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35 今の彼とのエンゲージリング


 母のところでの研修を終えて、そのまま建物の中でオスカーの迎えを待つ。今日は商会のミーティングはお休みだ。空いた時間に早めに指輪を見に行くことになった。


(本当にいいのかしら……)

 彼は虫除けだと言うが、ずいぶんと高い虫除けだとは思う。

(これも貰ったばっかりだし……)

 胸元で輝くネックレスに触れる。すごく嬉しいけれど、散財させ続けているのが申し訳ない。

 何か返せたらと思うものの、これというものも贈る理由も思いつかない。


(ルーカスさんに相談してみればよかった……?)

 他の男性と距離をとる約束をした中にルーカスも入るなら、オスカーがいないところで相談するのはダメな気もする。

 かといってそういう話をしたいほど親しい女性はいないし、母に聞くのも少し恥ずかしい。

 改めて、相談相手としてルーカスを一番信頼していることに気づいた。


『ジュリア。入り口前に着いた』

 短い言葉で連絡魔法が飛んでくる。その声を聞くだけで嬉しくなる。

『ありがとうございます。すぐに行きますね』

 返事を送ったのと同時に飛びだす。連絡魔法を聞き終えたオスカーが少し驚いた顔になる。

「お待たせしました」

「いや、早かったな」

「少しでも早くあなたに会いたくて」


 気恥ずかしそうにオスカーが馬車にエスコートしてくれる。外から見えるオープンタイプだ。見られても大丈夫な距離感で座る。手だけはしっかりつないだままなのが嬉しい。


「オスカーはほしいもの、ありますか?」

 聞いてみたら、どこか恥ずかしげにじっと顔を見られた。

「それは……、ジュリア以外で、という意味だろうか」

(きゃあああっっ)

 なんてことを言うのか。今すぐぜんぶあげてしまいたい。


「……いや、忘れてほしい」

「私も……、あなたがほしい、ですよ?」

 オスカーが手で顔をおおって頭を下げる。耳まで真っ赤だ。

 恥ずかしくなって、視線を外に向けた。オープンタイプの馬車でよかった。


 ガタガタと揺れながら景色が流れていく。

「……今は他には思いつかない」

 いくらか経ってオスカーが恥ずかしそうにぽそりとつぶやく。やっぱり今すぐぜんぶあげてしまいたい。


 そんな思いをよそに、馬車が宝石店の前で止まった。移動距離としてはそう長くない。オスカーがエスコートして降ろしてくれる。

「前にルーカスと調査に回った中で、デザインがいいなと思って……、もちろん白だった店だ」

「ブラッドさん絡みの件ですね」

 魔法協会が追っていた相手が今は仲間になっているのが不思議だ。


 店のたたずまいには、遠い記憶の中で見覚えがある。前の時は彼と一緒に調査に回っていた。その中で、自分もいいなと思って話していた店で、前もお世話になっている。


(このネックレスも多分ここよね)

 中・上流階級向けで、入り口からして高級感がある。最低限のドレスコードはあったと思うが、今の服なら問題ないだろう。高級住宅地や領主邸などに限り、依頼すれば家にも来てくれる店だ。


 オスカーにエスコートしてもらって店に入る。店員から深く頭を下げられ、用件を聞かれる。

(うん、デジャビュ)

 既視感があるのは当然といえば当然だ。


「彼女にエンゲージリングを贈りたいのだが」

 オスカーが単刀直入に言った。自分はちょっと恥ずかしいけれど、彼はそのあたりをあまり気にしていない感じも前の時と同じだ。

(……けど、ここに来たの、もう半年くらいは先だったはずなのよね)

 全体的に早まっている気がする。


 応接室に通されて、いくつものサンプルデザインを見せられる。どれもシルバーリングにダイヤモンドというスタンダードな組み合わせなのに、まるで雰囲気が違うから不思議だ。


(……ぁ)

 その中に、以前の婚約指輪を見つけた。懐かしさで胸がいっぱいになる。

 結婚指輪はずっとつけていたけれど、婚約指輪は二度と帰れなかった家に置いたままだった。


「それがいいだろうか?」

 じっと見ていたからだろう。オスカーが尋ねてくれる。


 少し考えてから首を横に振った。

「……いえ。懐かしいなと思っただけなので。……他のものを、あなたが選んでくれますか?」

 前の時もこうして二人で来て、その時は自分がこの指輪を選んだ。今は過去をなぞるより、ここにいるオスカーと今を生きたい。


 オスカーが驚いたように目をまたたく。それからどこか嬉しそうにフッと笑って、指輪に真剣に向きあう。

「そうだな……、さっきのもいいと思うが、それ以外となると、これか、これか……。ジュリアは細いから、細身でデザイン性が高いものがいいと思う」


 店員からつけてみていいと言われ、順に試していく。

(前のも気に入っていたけど、自分で選んだものより似合う気がするわ……)

 彼が選んでくれたというのも嬉しい。


「どうだろうか?」

「そうですね……、どっちも好きですが。いて言うなら、こっちでしょうか」

「ああ。自分もそっちの方が似合うと思う」

 オスカーがそわそわと嬉しそうに見える。こうしているだけで嬉しいのに、彼が嬉しそうだともっと嬉しくなってしまう。


 オスカーが別室で購入手続きをしてきてくれる。エンゲージリングは女性に値段がわからないように配慮されているのだろう。

(結局またお金を使わせちゃったわね)

 彼が嬉しいならいいような気もするけれど、やはりちょっと悪い気もする。


 少し待って今日サイズ合わせをするか、後日また来るかを尋ねられ、今日お願いしたいと伝える。

 それほど待たされずに、この店が契約している魔法使いがやってきた。父より上の年代だろう、初老の紳士だ。服などは店の雰囲気に合わせているのか、あまり魔法使いという感じはしない。


「サイズを合わせさせていただきます」

 指に合うようにリングサイズだけ、魔法で調整してくれる。初めて見た時は、こんな仕事もあるのかと驚いたものだ。魔法協会では習わない魔法で、宝石商関係の魔法使いの中での秘匿ひとく魔法だったはずだ。


 魔法を使わない方法もあるらしいが、それには時間がかかる。この店くらいの顧客層になると、魔法使いを雇う分の差額より、使い勝手の良さや即時性をとるのだろう。


「ありがとうございます」

 つけたり外したりして、問題がないかを確かめて完了だ。ぴったりのサイズになると、サンプルで見ていた時よりも一層似合っている気がする。眺めるだけでニマニマしてしまいそうだ。


 丁寧に見送られて、手をつないで店を出る。と、オスカーがおずおずと声をかけてきた。


「……その、浮かれすぎて、順番を間違えたことに今更気づいたんだが」

「順番ですか?」

「ああ。……クルス氏とシェリーさんに挨拶をせずに、ジュリアが指輪をつけて帰ると問題になる気がした」

「ぁ」

 言われて気づいた。自分もまた、浮かれすぎてまったく意識が向いていなかった。


(オスカーも浮かれてたんだ……)

 嬉しそうだなとは思っていたけれど、そこまでハイテンションが顔に出る方ではない。彼も浮かれていたと聞いてものすごく嬉しい。


「そうですね……、母はまだしも、父はさすがに何か言ってきそうな気がします。家で気づかれなくても、職場で気づく可能性もありますし」

「改めて休日にアポをとって挨拶に行くとして……、一旦しまっておいてもらった方がいいだろうか」


「え、それはイヤです」

 反射的に答えたら、オスカーが驚いた顔になった。

「すみません。でも、せっかくあなたが買ってくれたのだから、このまま身につけていたいです」

「……そうか」

(あ、嬉しそう)

 彼のそんな表情がすごく好きだ。


「うーん……、あなたがよければ、今夜行っていいか聞いてみましょうか。それで了承をもらえればなんの問題もないわけで」

「急だと迷惑ではないか?」

「うちはダメならダメだって言うと思いますよ」

「なら、食後ということにして、手土産を用意できたらと思うのだが」

「気を遣わなくていいのですが。あなたが気になるならそうしましょうか」


 父宛で連絡魔法を送る。母の方が送りやすいが、父がすねるからだ。

『お父様、お母様。大事なお話があるので、この後軽く食事をしてからオスカーを連れて行ってもいいですか?』


 ほとんど待たずに父から返事が来た。

『連れて来い』

「いいそうですよ」

「……今の声は相当怒ってなかったか?」

「怒っている気はしますが、ちょっと急だからってそんなに怒りますかね?」


 追って母の声が届く。

『ジュリア。ウォードくんも一緒かしら? 歓迎するわ。安心していらっしゃいな』

「だそうです」

「……シェリーさんには感謝しかないな」

「そうですね」

 母が慌てて父の返事をフォローした様子が目に浮かぶ。


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