28 朝から大好きな声を聞けるなんて幸せすぎる
(はぁ……、幸せだわ……)
昨日の夜オスカーが送ってくれて、溶けそうなくらいたくさんキスをしてくれた。ほわほわしたまま眠りについて、目を覚ましてもまだ幸福感が残っている。
今日も迎えに来てくれるし、明日、日曜も迎えに来てくれる。日曜日も一緒にいられるようになったから、しばらくは顔を合わせない日がない。
(完全な外部研修になるのがさみしくなりそう……)
魔法協会に入って一年経つ夏頃からか、遅くても秋か。完全な外部研修が始まると、魔法協会には週に一日しか顔を出さなくなる。平日オスカー欠乏症になりそうだ。
(……今から考えてても仕方ないわね)
まずは今日の時間を大事にしたい。
「……ぁ」
今日二人で何をしようかと考えて、昨日の帰りに伝え忘れたことを思いだす。
(会った時に話すのがいいかしら? それとも早めに連絡した方がいいかしら?)
どっちにもメリットとデメリットがある気がする。差し引きすると大差ないかもしれない。
連絡魔法を送ることに決めたのは、少し早く彼の声を聞きたくなったからだ。
「インフォーム・ウィスパー。オスカー。おはようございます。今ちょっといいですか?」
光が部屋を抜けて飛んでいく。
戻ってくるまでの間に出かける準備を進める。
(一緒に住んでいたら、起きてるかを知るのも相談するのも楽なのに)
思って、それは結婚と同義だと気づいた。ずっと一緒にいる権利だ。一年前は完全に諦めていたのに、今は望んでしまっている。
すぐに魔法の光が戻ってくる。
『おはよう、ジュリア。なんだ?』
(きゃあああっっっ)
自分の部屋で、耳に近い位置で彼の声が響いた。それだけでもだえてしまいそうだ。丁寧な物言いではない低めの声の、響きが優しい。大好きな音だ。
深呼吸をして息を整えて、用事の方へと意識を戻す。
「昨日伝え忘れたことがあって。ブラッドさんのところの新しい像ができたから、早めに見てほしいとのことでした。今日向かってもいいでしょうか」
『了解した。迎えは予定通りでいいか?』
「はい。ありがとうございます」
魔法を介した短いやりとりだったけれど、オスカーを近くに感じられて、これはこれですごくいいなと思う。
そう経たないうちにまた連絡魔法が飛んでくる。
(あれ? まだ何かあったかしら)
用事は済んだはずだ。
『……朝から自分の部屋でジュリアの声を聞けて嬉しかった』
(きゃああああっっっっ)
なんてことを送ってくるのか。嬉しすぎる。何度でもリピート再生したいが、連絡魔法にその機能はない。その場で消えてしまったのが残念すぎる。
(……もっとオスカーの声を聞きたい)
できればずっと聞いていたい。けれど、それは後の楽しみに残すしかない。
オスカーに返事を送る。
「私も。あなたの声を聞けて嬉しいです。……お迎え、楽しみに待っていますね。
……オスカー。愛してます」
最後の一言を言うかどうか迷ったけれど、今は言いたくてしかたなかった。大好きが溢れている気がする。
ずっと浸っていたいけれどそういうわけにもいかないから、やるべきことをやっていく。ブラッドにも連絡を送らないといけない。
「ブラッドさん、おはようございます。ジュリアです。
像の確認の件なのですが、今日伺ってもいいですか?」
送って、ちょっと声がふわふわしたままじゃなかったかと心配になる。
すぐに返事が来た。
『今日ならいつでもいいぞ。着く時間がわかったら連絡してくれ』
(よかった)
戻ってきた声は普段通りだ。気づかれるほどじゃなかったのだろうと安心した。
少し早く、出る準備が終わった。
(……あれ?)
なんとなく窓の外に視線がいって、門の前にオスカーがいることに気づく。
(まだ約束の時間には早いけど……)
会いたすぎて幻でも見ているのではないかと思って確認するが、本人のようだ。
ノッカーは鳴らされていない。時間まで待つつもりなのかもしれない。
それに気づいたら、もう飛びだしていた。足早に彼がいるところへと駆ける。
「オスカー」
「……ジュリア?」
少し驚いた顔がかわいい。大好きが止まらなくて、つい抱きついてしまう。
「早かったですね?」
「ああ。……ジュリアに会いたくて」
(ひゃあああっっ)
そっと包むように彼の腕が回って、耳に甘い声が落ちる。
「時間までは待とうと思っていたが……」
「部屋から見えたから来ちゃいました」
「急がせてしまっただろうか」
「いえ。……少しでも早くあなたに会えたの、すごく嬉しいです」
彼の腕に力が入る。しっかりと抱かれているのが心地いい。
「……ジュリア」
「はい」
「愛してる」
(……ぁ)
思いがけず返った甘いささやきに、体の力が抜けそうになった。支えてくれる彼の腕に甘えて、回した自分の腕にも力をこめる。
「……はい」
視線が絡む。愛しい深い青に吸いこまれそうだ。
どちらともなく唇を寄せあう。何度か触れ合わせて、昨日の夜より早く解放されたのは朝だからかなと思う。少し残念だ。
「……すっかり忘れていたのだが」
「はい」
「家の前では……、こういうことをしないとクルス氏に言わされたのを思いだした」
「ぁ」
そういえばそうだった。だいぶ律儀に守っていて、それが当たり前になって、そうしていた理由を忘れるくらいには時間が経っている。
もう時効でいいんじゃないかと思わなくはないけれど、今後を考えると父の機嫌を損ねるのは得策ではない。門の前はいくつかの部屋の窓から見えるのだ。近所の目もまったくないわけではない。
名残惜しく思いながらオスカーから離れる。
「用事を先に済ませる方向でいいですか?」
「ああ」
「ブラッドさんに、今から向かうって連絡しますね」
どうにもふわふわした感じが抜けなくて、秘密基地で休んでからという案も浮かんだが、出たくなくなる気がする。今行った方がいいだろう。
「ブラッドさん。今から、街からホウキで向かいます」
いつも通りに言ったつもりだったけど、耳に返る音は少し違う気がする。どうしてもまだ浮かされた感じが抜けていない。
オスカーが目を瞬いた。
「……オスカー?」
「いや……、自分の問題で……、一瞬、ジュリアのかわいい声を独り占めしたくなっただけだ……」
「かわっ、え……」
すごく嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。
すぐにブラッドからの返事が届いた。
『了解』
(ブラッドさんは用事だけを簡潔に返すタイプなのね)
連絡魔法の送り方には個性があると思う。仕事だとなんとなくテンプレートがあるけれど、個人になるとその人次第だ。
「……ジュリア」
「はい」
「用事が済んだら……、今日は秘密基地でもいいだろうか」
オスカーの声もまだ甘く聞こえる。
(秘密基地……)
二人きりになっても襲わない自信はないけれど、彼と二人きりでゆっくりしたいとは思う。それに、一瞬浮かんだのと同じ案をオスカーが望んでくれているのが嬉しい。
「……はい。食材を買ってきて、一緒にお料理しましょうか」
「ああ。楽しみだ」
なんだか新婚みたいだなと思って、それはまだ早すぎると打ち消した。




