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40 ビジネスライクな関係でいさせてください


「で、指名依頼だが。冒険者協会は達成ポイントを多めにつけ、ウッズハイムの魔法協会は移籍時の待遇を一段引き上げると言ってきている。受けるかどうかはお前たちで決めていい。どうする?」

 父に尋ねられ、オスカーを見る。オスカーが考えるようにしながら父に答える。

「クルス氏はどう考えているのだろうか」


「ホワイトヒル魔法協会支部長としては、受けてもらった方がいい。私の立場が上がってしまったため、私には依頼しにくいのだろう。提示条件のどちらにも魅力を感じないからな。

 遠方から派遣してもらうには緊急性が低いから、お前たちが断った場合、いつまで塩漬けになるかわからない。


 が……、ジュリアの父親としては、ジュリアは行かせたくない。いっそ行ったことにして、私とオスカー・ウォードで片づけてもいいだろう。

 そもそもジュリアは浄化魔法を使えないのだろう? 行くだけ足手まといになりかねない」


 父に開示している情報だと確かにその通りだけれど、言い方にカチンとする。昨日から父には怒ってばかりだが、言っても仕方ないから飲みこんでおく。


「考える時間をもらっても?」

「構わない。今週中くらいに返事ができるといいだろう」

 相談するにしても情報が足りないと思って、嫌々ながら口を開く。

「判断材料がほしいので、もう少し詳しい話を聞きたいのですが」


「なら、向こうの担当者にそう伝えよう。ジュリアが魔法協会にいる時間に来てもらえるといいだろう。

 もし引き受けた場合も、もちろん仕事として仕事の時間をあててもらう。必要があればシェリーのところには私から話を通す」

「お願いします」

 なるべく落ちついて話そうとしているけれど、どうにも声が固くなってしまうのはしかたないだろう。


「……仕事の用件は以上だ。ルーカス・ブレア。約束を果たしてもらおう」

「うん。呼び出しは本当にぼくとは関係ない話だったね。それを聞けたのはよかったかな」

「約束?」


「さっきね、クルス氏に言ったんだ。もし入れてくれたら、ジュリアちゃんがなんでそこまで怒ってるか教えてあげるって」

「ルーカスさん?!」

 一緒に来てくれたのはものすごく心強かったけれど、まさかの取引条件が自分だった。


「まあまあ、ジュリアちゃんにとっても悪い話じゃないと思うよ。だってクルス氏、絶対に何が悪かったのかわかってないもん。で、放っておいても一生わからないと思うよ」

「……一生、仕事以外では口をきかないからそれでいいです」

 そう言ったら父の眉がハの字になったが、知ったことではない。


「まあ、それをどうするかはジュリアちゃんが考えて。とりあえずクルス氏に分かりやすく話すと……。

 まず、クルス氏にとって自分以上に大事なのは、シェリーさんとジュリアちゃん。それであってる?」

「その通りだ」

(自分以上に大事だなんて言われてもほだされないんだから……!)


「じゃあ、立場的にシェリーさんで話すね。もし、クルス氏が囚われたとして。そうだな、例えば、相手は魔法卿とか? 上位の魔法使いの代表として使わせてもらうね。

 で、クルス氏を助けるためにシェリーさんが魔法卿と戦うことになったとする。それで、クルス氏を守ろうとして、シェリーさんに死ぬレベルの魔法が直撃した。

 ……どう?」


 ルーカスの話を聞いて、父の顔がみるみる青ざめていく。力のない声がしぼりだされた。


「しかし……、さすがに命まではとらないよう手加減はしていた」

「うん。クルス氏としてはそうでも、ジュリアちゃんからはそれは見えないでしょ?

 結果的に二人とも助かったとして、後からなんらかのテストだったと知ったとして、クルス氏はすぐに魔法卿を許せるの?」

「……難しいだろうな。表面上は大人の対応をしたとしても、しこりは残るだろう」


「でしょ? 心の底から反省してね。ジュリアちゃんを泣かせたことにも、オスカーを改めて試そうとするくらい信用してなかったことにも、ぼくは怒ってるんだから」

(え……)

 さすがルーカスだと感心していたら、ドスがきいた声で意外な言葉が続いた。今までルーカスから聞いたことがない低さだ。


 昨夜ルーカスに会った時からずっと、ルーカスは軽い雰囲気で笑っていた。父に対して怒っているなんてまるで思わなかった。

 自分たちのために怒ってくれる友だちがいるのはすごくありがたい。


 あの父が深く頭を下げる。

「……面目ない」

「違うでしょ? 頭を下げるべきなのはぼくにじゃないよね」

「……ジュリア。オスカー・ウォード。すまない。お前たちの気持ちにも配慮すべきだった」

(ルーカスさんすごい……)

 この父にここまで言わせられる人を、母を置いて他には知らなかった。


 オスカーと顔を見合わせる。オスカーに先に話してほしいと視線で伝えると、彼は小さくうなずいてくれて、ゆっくりと言葉を形作っていく。


「自分は特には。ジュリアとの婚約を認めてもらえたからそれでいい。が……、ジュリアはかなりショックを受けたようだったから、そこは反省してもらいたいし、自分も自分を危険にさらす判断は改めるべきだと強く思っている」

「ああ。反省している」


「……私は、まだ許したくありません」

「ジュリア……」

「すごく……、あの瞬間がショックで。あの時はそれが全部だったのですが。衝撃が抜けた今は、少し違ってきているように思います。

 私はオスカーを愛しています。一緒にいると幸せです。それ以上が必要ですか?」


 父の視線がさまよう。すぐに返事をもらえないことに、腹の底で失望感があった。


「……私が愛した人を、私が愛したことを、……私を、そんなに信用できないですか?」

「そういうわけでは……」


「お父様の言動はそういうことです。ずっとそうでしたが、今回は度が過ぎています。

 ……なので、もう仕事以外では話したくないし、顔も見たくありません。

 お母様に心配をかけたくないので家には帰りますが、食事はいりません。ビジネスライクな関係でいさせてください。


 指名依頼については、詳細を聞けるよう手配をお願いします。返答は直属の上司であるアマリアさんからいただければと思います。

 あと、二人きりになる魔法の授業も、本来は先輩方から教わるものだと思うので。そちらに戻していただくか、一旦ここまでとしていただけると助かります。

 それでは失礼します」


「ジュリア」

「……ジュリア・クルスです。支部長・・・


 言い置いて扉を出る。オスカーとルーカスが軽く会釈してからついてきた。


「……ジュリア」

「ジュリアちゃん」

 二人に呼ばれ、深く息をついた。

「……少し休憩室に寄ります」

「ああ」

「うん」

 当たり前のように一緒に来てくれるのが嬉しい。


「お茶、いれますね」

「自分が」

「ぼくがやるよ」

 そう言って一緒に用意してくれる二人に癒される。


「……ふふ。オスカーもルーカスさんも、大好きです」

(あれ?)

 凍っていた気持ちが少しやわらいだからそう伝えたら、二人の顔が凍った気がする。

(何か変なことを言ったかしら?)


 オスカーが小さく息を吐き出して、いつも通りの落ちつきに戻る。


「……親子の縁を切るというように聞こえたのだが。ジュリアは本当にそれでいいのか?」

「え、そこまで言ってました?」

「うん。ぼくにもそう聞こえたかな。直接的ではなかったけど」

「うーん……、どうでしょう。そのつもりで言ってはいなかったのですが、そのくらいの気持ちはあったかもしれません」


「……それでいいのか?」

 諭すようではなく、ただ確かめるように聞いてくれるのが嬉しい。オスカーもルーカスも、自分がそれでいいと言えばそれでいいとしてくれそうな安心感がある。


 自分の感覚を確かめながら言葉に変える。

「よくはないと思います。でも、まだ許したくありません」

「そうか」

「まあ、昨日の今日だもんね。ちょっと時間を置いた方がいいかもしれないね」


 オスカーがふいに表情をゆるめる。

「しばらく、秘密基地でみんなで朝食をとらないか? ジュリアの負担にならなければ、だが」

「え、いいんですか? 朝から一緒にいられるの、すごく嬉しいです」


「みんなでっていうのは、ぼくも行っていいの?」

「自分はそう思っている」

「はい。むしろルーカスさんがいないと困るくらいです」

「あー、うん、じゃあつつしんで監視員を拝命するよ」

「ああ、頼む」

 冗談めかして言うルーカスにオスカーが大まじめに返す。つい笑ってしまう。


 さっきまであんなに怒っていたのに、今は楽しい。二人がいてくれることが、とてもありがたい。


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