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36 婚約許可を貰いたいだけなのにどうしてこうなったの


 実家の応接室で両親と向かいあう。

 隣のオスカーが珍しく緊張している感じなのは、彼の前に座っている父が激怒しているように見えるからだろうか。

 元々威圧感がある時はあったが、これまでに見たことがないレベルだ。


(何か怒らせるようなことをしたかしら……?)

 父のとなりの母は困ったように苦笑している。

 父が低く重い声を出した。


「で、大事な話とは?」

「……ジュリアさんとおつきあいの許可をいただいていたのだが」

「そうだな。そこまでは許可した覚えがある。そこまでは、な」

「結婚を前提に……、と、させてもらいたい」

(ひゃあああっっ……)

 この状況でも言い切ってくれるオスカーが大好きだ。つむいだ音も好きすぎる。


 父が眉を寄せる。

「……それだけか?」

「それだけ、とは?」

「それだけですよ?」

「……確かに大事な話だが。平日の夜に急ぐ必要があったのか?」


「それは……、すみません。私がオスカーにムリを言ったんです。その……、エンゲージリングを買ってもらってしまって。嬉しくて、外したくなくて……」

 右手で隠していた、左手の薬指の指輪を見せる。ものすごく重大な告白をしたつもりだったのに、母がおかしそうに笑った。


「ふふ。ほら、やっぱりあなたの考えすぎではないですか」

「しかしだな。急にあんな連絡をもらったら考えもするだろう」

「お父様の考えすぎ、ですか?」


「ええ。ふふ。笑い話として聞いてね? この人ったら、手を出されて子どもでもできたんじゃないかって」

「はい?」

「シェリー! それは言わなくても」

「あら、言わないと、あなたはただの狭量で怖い父親になってしまうわよ? ちょっと夜に訪ねたくらいであんなに怒るなんて、ねえ?」


 オスカーが肩の力を抜くように息をつく。

「……ただの思い違いで怒っていたと聞いて心底安心した」

「私たち、そんなに信用ないですか?」

 時々ガマンできなくなりそうになりながらもがんばっているのに、なんという誤解だろうか。いっそ手を出されてしまおうかという気になりそうだ。


「違うんだ、ジュリア」

「何が違うんですか?」

「……その、……悪かった」

「まったくです。じゃあ、結婚を前提にということでいいですか?」

「いや、それとこれとは別の話だ」

「え」

 話の流れで、問題なく許可されるものだと思っていた。父が今更何を言いだすのか見当もつかない。


「オスカー・ウォード」

「ああ」

「ジュリアが欲しければ私と戦え。ジュリアをかけて決闘だ」

「ちょっ、お父様?! 大人気おとなげなくないですか?!」

 父は冠位の魔法使いなのだ。オスカーは有望とはいえ、まだ新人だ。無茶にも程がある。

 どうしてそうなったのか。前の時にはそんな話はなかったはずだ。


「……了解した。その決闘、受けて立つ」

「えっ、ちょっ、オスカー?!」

 どうしてそこで受けてしまうのか。頭を抱えたい。


 父が満足そうに口角を上げる。

「ジュリア。男には引けない時があるんだ。ここで引くような腰抜けなら、その時点で不合格だ」

「……お父様なんか嫌いです」

「ぐっ……」

 父が今にも倒れそうな顔になるが、なんとか耐えたようだ。


「ここは私にとっても引けないんだ。例え娘に嫌われても」

「自分は構わない。クルス氏に手合わせ願える機会はそうないから、勉強させてもらえたらと思う」

「余裕じゃないか、オスカー・ウォード。大した自信だ。いや、若さゆえの過信か?」


「お父様の耳はどうかしていると思います……」

「善は急げだ。シェリー、庭に灯りを頼む」

「お母様……。お母様は止めてくれますよね?」

「ごめんなさいね、ジュリア。この人、言いだしたら聞かないところがあって。今日は止められないと思うわ」

「そんな……」

 さすがに手加減はしてくれると思うけれど、そう思いきれない部分がある。心配だ。


 全員で庭に出る。母がライティングの魔法を浮かべた。

「オスカー……」

 心配して見上げると、彼が耳元に口をよせてきた。

「師匠二人から教わったことを実践してくる」

(ぁ……)

 魔力量や経験でははるかに及ばないだろう。けれど、彼は父の知らないところで努力を重ねている。そこに勝機はあるかもしれない。


「応援していますね」

 背伸びをして彼のほほに口づける。

「ああ。百人力だ」

 微笑んでくれる中に緊張も見てとれる。けれど、今できるのは彼を信じて見守ることだけだろう。


 母と一緒に下がった。

「ウォードくんには知られないように自分にプロテクションをかけておきなさいって、あの人からの伝言よ」

「知られないように、ですか?」

 安全のために防御魔法をかけて見学するというのはわかる。が、それならちゃんと安全を知らせておいた方がいい気がする。


「ふふ。彼だけじゃなくて、あの人のことも信じてあげてね。ジュリアに悪いようにはしないはずだから」

「うーん……、そう、ですかね……?」

 悪いようにしないにしても、ウザ絡みされた記憶はある。今の父もそうとしか思えない。

 とりあえず、母に言われた通りにプロテクションをかけておく。


「オスカー・ウォード。お前の勝利条件は、私に合格だと言わせることだ。逆に不合格だと言われるか、お前がギブアップするか、戦闘不能となった時点で終了とする」

「……了解した」


「お母様、あの条件はお父様に有利すぎませんか……?」

 例え父を倒せたとしても、合格だと言わせなければ勝ちにならないなら、父の匙加減さじかげんひとつではないか。ふつふつとお腹の底が煮えていく感じがする。


「シェリー、ジュリア。今後の二人の魔法の使用は禁止する。シェリーが使った場合は私の、ジュリアが使った場合はオスカー・ウォードの敗北として、その時点で終了とする」

「彼が受けた決闘に手出しなんてしません!」

 ふつふつがぐつぐつに変わっていく。侮辱ぶじょくも大概にしてほしい。


「ジュリア」

 落ちつくように言うかのように、母から名を呼ばれた。

「けど、お母様……」

「言いたいことは色々あると思うけど、終わってからにしなさい?」

「……わかりました」

 それは母が正しいと思う。今とやかく言うのは無粋だろう。集中しようとしているオスカーの妨げにもなるかもしれない。


(お父様なんかオスカーにけちょんけちょんにされちゃえばいいんだわ)

 彼は強い。同年代とは比べられないだろう。自分が戦っても苦戦した。戦い方によっては十分にチャンスはあると思う。


(オスカー……、がんばって)

 右手で彼にもらった指輪を包む。今は彼の勝利を願うしかない。


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