33 オスカーの昔の部屋にて
オスカーの実家に入るのは少し緊張した。さんざん泣いた後だ。鏡を見て化粧直しをしたい。
(ご両親が奥に行って会わないようにしてくれるっていうのは、ある程度状況を説明してくれているっていうことよね……)
恥ずかしくはあるけれど、ウォード家みんなの優しさが嬉しい。
オスカーはしっかり手を握って、少し足早に案内してくれる。間違っても会わないようにしてくれているのだろう。
「片づいていなくて気恥ずかしくはあるのだが」
そう前置いて、ホワイトヒルの寮に引っ越す前に彼が住んでいたという部屋の扉を開けてくれる。
(ぁ……)
初めて見る部屋の中に、離れに移ってからも彼が使っていた机と棚がある。懐かしい。大きさ的に魔法協会の寮だと邪魔になるから、寮には持ちこまなかったのだろう。
見たことのないものも多い。子どもの頃に使っていたのだろう模擬刀や学習用品など、出会う前の彼の軌跡を感じるものもある。枕や毛布などが置かれていないむき身のベッドは今の彼にはもうきゅうくつな印象だ。
部屋全体から彼を感じて、なんだかあたたかくなる。
オスカーが中に入って扉を閉めてから、寝るには狭くても座るには十分な大きさのベッドに腰をおろした。
「……こちらへ」
(ひゃあああっっっ)
彼が座った隣を示される。何もないとはいえベッドの上だ。他に座れる場所としては机に付属したイスがひとつあるが、そこに座って向きあうのはさみしいから、彼の提案に乗りたい。
ドキドキしながらちょこんと横に座る。少しだけ隙間をあけた。が、すぐに肩に腕を回されて抱きよせられる。
(きゃああっっ)
ものすごく嬉しいのと同時に、ものすごく心臓がうるさい。
オスカーがそっと頭を撫でてくれる。心配してくれているのだろう。その手に甘えてすりよる。
「……すみません、迷惑と心配をおかけして」
「いや。ジュリアは優しいから……、あの話で苦しくなるのはしかたないだろうし、……あの男は無神経だったと思う」
「ふふ。一般的な正論なのは、落ちつけばわかるんですけどね。……私があなたを取り戻すためにしたことを全て否定された気がして。同じことをゼノくんにはできない自分もイヤで……」
「……ジュリアが諦めないでくれてよかった」
そっと触れあうだけの優しいキスをされる。身も心も彼で満たされた気がする。
「誰にでも大切な相手の優先順位があるのは当然で……、自分がジュリアの立場でも、ゴーストになった子どもを助けるために動くことはできないだろう。もしあの子が娘なら、ジュリアは動くだろう?」
「……そう、ですね。あなたを巻きこんで、なんとかしようとすると思います」
「なら、それはあの子の両親が考えることで、ジュリアが代わることじゃないんじゃないか?」
(ぁ……)
なぜだろうか。オスカーの言葉はするっと入ってくる。あれだけ自分のエゴだと思ってイヤになっていたのに、彼が言うことの方が当然な気がしてくる。
「……そう、ですね」
「ジュリアがジュリアとして負担でないことはすればいいと思うが。……降霊という言葉が出ていたが、そういう魔法はあるのだろうか」
「解呪のような特殊技能として存在はするらしいのですが。……私は、怖くて。使える人を探さなかったんです」
「怖い……?」
「ゴーストが、ではありません。それがあなたやクレアなら尚更。……私が殺したようなものなので。恨まれていないか、というのがひとつ……。あと、降霊で話をしたら、……死んだことがより際立つ気がして」
オスカーに強く抱きしめられる。
「恨むはずがないだろう?」
珍しく語気が強い。
「……そうでしょうか」
「自分にあったとすれば……、……何もできなかった無力感と、大切なものを守れなかった後悔だと思う」
(……そっか)
ストンと腑に落ちる。オスカーはオスカーなのだ。彼の普段の思考パターンからすれば、彼が言った方が正解だろう。
何度も夢の中で責められて、実際にもそうなのではないかと思ってしまっていたのは、自分の中の罪悪感が元だったのかもしれない。
「……ありがとうございます。オスカー。大好きです」
今度は自分から、そっと唇を寄せる。
「ん……」
やわらかく応えてくれて、離れてすぐに彼からもキスをもらった。触れ合った数だけ、胸の奥のしこりが溶けていく気がする。
「……降霊術者を見つけておく、というのはアリかもしれません。それを使うか使わないかはゼノくんのご両親に委ねるとして」
「ああ。……人探しとして頼むとしたら冒険者協会か」
「ですかね……。ちょっと行きにくいですが」
「他の支部で依頼するのもいいかもしれないな。今回の件で言えば、ソラルハムの支部が妥当かもしれない」
「あ、いいですね。それなら行きやすいです」
「前回の報酬もまだ十分にあるから、そこから費用を出すといい」
「ありがとうございます」
「……ちなみに、なのだが」
「はい」
「純粋に、人を生き返らせる魔法というのは?」
「それも調べたのですが。古代から研究されてきた形跡はあるけれど、失敗例しかないですね。……本人とは似ても似つかない何かにしかならない、と」
「そうか」
「完全に事切れていなければ助けようはあるのですが。なので……、私が知る限りでは、時間を戻して死んだこと自体をなかったことにする以外にはどうしようもないかと。その上で、同じことが起きないようにするしかないです」
「……そうか」
オスカーが少しゆっくり頷いた。
同じことが起きないようにする。それが今の自分にとって一番大事で、彼もまた大切にしてくれているように思う。
視線が絡んで、軽く唇をついばまれる。同じように軽く応える。もっと、彼の全てがほしいけれど、問題がなくなるまでは進めない。
(師匠がペルペトゥスさんと早く戻ってくれるといいんだけど)
前にそう言ったらオスカーが微妙な反応をしたから、思うけれど言わないでおく。
ペルペトゥスのダンジョンは思いだしたくないくらい大変だった。師匠であっても攻略に時間がかかっているのだろう。
オスカーが顔を見て、それからこめかみにキスをくれる。唇を触れあわせるのも好きだけど、他のところに触れてもらうのも嬉しい。
「もう大丈夫そうか?」
「はい。ありがとうございます。お騒がせして申し訳ないはずなのに、あなたの昔の部屋に入れてもらったのが嬉しい、なんて。私ばかり得してる気がします」
「嬉しい?」
「はい。前の時は結婚前にあなたが片づけていたので。初めて、あなたが育った部屋をちゃんと見たというか。この部屋にこれまでのあなたを感じて、ここにいるだけで幸せな感じがします」
「……そうか」
ちょっと恥ずかしそうなオスカーがかわいい。
「ふふ。私ばかりあなたの世界を見せてもらっているので……、私の部屋も来ますか?」
オスカーにぎゅっと抱きしめられて顔が見えなくなる。ささやくような声が返った。
「……遠慮しておく」
「もちろんお父様には内緒で、ですよ? お母様に言えば協力してくれる気がするし、空間転移や透明化で入ることもできますし……?」
「ものすごく魅力的な誘いなのだが。……理性がなくなる自信しかない」
(ぁ……)
そう言われて意識してみると、オスカーの声が熱を帯びている気がする。思い返してみれば、彼の今の部屋に行った時、自分も自制が効かなくなっていた。
今のこの部屋には寝具がなくて、代わりに子どもの頃のものがある。それがお互いに多少の抑止になっていたのかもしれない。
「……なら、あなたが来たいと思った時に。いつでも言ってくださいね?」
「ん……」
返事なのか吐息なのか、返る音が耳に届くより早く唇が重なった。
(大好き……)
愛しさを伝えるように、自分からもキスを返す。
(もっと……)
お互いに触れ合いを重ねて、思いを伝えあう。十分に彼を感じているはずなのに、どこまでも求めたくなる。
彼の大きな手が背中を撫でていく。服の上で動いただけなのに、ゾクゾクと背が震えた。
オスカーがハッとしたようにして、ゆっくりと離れる。
「……少し落ちついてくる。何か飲み物ももらってこれたらと思う」
「はい……、ありがとうございます」
それが正しいとわかっているのに、残念だ。




