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31 嬉しすぎる虫除けの提案


 オスカーとゆっくりしてたっぷり充電した翌日は、アンドレア・ハントの剣術道場入門一日目だ。

 オスカーが選んで買ってくれた訓練着に身を包む。それだけですごく嬉しい。


「よろしくお願いします、アンドレアさん」

「ああ。歓迎する」

『師匠』は自分の中ではスピラを指す言葉だ。だからアンドレアはアンドレアさんと呼び続けることにした。


 準備運動が始まる前にアレックがやってきた。ちゃんと訓練着に着替えている。

「おはようございます、アレックさん」

 普通に挨拶をしたら眉をしかめられた。


「ほんと図太いよな、あんた」

「そうですか?」

 今までそう言われたことはない。どうなんだろうと思っていると、そばにいたオスカーが短く息を吐いた。


「アレック。歳上で、お前よりも強い相手だろう? 『あんた』じゃない。クルスさん、だ」

「は? 今までそんなこと一度も言ってなかっただろ? オスカーをオスカーって呼んでるのに、今更じゃないか」

「それは子どもの頃に出会っているからだろう? なんなら自分のこともウォードさんにするか?」


 オスカーがちょっと戦闘モードに入ったように見える。アレックはオスカーを怒らせるのがうまい。

(普段はそう怒る人じゃないんだけど)

 つい苦笑しそうになる。


「私はジュリアでいいですよ?」

「……まあ、それなら呼んでもいい。今日来たのは、オレからもジュリアに話があったからだし」

「私ですか?」


「クソバ……、母さんが、道場に来続けるならまずはジュリアを目指せって」

「そうなんですね」

「それで、考えたんだ。定期的にオレと模擬戦をしてくれ」

「それは、まあ。実力が近い方が訓練としていいらしいので、どちらにしろやらされるのではないかと」


「で、オレが勝ったら、その時はオスカーを一日貸してくれ」

「ダメです」

 アレックは何を言いだしたのか。断固としてお断りだ。


「一日だけだぞ?」

「ダメです」

「勝てばいい話だろ? オレのモチベの問題なんだよ」

「それは他の方法でどうにかしてください。オスカーはダメです」

「ケチ」

「はい」

 別にアレックからケチだと思われてもいい。これだけは譲れない。


「そもそもオスカーの時間はオスカーのものであって、私がどうこうできるものではないので」

「じゃあ本人がいいって言えばいいのか?」

「それでもダメです」

「なんでだよ」

「当たり前じゃないですか。好きな人が他の異性と二人になるのをよしとしないのは」


 言って、ハッとした。

(それはそうよね……)

 オスカーは自分の身を案じて、密室で男性と二人きりになるのはダメだと言ってくれた。それは彼の優しさだと思う。けれど、それだけではないのかもしれない。

 調子が悪い人に親切にするのは当然だし、あの場にはブラッドと自分しか魔法使いがいなかった。戻るのを考えると自分が行くのが一番効率がいいと思ったが、オスカーの気持ちも考えるべきだった。


(私が友人にしか思っていなくても、体は一応、異性だものね……)

 自分はそのあたりの感覚がズレることがあるのだろう。


「……意外に束縛系なんだな」

「そうですか?」

 どこまでが普通の感情で、どこまでが束縛なのかがわからない。


「ジュリアも一緒にいていい、三人でっていうのは?」

「うーん……」

 それはどうなんだろうか。邪魔されたくないとは思うけれど、二人にするのほどイヤではない。


「横から入って悪いとは思うが。却下だ」

「オスカー?」

「ジュリアを大事にできないヤツといる時間があるなら、ジュリアと二人でいたい」

(一刀両断ね……)

 アレックには悪いと思うけれど、嬉しいと思ってしまう。


「この話はここまでだ。集合がかかってる」

「……オスカーのばーか」

「バカで結構だ」

(うーん……、売り言葉に買い言葉)

 困ることなはずなのに、どうにかしたいと思わないのは、その関係に安心している自分もいるからなのだろうか。


 その後は、特にアレックにつっかかられることなく、無事に初日の訓練を終えた。約束通り用意していったお昼は好評で、アレックからも文句は出なかった。



「この後は冒険者協会に行くのだったか」

「はい。前の浄化の件で依頼していた調査に進捗があったとのことなので。つきあってもらってもいいですか?」

「もちろんだ」

 うなずいたオスカーに軽く抱きしめられる。見上げて首をかしげた。


「オスカー?」

「……自分はやはりジュリアが好きだなと」

 すごく嬉しいけれど、唐突すぎやしないか。もうみんな帰っているとはいえ、道場の前というのも少し恥ずかしい。

 そう思いつつ、彼のぬくもりに甘える。


 オスカーの声が続く。

「ジュリアといると大事にされていると感じる」

「……私も、ですよ? あなたに、とても大事にしてもらっていると思います」

「そうか……」


「……あの。ごめんなさい」

「ん?」

「私にとって異性はあなただけだけど、体の性別はありますものね。他の男性との距離は、もう少し気をつけますね」

「……ああ。ありがたい」

 オスカーがホッとしたような嬉しそうな表情になる。言わないようにしていただけで、気にはさせていたのかもしれない。


 それから、少しだけ彼の視線がさまよって、戻ってくる。

「……ジュリア」

「はい」

「引かないで聞いてもらいたいのだが……」

「なんでしょう?」

「……ジュリアの左手の薬指に指輪を贈りたい」

「ぇ……」


 左手の薬指の指輪。

 その意味は、男性であっても知っているだろう。指定してきたのは、そういう意味だと捉えていいのだろうか。

 すぐには答えられないでいると、オスカーが申し訳なさそうに眉を下げる。


「イヤならいいのだが……」

「いえ。すごく嬉しいのですが……、いいのかなって」

「ダメだろうか?」

「うーん……、私が一方的に得をしてしまう感じがして。その……、こ、婚約、ですよね……?」

 改めてちゃんと言葉にするのは恥ずかしい。


「ああ。そのつもりで言っている」

(きゃああああっっっ)

 嬉しすぎて意識が飛びそうだ。けれど、ちゃんと確認はしないといけない。


「……でも、その先に進めるのか、いつ進めるのかはわからないから。今、あなたをしばってしまっていいのかなって」


 世界の摂理の問題は解決していない。解決するかどうかもわからない。結婚しても大丈夫だという保証がないから、解決するまで結婚できない。

 こんな状態で婚約するのは彼に申し訳ない。


「むしろ……、ジュリアは自分に縛られるのはイヤだろうか」

「私は嬉しさしかないので……。私が一方的に得しちゃうなって」

「問題ない。ネックレスでは虫除けとして弱かったから、強力な虫除けというか魔除けというか……、周りが手出しをしてこないようにしたくなっただけだから。むしろ自分のエゴかと」


 すごく申し訳なさそうに告白してくれるオスカーがものすごくかわいい。


「ふふ。お守り、ですかね。……それなら、喜んで」

「ん……」

 ふわりと唇が触れあうだけのキスをされる。嬉しくて、同じようにキスを返す。


「お前らいい加減にしろ! 他人の敷地内でいちゃつくな!!」

 離れたところからアレックの声が飛んできた。家の窓から見えていたらしい。話までは聞こえていないだろう。他人の敷地内でいちゃつくなというのは正論すぎる。


「……行きましょうか」

「ん」

(ん?)

 オスカーは頷いたはずなのに、もう一度唇が触れあった。

(ひゃあああっっ……)


 見られているのがわかった上だから、あえて見せつけたように思う。

(オスカー、時々こういうことするのよね……)

 飲み会でキスをされた時も、周りに見せるためだった。人前でするのを恥ずかしくは思わないのか、恥ずかしさよりも優先するものがあるのか。イヤではないけれど、自分は恥ずかしい。


「……冒険者協会の後に宝石商か」

「えっと、宝石商は後日がいいかなって。もう少しオシャレをして行きたいです」

「わかった。近いうちに一緒に選べたらと思う」

「はい。楽しみにしていますね」


 魔法でホウキを出したら、オスカーが少し迷うようにしながら尋ねてくる。

「乗っても?」

(ひゃああっっっ)

 心臓が爆発しそうだけど、断る理由はない。

「……はい」


 自分の心音を聞きながらホウキにまたがる。後ろに座った彼が腕を回してくる。

 どんどんオスカーが大胆になってきている気がする。控えめに接してくれる彼も好きだけど、積極的な彼も大好きだ。ドキドキが止まらない。

(心臓、持つかしら……)


挿絵(By みてみん)

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