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41 職場と商会での婚約報告


 昼休みはお姉様方に連れ出された。オスカーはオスカーでメンズに拉致されていった。

(夕方には商会のミーティングでまた会えるし、明日の朝も会えるし。お昼くらいは仕方ないわよね)

 そう思うけれど少しさみしい。いろいろあって心細くなっているのかもしれない。


 わいわいがやがやとしたお祝いムードだ。聞かれたことには無難に答えていく。

「結婚はいつの予定なの?」

「それはまだ具体的には。状況を見て、ですかね」

「クルスさん……、支部長の魂が抜けているのは、ジュリアちゃんの婚約が原因なのね」

「そうですかね……」

 父と揉めていることは職場では知られない方がいいと思うから、お茶をにごしておく。


(魂が抜けている……)

 言い得て妙だと思う。出勤時は不機嫌という印象だったが、朝の話を終えてからは心ここにあらずという状態が続いていた。

(最低限の仕事はしているみたいだし、放っておいていいわよね)


 魔法指導は終了と、直属の上司(アマリア)から伝えられた。後は自分で師匠を見つけたり深めたりするように、とのことだ。

 使える魔法をどう小出しにするか、どこまで出すかという以外は考えなくてよくなって、むしろ楽になるだろう。


 昼休みの後は母のところに外部研修に行く。

 ちらちらと左手を見てくるメンバーがいたが、直接聞いてくることはなかった。


 母は通常運転だった。聞かれたのは食事が要るかどうかくらいで、それは以前から変わらない。夜は帰るけれど、しばらく朝食も夕食もいらないと伝えた。

(本当は話したいけど、待ってくれている感じかしら)

 父のような形よりも、母のあり方に愛情を感じる。


 仕事の後はリリー・ピカテット商会の打ち合わせだ。

 フィンが真っ先に、左手の薬指の指輪に目を止める。

「リアちゃん、その指輪……」

「はい。婚約しました」

 指輪が見やすいように手を胸元まで上げる。父のことも世界の摂理の問題もあるけれど、婚約できたことは嬉しい。


「まあ! ジュリア、ウォードさん、おめでとう」

「ありがとうございます、バーバラさん」

「マジか」

「思っていたよりだいぶ早いな」

 ブラッドが驚いたように言って、バートが独り言のようにつぶやく。


 バーバラは自分のことのように嬉しそうだ。

「プロポーズはなんと言われましたの?」

「左手の薬指に指輪を贈りたい、と」

「まあ! そういうのもいいですわね」

「僕たちへの牽制けんせいに感じるのは気のせいですか……?」

「いや? 牽制けんせいだからな」

 肩を落としたフィンの言葉にオスカーがニヤリと笑った。ブラッドがつっこむ。

「そこ明言するのか」


「……やっぱり人のものって燃えるな」

「バートさん?!」

 相変わらず何を言っているのか。前に浮気はなしだと納得したのではなかったのか。

 今にも噛みつきそうなオスカーをルーカスがなだめた。


 仕事の打ち合わせを済ませてから、お祝いという名の飲み会になった。

 ルーカスとブラッドはあまりお酒を口に運ばない。前回でりたのだろう。代わりに、今日はフィンのペースが早い。


「いつかそうなる覚悟はしていましたが、早すぎます……」

「つきあってるのと婚約してるのだとそんなに違いますか?」

「違うんじゃないですか? 仮予約と売約済の札くらいには」

「売約済……」

 商売人のバートらしい発想だと思う。


「リアちゃんは商品じゃないっていうのはわかってる前提でその表現に乗ると、仮予約が入っている時点で望み薄なのはわかっていてあきらめようとしていたけど、いざ売約済を目の当たりにするとやっぱりショックというか……。

 むしろなぜバートさんが平然としているのかがわかりません……」


「俺は元々折りこみ済だし、相手がいる方が燃えるし、結婚しても機会さえあれば手を出すつもりでいるから別に」

「よし、表に出ろ、バート・ショー」


「ちょっ、オスカー、明らかに戦闘力が違う相手と戦おうとしないでください。バートさんも本気じゃないでしょうし」

「いや本……」

 ルーカスがバートの口に食べ物をつっこむ。

「はいはい。お酒の席でもそのへんでね。ぼくらは共同事業者なのを忘れないで」


 バーバラがあきれたように息をつく。

「お兄様はそろそろ他のお見合いを受ければいいと思いますわ。ジュリアとのお見合い話が出たのと同時期から、何人かと話は出ているではないですか」


「初めのうちは会ってもみたけど、お互いにうわべのやりとりでさ。疲れるだけで全然食指が動かない上に、会った結果どうするんだって親やじいさんがうるさくなるからなあ……。

 まったく気が進まないから、周りがしびれを切らされて結婚を強制される歳までは放置したい。

 話が出てるのはバーバラも同じだろ?」


「わたしは……、……今度、一度受けてみようかしら」

「え」

 バーバラはフィンに一途だと思っていたから驚いた。今もチラチラとフィンを見ながら言っているのは、まだ気持ちがあるということだと思う。


「いいんじゃないですか? 会ってみたら気にいるかもしれませんよ」

 既に顔が赤くなっているフィンがそう言うと、バーバラがほほをふくらませた。

 バートが軽い調子で矛先をフィンに向ける。

「フィン様は結婚をせっつかれないんですか? 次期領主だし、俺たちより歳上だし、圧力凄そうだけど」


「僕は、リアちゃん以外とは結婚しないと宣言して、もうおいを次代として指名しているので。

 後継者問題がない分、気楽なものです。両親は直系をあきらめきっていない感じはありますが。

 ブラッドさんは、浮いた話はないんですか?」


 突然話をふられたブラッドが、飲んでいた酒で少しむせた。

「フィン……、それ職場の上司としては場合によってはハラスメントになるからな?」

「向こうでは上司でも、ここでは同僚ですよ」

「ややこしいな……。まあいい。……最近、ちょっといいなと思いはしたんだが」

「ほう?」

「売約済な相手だから忘れたい」


(ブラッドさんにもそういう相手がいたのね……)

 仕事と村のことしか考えていない印象があったから少し意外だ。人の交友関係はわからないものだなと思う。


「そうでしたか……」

 フィンが同類をあわれむ顔になって、ブラッドに酒をすすめる。

「いや、酒にはりたから量を控えたいんだが」

「あはは。それはぼくもすごくわかる」

「けど、こういう時に飲まなくていつ飲むんですか?」


「お酒って、イヤなことがあった時に飲むものなんですか?」

 ここニ回のみんなの様子から、純粋に疑問に思った。自分は飲める歳になってからもそういう飲み方をしたことがなかった。

 素朴な疑問にはルーカスが答えてくれる。

「そういう時はつい量が増えちゃうんだけど、ぼくとしては楽しく飲める方がいいかな」


「なら、楽しい話をしませんか? ……フィくんの原因を作った私が言うのも申し訳ないのですが」

「楽しい話……、あ、ジュリアさん、夏って休みはありますか?」

「一般的な感じで、一週間はお休みになるかと」

「なら、うちの別荘に来ませんか?」


「待て、バート。堂々とジュリアを誘える神経がわからないんだが?」

「ジュリアさん個人だとダメなら、このメンバーでいいので」

「あはは。ぼくらは完全にオマケだね」


「お兄様の誘い方はどうかと思いますが、わたしも、ジュリアやみんなに来てもらえたら楽しいと思いますわ」

「あ、バーバラさんも行く前提なんですね」

 さすがのバートも二人きりの外泊を誘ってきたわけではないようだ。


「夏は毎年、何日か別荘に行きますの。目の前に海があって楽しいですわよ」

「大勢で伺ったら迷惑になりませんか?」

「この人数なら大丈夫かと。部署合宿みたいなのに使われることもあるので」

「オレはパスだ。少なくとも今年の夏は村の様子を見たい」

「僕も仕事の調整がつくか……」


「ここはワーカーホリックばかりですの?!」

「まだ時間があるし、考えておいてくれればいいですよ。ピカテットたちも遊ばせられるし、パールとユエルちゃんの子のお見合いにはいい環境かと」

「……そうなるなら、エメルのために行きます」

 フィンがすかさず言った。バーバラがパァッと嬉しそうな顔になる。

 ショー家のパールとフィンのエメルはユエルに振られた仲間だ。次代の女の子たちに対してはライバルになるだろうか。


「お誘いありがとうございます。ちょっと考えたり、相談したりしておきますね」

「いい返事を期待していますね」


 ひと呼吸あって、ブラッドが話を切り替える。

「別に楽しい話ではないが。像の入れ替えが済んだから、いつ取りに来てもいいぞ」

「あ、ありがとうございます。ブラッドさん、さすが仕事が早いですね」

「……別に普通だ」


「うーん……、ブラッドさんがよければ、明日か明後日か、朝早めに伺えるといいのですが」

「明日でも明後日でもいいが」

「オスカーは出勤前だと大変ですよね?」

 一緒に行ってくれる話があったから聞いてみると、オスカーが口角を上げる。

「自分は問題ない」


「オスカーが行くならぼくも行こうかな」

「え、ルーカスさんも、大変じゃないですか?」

「問題ないよ? その後の置き場にも興味あるしね」

 付き合わせるのは申し訳ない気もするけれど、元々朝食に付き合わせる予定がある。二人ともこの場では理由としてあげないけれど、そこも加味して言っている気がする。


「ブラッドさん、明日の朝、三人で行ってもいいですか?」

「わかった」

 像の話がまとまったところで、大事なことを思いだした。

「あ、ブラッドさんにひとつお願いがあって」

「オレに?」

「はい。実は……、私、ちょっとワケありで短距離の空間転移が使えるんですが」

「……マジか」


「面倒を避けるために基本的に人に知られないようにしていて。けど、ちょっとアクシデントで父に知られてしまって。

 ブラッドさんに教わったことにしておいてもらえると助かるなと」

「別にそれは構わないが」

「ありがとうございます。そういうことなので、明日、私が二人をお迎えして、そちらに連れて行きますね」


「わかった。……隠してたんだろ? オレなんかに話してよかったのか?」

「ここのみんなは内輪だと思っているので。あ、でも、ここの外では内緒にしてくださいね」

 ブラッド以外にも視線を向けて、内緒のお願いをする。

 みんなどこか驚いたような、それでいて嬉しそうな顔をしている気がした。


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