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37 [オスカー] ドヤ顔の父親とガチギレの娘


 ジュリアをかけた決闘。


 クルス氏ならいつか言いかねないと思っていたから、ジュリアほどは驚かなかった。


(勝てるのか……?)

 相手は冠位だ。魔力量では遠く及ばないことは、これまで共に戦ってきた中でよくわかっている。

(……やるしかない、か)

 勝てるか勝てないかではなく、やるしかない。クルス氏も言っていたとおり、ここは引けないところなのだ。


 ジュリアからほほにキスをもらった。勝利の女神のキスに思えた。

 ジュリアが欲しいなら、クルス氏は避けては通れない。未来は自分の力で勝ち取るしかない。


 勝利条件は、クルス氏に合格と言わせること。

 逆に不合格だと言われるか、ギブアップするか、戦闘不能となった時点で終了とのことだ。

 加えて、シェリーさんとジュリアは魔法が禁止されている。助太刀無用は当然だろう。


「何か質問は?」

「いや。了解した」

「では、始める」

「エンハンスド・ホールボディ」

 チャンスがあるとすれば開始と同時の速攻が一番可能性が高い。ジュリアが魔法卿と戦った時の戦法だ。

 手加減ができる相手ではない。終わってから治す前提で飛びこんでいく。


「サンダーバード・ストーム」

 クルス氏に届く前に無数の雷撃の鳥が迫ってくる。自分がエンハンスドを唱えていたのと同時に詠唱していたのだろう。避けることで身体強化での勢いが殺される。


「いい動きだが、得意な戦法を把握していれば対処は可能だ」

「エンジェル・プロテクション。ウォーター・ソード」

 自分に上位の防御魔法をかけて、水の剣を出す。雷撃の鳥を剣で吸収しつつ前に進む。さばききれない分は無視して防御魔法で弾き飛ばす。


「ほう? その歳で上位魔法を使えるのか。プロテクション・シールド」

「アイアンプリズン・ノンマジック」

 雷撃をまとった水の剣で切りこみ、シールドで受けられたのと同時にクルス氏がいる位置に魔法封じの檻を展開する。


「っ! エンハンスド・レッグズ」

 魔法封じを避けてクルス氏が後ろに飛ぶ。勢いをつけて踏みこみ、横薙よこなぎに切りこむ。


「プロテクション」

 下級防御魔法でしのがれるが、ダメージは入ったはずだ。より強力な防御魔法を展開するのは間に合わなかったのだろう。

「バーニング」

 詠唱が短い中級火炎魔法で追い討ちをかける。


「シールド!」

 最短詠唱の盾で防がれるが、これもこちらの出力の方が大きい。クルス氏の服に引火する。

「ウォーター」

 クルス氏が生活魔法で引火した火を消す間に詠唱を重ね、同時に切りこんでいく。


「サンダーバード」

「サンダー、バーニング」

 サンダーバードをサンダーで撃ち落としたのはさすがといったところか。返された火炎魔法を避けて後ろに下がる。


 距離ができたことでクルス氏が息をついた。

「……ハァ、お前は手加減というものを知らないのか」

「加減して勝てるはずがないからな」

「私に勝つつもりでいるのはおもしろいが、あながち若気の至りでもなさそうだ」

「アイシクル・ソード」

「サンダー・ストーム」


「エンジェル・プロテクション。エンハンスド・レッグズ」

 上から複数の雷が降ってくる。上級防御魔法と身体強化を重ねがけして、なるべく避けながら斬りこんでいく。

「っ、シールド!」

 クルス氏が展開したシールドに剣を振り下ろすのと同時に、クルス氏の脇腹にひざ蹴りを入れる。ヒットした感覚があった。


「ぐっ……、サンダーボルト!」

 蹴り飛ばされながらクルス氏が唱える。避けながら前に踏みこんで追い討ちをかけようとして、ハッとした。

 サンダーボルトの放出方向にジュリアがいる。彼女は魔法を禁止されていて、自分では防げない。土の盾などの防御魔法の展開は今からでは間に合わないだろう。


(重ねがけしている身体強化なら……っ)

 一瞬で判断して、最大出力で駆けてサンダーボルトの前に飛びこむ。


「オスカー!!!」

 悲鳴に似たジュリアの声がした。


「……問題ない」

 上位の防御魔法を重ねがけしてあったから、ほんのわずかに服が焦げただけでダメージはない。魔力の増やし方と上位魔法を習っておいて本当によかった。


(そろそろ魔力的に厳しいか……?)

 さっきのタイミングでクルス氏を魔法封じに入れられていたらよかったが、次に避けられたらもう一度は難しい。どうにか、今かかっている身体強化を中心に立ち回れないかを考える。

(緩急をつけて走れば撹乱かくらんできるか……?)

 トントンと軽く地を蹴ったところで、クルス氏が手を叩いた。


「合格だ、オスカー・ウォード」


「……合格?」

 何を言われているのかが一瞬わからなかった。善戦したとは思うが、勝利には程遠い。


「ああ。お前とジュリアの……、婚約を認める」

「しかし……」

「私は私を倒せとは言っていない。合格だと言わせろと言ったと思うが」

「……確かに、そうだったが」

「何を差しおいてもジュリアを守るような男でなければ、娘は任せられん」


 ドヤ顔でそう言われて、この決闘テストの意味を理解した。彼女のためなら勝ち目がなくても立ち向かおうとするか、戦いの最中にあっても大切なものがぶれないか、それを見られていたのだと思う。


 ほっと息をつく。

「……ジュリア」

 合格を勝ち取った凱旋がいせんだ。喜んで迎えてもらえると思って振り向くと、彼女が大粒の涙を流している。

(嬉し涙……ではない、な)

 表情が死んでいる。強いショックを受けた顔だ。


「ジュリア?」

 無言のまま歩いてきたと思ったら、自分ではなくクルス氏の方に行った。


 パンッとほほを張った音が高く響く。


「お父様なんて大っ嫌いです!!! 二度と口をききませんっ!!!」


 腹の底から出たような声だ。見たことがない大股で戻ってきて、手を取られる。

「行きましょう、オスカー。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

「なっ……」

(空間転移が使えることは両親には秘密ではなかったのか?!)

 驚いている間に辺りの景色が変わった。


 転移先は魔法協会の寮の自分の部屋だった。

「……ジュリア?」

「おすかぁ……っ」

 ぎゅっと抱きつかれて、ボロボロと泣かれる。

「……またっ、オスカーがっ、死んじゃうかもって……」

 言葉になったのと同時に涙の勢いが増す。


 彼女の言葉で状況を理解した。

 彼女の中ではきっと、領主邸で自分がトールの雷撃を受けた時と重なったのだ。一切の防御魔法をかけられないまま、彼女に向かう雷撃の前に立ったことがあった。その直後から記憶がなく、目を覚ました時には彼女に介抱されていた。


(あの時、死にかけていたのを必死に助けてくれたのだろうな……)

 クルス氏は死なない程度には手加減してくれていただろうし、事前に上位の防御魔法をかけていたから今回は無傷だったが、そういう問題ではないのだろう。自分が雷撃に撃たれること自体が、彼女のトラウマなのだと思う。


 泣きじゃくる彼女を大切に抱いて、ゆっくりとベッドに腰をおろす。

「……ジュリア」

 そっと呼びかけて軽く頭を撫でる。それから、涙があふれる彼女の目元にキスをする。


「ひゃっ……」

 驚いたように大きな目がまたたかれる。かわいい。やんわりと唇もいただく。

「ん……、おすかぁ……」

 甘えるような声だ。かわいい。


「ジュリアはどうしてほしい……?」

 尋ねると、彼女が少し迷うようにしてからどこか恥ずかしそうに見上げて、おずおずと口を開く。


「あなたを感じたい、です」

(うわああああっっ! だからどうしてそう想定のナナメ上の言い方を……っ!)

 理性が吹き飛びそうだ。


「……わかった」

 答えて、彼女を抱きこんでベッドに横になる。ジュリアがしっかりと抱きついてきて、自分の胸元に耳を寄せてくる。自分の心音がうるさくて、それを聞かれるのは少し恥ずかしい。


(……これでいいんだよな?)

 彼女の言葉には他意がないと受けとるなら、許されている範囲の接触で、生きていることを感じたいという意味だと思う。

 だからお互いに少し体重を預けあって、心音も聞こえるこの位置がベストなはずだ。

 思考はそう結論づけているのに、どうにも彼女を求めてしまって落ちつかない。


 ジュリアが腕の中ですりよってきてフウと息をつく。服の上から吐息を感じて心音が加速する。


「……いっそ子どもを作っちゃいたいです。世界の摂理の呪いさえなければ」


(うわあああああっっっ)

 後半も聞こえているのに、子どもを作ることしか考えられなくなりそうだ。


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