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32 お化け屋敷の調査結果を聞きに行っただけなのに


 冒険者協会の応接室に通される。


(あれ?)

 どこの冒険者協会にも、通常の打ち合わせ用の部屋以外にVIP用の部屋がある。前の時に、激レアアイテムを持ちこんで知ったことだ。


(ここ、VIP用よね……?)

 ソファがふかふかだし、部屋も広く、調度品もある。今回はここで接待を受けるほどのことをした覚えがない。


 通されてそう待たずに、神経質そうな初老の細身の男性と、仕事ができそうなキリッとした雰囲気の若い女性が入ってきた。どちらも受付周りで見かけたことはない。

 男性の方が奥に座って口を開く。


「マジカルバンドというのは君たちか」

「ミラクルボンドです、支部長」

 隣に座った女性が訂正する。マジカルバンドだと魔法の帯になってしまう。

(支部長……?)


「横文字というのは難しいな。最近の若者はどうも横文字を使いたがる。パーティ名を覚えるのも一苦労だ」

「あの、調査依頼の結果を聞きに来たのですが」

「はい。まずはそちらについて私からご報告させていただきます」

 ソファに腰をおろしていても背筋はピンとしたままの女性が、書字板を片手に話を引きとる。


「遺骨から推察された身長や遺留品などから、二年前に捜索依頼が出ていた少年だと判明しました。

 遺品をご両親が確認済、発見されたものは全てご両親の元に戻っています」


 帰せてよかったという気持ちがある。けれどそれ以上に、子どもが生きている可能性を絶たれた親に感情移入しそうになって、泣きたくなったのをぐっと飲みこむ。

 オスカーが肩を抱きよせてくれた。彼の香りとぬくもりで、話を聞き続けられるくらいには落ちついた。


「少年の名前はゼノ・アスター。ソラルハムの商家の一人息子で、失踪当時五歳でした」

(ソラルハム……)

 比較的近い街とはいえ、隣接しているわけではない。子どもの移動距離だと思うとあまりに遠い。

(行商の途中でいなくなったの……?)


「経緯は次のとおりです。

 友人宅に遊びに行かせていたゼノくんが遅くなっても帰らないことで心配した両親が迎えに行ったところ、数時間前には出ていると言われ、失踪が発覚。すぐに屯所に届け出て捜索してもらったが、発見できず。

 翌日、範囲を広げて捜索してもらっている途中に、誘拐犯から身代金の要求が届く」


「ぇ……」

 助かった子と同じように、あの家に迷いこんで取りこまれたものだとばかり思っていた。事件に巻きこまれていたのは想定外だ。


「両親は全額用意する意向でいたが、相談を受けた屯所の所長が、払っても戻るとは限らないと説得。受け渡し時の犯人確保を優先。

 結果、兵士が追っている途中の犯人グループが魔物に遭遇して全員死亡。

 ゼノくんを隠した場所を知る方法がなくなり、通常の捜索に戻ったが、ついに見つけることはできなかった、とのことです」


「……それが、なぜウッズハイムのあの家に?」


「あの家の持ち主が今回の浄化の依頼主になるのですが、仕事の都合で国外転居しています。

 早ければすぐ、遅くても数年で戻るつもりがあり、奥方が他の人に使われるのはイヤだと言ったことで、年に一度清掃と修繕のために業者を入れていただけだったそうで。

 無人であることを知った犯人グループが目をつけたことが予想されます。今回、比較的早くゼノくんに辿りつけたのも、家の持ち主のものでも子どものものでもない遺留品がいくつか確認され、事件性につながったためでした」


「ゼノくんはなぜ、外に助けを求めなかったのでしょうか……」

「その話の前に、こちらを見てもらえますか? お借りしてきた、失踪前のゼノくんの投影です」

「ぇ……」

 見せられたそれに心底驚いて、オスカーと顔を見合わせた。


「この子……」

「……あの家のゴーストだな」

「ですね……」

「やはりそうですか。お二人が助けてくれた子どもからも、そう聞いたという報告がありました」

「あの子は元気ですか?」


「おかげさまで、もうすっかり回復して日常生活に戻れています。本人によると、遊ぼうと誘われて一緒に楽しく遊んでいただけで、特に怖いことはなかったそうです。そんなに長い時間だとはまったく気づかなかったと。

『パパとママをたすけるためにここにいないといけないけど、さみしいしつまんない。あそんでくれてうれしい』と言っていたそうです」


「パパとママを助けるため……?」

「その先は推測する以外になく、降霊でもしない限り確証を得る方法はないのですが。両親に何かあったと言って連れ去り、あの家で大人しくしていないと両親に命の危険があるとでも脅したのかもしれませんね」


「……怖くて、さみしくて、誰も来なくなってもどうしていいかわからなくて……、死んでからもずっと、親を助けるためにあそこに居続けたのでしょうか……」

 声が震えてしまう。涙があふれる。

 もう少しあの子の話を聞いてあげればよかったと思う。事情を知れたなら、あそこに両親を連れていくこともできたかもしれない。強制的に浄化しなくてもよかったかもしれない。


「……ジュリア。あの場では対話は不可能だった。違うか?」

 オスカーから聞かれて首を縦に振る。何を考えているのかに気づかれているのだろう。

 事実としては彼の言うとおりだ。それでも、たとえば自分が遊んであげていたなら。遊びながら話を聞けていたかもしれないと思ってしまう。


「ぁー、お嬢さん。ジュリア・クルスさん」

 支部長と呼ばれた男性が、白髪混じりで薄い頭をかきながら声を出した。

「ゴーストは本人ではなく、ただの残留思念だと言われている。この世界にはどうにかなることと、どうにもならんことがある。死んだ人間は死んだ時点でもうどうにもならんだろう」

 言葉が侵食してきたのと同時に、自分の中の何かが切れた感覚があった。


(死んだ人間はどうにもならない……?)

 どうにかして、自分は今ここにいる。オスカーをあきらめなかったから、今、オスカーのそばにいる。

 その子が誘拐される前まで時間を戻せば助けられることはわかっている。けれど、その子のために自分が、今この時間で手に入れ直した全てをもう一度失うことに耐えられないだけだ。そんな自分が嫌になる。

 泣きやむべきなのはわかっている。わかっているけれど、勢いは増すばかりだ。


「……ジュリア。行こう」

 耳に届いた優しい響きに、こくりと小さくうなずいた。

「気にさわったなら謝るが。今日はこちらからも話がある」

「自分たちに話の心当たりはないが、必要なら後日聞く。今は遠慮してもらいたい」

 オスカーがキッパリと断って、立ち上がって手を引いてくれた。いつも彼の優しさに甘えてばかりだ。



 冒険者協会を出てすぐ、彼のホウキに乗せられた。横座りで正面に抱かれる形だ。オスカーの匂いに包まれていると安心する。


 そう経たずに高度が下がる。見覚えがある場所だ。

(ここって……)

「離れを使わせてもらえるように話してくるから、少しここで待っていてもらえるだろうか」

「……はい。ありがとうございます」


 オスカーの実家、離れの前に降ろされる。前の時に、長年彼と住んでいた家だ。自分の家に帰ってきたような感じがした。


 そう経たずにオスカーが戻ってくる。

「……奥に行って会わないようにするから、母屋の応接室か、昔の自分の部屋を使えと言われた。家具が何もない場所よりいいだろう、と。一応、離れのカギも預かってきたが。どちらがいいだろうか」


「昔のあなたの部屋……?」

「ああ。ホワイトヒルに行く前まで住んでいた部屋だ。魔法協会の寮に運んだもの以外はそのままだそうだ」


「……いいんですか?」

 今ここの彼に意識が向いて、ひゅっと涙が引っこんだ。昔の彼の部屋には、前の時には入っていない。離れに引っ越してくる前に、必要なものと不要なものを彼が分けて、完全な空き部屋にしていたはずだ。

「ジュリアがよければ」

「……ありがとうございます」


 彼にできる最大限をしてくれているのがわかる。落ちつける場所を探そうにも、秘密基地へは自分が透明化を唱えないと入れない。空間転移でどこかに行くのにも自分の魔法が必要だ。ツリーハウスを作れるのも自分だけだ。それらの負担を外した時に、最も近くて使いやすかったのが実家の離れだったのだろう。

 両親に既に会っていて、それなりに気に入られているというのも判断の元になったのかもしれない。


(オスカー、大好き)

 そう言って抱きつきたい気持ちは、場所を考えて、もう少しの間だけ飲みこんでおくことにした。


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