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30 [オスカー] ブラッド、お前もか


 ジュリアとホウキを並べて、ブラッドのところへと向かう。


(昨夜は逃げられた……のか? どんな顔をしているんだかな)


 自分が戻ったのと同時にブラッドは空間転移で姿を消した。その前に、ジュリアが酔ったブラッドを介抱する話があったそうだ。ジュリアはもっと男を警戒すべきだと思う。


 気になっているのは、ルーカスが「ここにいる男でジュリアちゃんを好きじゃない人なんていない」と口走ったことだ。

 言葉のままに受けとると、ルーカスからはブラッドにもいくらか気があるように見えているということになる。


(酔っていたし、ただの言葉のあやかもしれないが……)

 気にならなくはない。気があることまでは許すことにしたとして、手を出される可能性があるのかどうかは大事なところだ。


「また恥ずかしいのじゃないといいのですが」

「ん?」

「ユリア像です。前のはちょっと……、だいぶ、恥ずかしかったので」

「ああ、そうだな……」

 特にブラッド・ドイルを警戒したことはなかったが、考えてみると、あのユリア様像を男湯に置いた犯人だ。


(ジュリアをそういう目で見てないとは言い切れないな……)

 そう思い始めると限りなく黒に近い気がしてくる。まったくそんなそぶりがなかったルーカスが黒だったことが疑心暗鬼に拍車をかけているのだろう。


「オスカー?」

「なんだ?」

「顔が難しくなってますよ? 何かありました?」

 ジュリアから見てわかるくらい顔に出ていたようだ。慌ててとりつくろう。

「……いや。……ジュリアは、ブラッドをどう思っているんだ?」


「ブラッドさんですか? うーん……、同志でしょうか」

「同志?」

「はい。自分の利益よりも元貧民窟のみんなのことを優先して考えてくれる、同志です」

「……そうか」

 ジュリアの目には信頼がある。ルーカスに対してもそうだが、自分が異性として見られる可能性は微塵みじんも考えていなさそうだ。その逆の自信はどこから来るのかといつも思う。


「ブラッドさんがどうかしましたか?」

「あの像を作らせた犯人だと思うと、いくらか思うところがある」

「あー……、でもあれ、多分ブラッドさんは許可したのと、運搬と石化に協力しただけで、作らせたわけじゃないと思いますよ」


「というと?」

「ただのイメージですが。おじいちゃんの趣味な気がします。なので今回は、ブラッドさんがどれだけ抑えてくれたかを見に行く感じでしょうか」

「……ジュリアはブラッドを信頼しているんだな」

「そうですね……。ブラッドさんに限りませんが」


「限らない?」

「はい。まず、あなたは当然、一番信頼しているとして」

(一番……)

 そう言われただけで機嫌が二段階くらい上がった。我ながら単純だ。


「ルーカスさんは、私たちの参謀として信頼していますし」

(ルーカスか……)

 参謀としての信頼と言われるなら、それは自分も同じだろう。そうであっても男として近づくのはイヤだが。


「フィくんは、私たちが知りえない政治的な話になった時に頼りになるし、実務能力もすごくついてきてて、努力家だなと思うし」

(ジュリアにいいところを見せたいだけだろう……)

 気持ちはわかるが、男として近づくのはイヤだ。


「バートさんは性格はアレですが、商売感覚は確かだなと思うし」

(商売人の家だからな……)

 性格的な部分で、絶対に男として近づけたくない。


「バーバラさんは、周りを見ようとしているときはよく見えていて、合わせたり人のバランスをとったりも、本当はできる人だなって」

(見ようとしていないときの方が多い気もするが)

 女性同士だからバーバラは特に警戒しなくてもいいだろう。


「魔法協会のみんなも……、ストンさんは物事を丁寧に正確に行うのが得意ですよね。ダッジさんは、言動は軽そうに見えるけど、仕事は慎重。あと……」

 すらすらとメンバーのいいところが出てくることに驚いた。ジュリアとしては、特にその部分に信頼を置いているということなのだろう。彼女のフィルターを通すと、彼女の周りの誰もが頼れるいい人に思えてくる。


「……あ、着いちゃいましたね」

「ああ」

「すみません。私ばかり話してしまって」

「いや。ジュリアの声は心地いい」

「……私は、もっとあなたの声を聞きたいです」

(ああああっっっ)

 さらりとクリティカルヒットを打ってくるのはやめてほしい。理性が吹き飛ばされて何も考えられなくなりそうだ。


 ジュリアが言うだけ言って、新しい像と共に待つブラッドのところに降りる。後を追って隣に立つ。

「お待たせしました、ブラッドさん」

「……今は普通だな」

「? なんですか?」

「いや、こっちの話だ。じいさんに作り直させたんだが、これならいいか?」


 上半身は布が密着している感じで体のラインがわかるものの、ポーズが清純な印象に変えられているのもあって、それほど扇動的せんどうてきではなくなっている。上に続いて腰から脚へのラインはきれいに出ているが、その先は足元まで布が広がっている。

 性的な雰囲気はかなり抑えられて、崇高すうこうな女神像という印象だ。


「……キレイすぎませんか?」

「自分はいいと思う」

「彼氏の方はいいそうだ」

「うーん……、まあ、私の像じゃなくて、あくまでも私をモデルにしたユリア様像ですものね……。

 本音では偶像崇拝を禁止したいのですが、村人限定の大浴場限定なら……」

 ジュリアからの許可に、ブラッドがホッとした表情になる。


「これでもかなり長時間、じいさんと議論したからな……。却下されなくて本当によかった」

「ありがとうございます、ブラッドさん。ブラッドさんの尽力にはいつも感謝してます」

 ジュリアが満面の笑みを向ける。ブラッドが息を飲んだ気がした。


(……黒だな)

 ため息をつきたい。無意識にたらしこむのは本当にやめてほしい。


「OKが出たから、前に来てもらった魔法使いに石化を頼む。近いうちに依頼する可能性はもう連絡してあるから、そうかからないはずだ。終わったら像を入れ替える」

「はい。連絡をいただければ、なるべく早く前のを取りに来ますね」

「それで頼む」


 黒は黒だが、常識的ではあるようだ。どうこうしようという印象は受けない。立ち位置はルーカスに近いだろうか。警戒値をゼロにはできないが、他の二人よりはずっと低くていいだろう。

(元怪盗が領主の息子や商工会長の孫より常識的だというのも変な話だな)

 内心で苦笑しつつ、現実的な対処はしておく。


「ジュリア。引き取りは自分も一緒に」

「あ、ありがとうございます。当たり前のように一緒に来るつもりでした」

「そうか」

 ジュリアは少し前までなんでも一人でやろうとしていたのを考えると、大きく進歩している気はする。


(一番信頼している、か)

 その言葉が浮かんで、改めて嬉しさがにじみでた。


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