42 元男湯のユリア様像の新しい置き場所
朝、約束の時間にオスカーの部屋に転移する。ルーカスと待っていると言っていたけれど、彼の部屋に行くのはドキドキする。
(行こうと思えばいつでも行けちゃうのよね……)
物理的にも可能だし、彼もいつでも来ていいと言ってくれている。約束がない時に飛びこむ度胸はないけれど、その権利がすごく嬉しい。
オスカーの部屋に着くと、約束通り二人で待っていてくれた。
「おはようございます。お待たせしました」
「はよ。ぼくも今来たとこだよ」
「おはよう、ジュリア」
「待って、今のやりとり、完全にぼくが邪魔じゃなかった?」
「そうですか?」
「待ち合わせの時の恋人みたいな会話ではあったな」
「ナシナシ。やり直そう」
「ふふ。何も問題はないので、行きましょうか」
オスカーに手を差しだすと、指を絡めてしっかり握ってくれる。
「ジュリアちゃんは問題なくてもオスカーはあるんじゃないかな」
「さすがにそこまで狭量じゃない」
話しながらオスカーがルーカスを軽くつかむ。それを確認してから空間転移を唱えてブラッドのところに移動する。
「……本当に空間転移してきたな」
「そこでウソをついても仕方ないじゃないですか」
「最初に会った時から使えていたのか?」
「まあ、そうですね」
「道理でいろいろ詳しいはずだな」
「像に浮遊魔法をかけて、空間転移で持ち帰りますね。目立ちたくないので」
「だな。あんたが空間転移を使えるって聞くまではオレが運んだ方がいいかとも思っていたが。自前でできるなら助かる」
「そこまで考えてくれていたんですね。ありがとうございます」
「考えただけだ。礼には及ばないさ」
「あまり時間もないので、今日は像だけ預かって失礼しますね」
「ああ。また商会のミーティングで」
用意されていた像に浮遊魔法をかけてから空いている手で触れる。
転移先はオスカーの部屋だ。そこで全員と像に透明化をかけて、家の庭に転移する。すんなりと秘密基地に運びこむことができた。
「さて。あとはこれをどうするかですね。朝ごはんを食べてから、時間があったらにしましょうか」
像はいったんドワーフ装備の近く、邪魔にならないところに置いて、全員の透明化を解除した。
「あれ、いいにおいがするね。もしかしてジュリアちゃん、用意してから出たの?」
「本当に簡単なものですが。ここだと魔法が使い放題なので、そんなに時間もかかってないですよ」
言うよりも見せる方が早いと思って、台所エリアの道具類にフローティン・エアをかける。軽く動きをイメージすれば、必要なお皿や食器が必要な場所へと移動する。
スープレードルはスープを器にすくっていき、トングはサンドイッチを皿に移し、ピッチャーはグラスに飲み物を注いでまわる。
あっというまに三人分の朝食の準備が完了した。
「ね?」
「……器用だな」
「うん。こんなにいろいろ一気に動かせる人、初めて見たよ」
「私も他に見たことはないですが。コツをつかめば難しくないですよ。食べ物に魔法がかかると味が落ちるので、直接はかけないのがポイントでしょうか」
「ぼくくらいの魔法使いは何かの時のために生活魔法は最低限にして魔力を温存しないとだから。魔力があり余ってるジュリアちゃんだからできることなんだろうね」
「うーん……、というか、歳をとると体を動かすのがおっくうで。面倒がってフローティン・エアを多用してたらいつのまにかできることが増えていたというか」
「おばあちゃんの知恵袋か」
「ぶはっ!」
オスカーが真顔で言ったのがおもしろかったのか、ルーカスが吹きだした。
三人で一緒に朝食をとる。そんな空気が懐かしくて、泣きたいくらい幸せだなと思う。いろいろ魔法で済ませるようになっていた頃は、ずっと独りだった。
ここに娘がいないことが、少し反対の意味での涙を誘うけれど、合わせて飲みこんでおく。
「ユリア様像はオスカーエリアに入れるのは決定かな?」
「そうしてもらうつもりだが」
「あの、普段から見える場所だと恥ずかしいので。オスカーエリアの奥に、ギミックつきの隠し扉で別室を作ってもいいでしょうか……」
「なにそれすごい! 本格的にダンジョンっぽいね」
「自分はそれで構わないが。ジュリアは手間ではないのか?」
「むしろ私がそうさせてもらいたいので。食べ終わったら早速作っちゃいましょう。
時間的には大丈夫そうですし、透明化でここを出た後、魔法協会の裏まで空間転移してから透明化を解除すれば、ホウキより早く出勤できますし」
「そのあたりの魔法も習ってみたいものだが。まずはジャッジメントを習えるだろうか」
「あ、そうですね。タイミングを見てそれもやりましょう」
上級魔法を教える話をしていたら、ルーカスが軽く笑った。
「オスカーはどこまで強くなるつもり? 将来的にはクルス氏以上の冠位を軽々取れそうな気がするんだけど」
「ジュリアの力になれるところまでだな」
「基準がジュリアちゃんじゃ仕方ないか……」
「え、そこ苦笑されるとこですか?」
もし二人の時に同じ質問をして同じように言われたら、甘い雰囲気になる自信しかない。苦笑されるのが新鮮だ。
「あはは。ジュリアちゃんは普通じゃないからね」
「普通でいたいんですけどね……」
今度は自分が苦笑するしかない。
食後の食器類も魔法でパパッと片づける。洗浄魔法とフローティン・エアを使えると楽だ。普段は普通にやるけれど、時間があまりない時は助かる。
「じゃあ、部屋を作りますね」
像を浮かせて運びつつ、みんなでオスカーエリアの奥に行く。木々に隠された場所の、その先にも続いて見える壁に手を当てる。
「ファケレ・メイ・ヒュポゲーウム」
新しい部屋ができる。今回はかなり小さめだ。
「この部屋には合言葉を設定しようと思うのですが、『オスカー大好き』でいいですか?」
「それを自分で言うのは抵抗があるから、『ジュリアはかわいい』がいい」
「……嬉しいけど、自分で設定するのは恥ずかしいです」
「あはは。ほんと君たちはブレないよね。『探さなければ見つからない』とかにしておけば?」
「あ、いいですね。隠してる感じで」
「格言だったか。求めるものがあれば自ら探せというような」
「じゃあ、『探さなければ見つからない』で。永遠に閉じてしまってもいいので」
「オスカーはそんなもったいないことはしないと思うよ」
何もない土壁の部屋の奥に像を設置する。
「このままだと寂しいな」
「遺跡みたいな大きな石造りの祭壇とかカッコよくない?」
「やっぱり祭壇にするんですね……」
ほとんど入らない部屋だからまあいいかと思いつつ、言われたイメージに変えていく。
壁は大きな石造りに、像の下にも石の台を入れて少し高さを出す。
「自然光と水を入れましょうか」
天井を少しだけ崩れたイメージにして、わずかに自然光が差しこんでいるような雰囲気を作る。
それから、祭壇までを一本道の通路にして、両脇を浅く水で満たした。光が水に反射する。
(うん、いいかも)
昔どこかで見た古代遺跡の要素を取り入れたのだが、想定以上のできだ。
オスカーが感心したように息をついた。
「……凄いな。本物の女神像のようだ」
「探索の先でこんなに官能的でかわいい女神像を見つけたら迷わず入信しそうだよね」
「ううっ……、場所は気に入っているのですが、像は作り替えたくなってきました……。オスカー像を作ってもらっちゃダメですか?」
「待ってジュリアちゃん、それ本末転倒だから」
「この像の置き場を作るのが目的だからな」
「わかりました……」
(そのうちオスカー像を作ってもらって、自分用の部屋と祭壇を用意しようかしら)
その部屋なら合言葉を『オスカー大好き』に設定してもいいだろうか。想像してちょっとわくわくした。




