
「帰らなかった冒険者たちの……、遺体や遺品は回収できているのだろうか」
「いや。手出しできないから、何も戻っていない」
「なら、生存の可能性は?」
「絶望的だ。あの崖から落ちれば即死だろう」
「……遺族は」
「なんでそんなところに行かせたんだとか、危険度のランクづけがおかしいせいでこうなったんだとか、責めてくる家もあったな」
胸の奥がザワザワする。少なくともみんなが天涯孤独ではないのだろう。
(せめて遺体や遺品を返してあげられた方がいい……?)
けれどそれは、もしかしたら生きているかもしれないという望みを断つことにならないか。ふいにそんなふうに思った。
(どんな姿ででも帰ってきてほしい気もするし……、ゼロに近くても生きてる可能性を信じたい気もするのよね……)
ブロンソンの故郷で、子どもの帰りを待ち続けている母に会った。かけだしの冒険者だったころに亡くなったのを信じられず、ブロンソンの行方不明という言葉にすがっていた。
そんな人もいるとしたら、現実を突きつけてもいいのだろうか。
(ゼノくんの時は先に遺体があったから……、家に帰してあげるのが正解だと思ったけど)
本当はどうなのだろうか。本人にとってはその方がいいのだろうけれど、遺族はどうなのか。正解がわからない。
ぐるぐるしていたら、ワインバーグ支部長がふうと息をついた。
「これはただの個人的な懺悔だと思ってもらいたいのだが」
そう前置いて、目を伏せる。
「近所の子どもが……、冒険者に憧れた時に背中を押したことがあった。立派な青年なり、ここに登録されたと聞いた時は嬉しかったのだが。
安全なはずの初心者向けのEランククエストから帰らないとは夢にも思わなかったんだ」
「それって……」
「この件の最初の行方不明者だ」
(ぁ……)
神経質そうな人に見えていた。人の心がないように感じたこともある。けれど、血が通っていたようだ。
ここの冒険者協会として早く解決したい理由は伝わっていたけれど、そうだとしても支部長が直々に話す必要性がそこまで高い内容だとは思わなかった。
(……多分、こっちが本当の理由)
ちゃんと見つけてあげたいのだろう。少なくとも、目の前のこの人は。
「……お話はわかりました」
「返事はすぐでなくてもいい。君らが現れなければ、焦げつき続けていただろうからな」
「私は……、お力になれたらと思いました。オスカーはどうですか?」
「そうだな。ジュリアがそう感じたなら、自分に異存はない」
ワインバーグが希望を見るように目を見開き、淡々としていた声が弾む。
「それは受けてくれるということか?」
「はい」
「ああ」
「ありがたい」
同行していた女性から場所や状況の詳細を伝えられ、受注の手続きを済ませる。それから、魔法協会ホワイトヒル支部に戻ってアマリアに報告する。外部研修がない金曜日に、朝から直行で向かうことになった。




