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27 [オスカー] 密室で男と二人きりは絶対にダメだ


「……なんの話だ?」

「あ、オスカー。おかえりなさい」

 ジュリアが嬉しそうに振り返ってくれる。かわいい。が、今はそれどころではない。


 見回したら、ブラッドが何も言わずに空間転移で姿を消した。


(逃げた……? いや、ブラッドはジュリアに対してフラット……、だよな?)

 ルーカスの本音を聞いて、自分に見えていることが全てではないと思った。見えていることをどこまで信用していいかがわからない。けれど、いなくなった相手は後回しだ。


「誰が誰に手を出すって?」

 バート・ショー。目下はこの男が一番の危険分子だ。

「一般論の話ですよ。ジュリアさんが部屋まで介抱に来てくれたら、押し倒さない男はいないでしょう?」

「……シラフで言っているんだよな?」

 バートは年下組で、酒は入っていないはずだ。


「すみません、オスカー。ブラッドさんがかなり酔ってて、倒れそうになって。介抱しに行く話をしたら、フィくんとバートさんに止められて。なのでそれは言葉のあやというか、多分悪気はないというか」

 ジュリアが困ったように説明してくる。言葉としては理解できるが、内容の理解が追いつかない。


「……待ってくれ。誰がどこに誰の介抱に行く話だったんだ?」

「えっと、私が、ブラッドさんの家に、ブラッドさんの介抱に、です。帰りはホウキなら危なくないし、すぐですし」

 頭を抱えたくなる。ルーカスからジュリアにはうかつなところがあると言われて急いで戻ってきたのは正解だった。うかつにもほどがある。


「……ジュリア」

「はい」

「……フィンとバートが正しい」

「え……」

「帰りの問題以上に、男と二人きりで密室に入ることに危機感を持ってほしい」

「けど、ブラッドさんですよ? バートさんではなく」

「ジュリアさんの中の俺の扱いが正確すぎてほんと笑えるんだけど」


「だとしても、だ。出来心というものもあるし、酒が入っていると誰でもタガが外れやすくなるんだ。

 ジュリアは魔法で抵抗できると思っているかもしれないが、前にスピラに急に抱きつかれた時には何もできなかっただろう?」

「……確かに、そうでした」


「え、誰? そのうらやましい話」

 ろくでもないことを言うバートをにらんでおく。

「あ、スピラさんは……、オスカー、ルーカスさんと、ブラッドさんとしか面識がなかったですね」

「ちょっとした知り合いのセクハラ男だ」

「……あながち否定しきれません」


「こういう場まで禁止する気はないが。密室で男と二人きりは絶対にダメだ。いいな?」

「わかりました」

 しょんぼりとしてうなずかれる。少し強く言いすぎたかとも思うが、そこは譲れない。


「あの」

「なんだ?」

「ルーカスさんは大丈夫でしたか?」

「……ああ。酒の勢いでジュリアに誤解されそうな言い方をしたと気にしていた」

「誤解ですか?」

「よく本人が、ジュリアのことは人として好きだと言っているだろう?」

「そうですね」


「けどこの場にはそうじゃない男も多いから、誤解を生まないようにそういうことは言わないようにしていたのに、フィンが堂々と言っていたのが気にさわったそうだ」

「そうだったんですね」

 ジュリアがホッとした顔になる。疑うそぶりはない。

(これでよかったんだよな?)

 ルーカス本人がそれを望んでいた。ジュリアにとってもこれでいいはずだ。


 フィンが残っていた酒を飲みくだしてから、小さく息をついた。

「今日はこの辺りでお開きにしましょうか。今後の方針も定まりましたし、また来週ということで」

「そうですね。ルーカスさんもブラッドさんもいないですし、また来週、いつもの感じで集まりましょう」

(いつもの感じ、か)

 ジュリアは酒のない会議を想定しているのだろうが、つい違う意味に聞こえてしまう。


 バーバラがグラスのジュースを飲み干して、ドンと珍しく音を立てた。

「わたし、フィンくんに言いたいことがあるのだけど」

「なんでしょう?」

「絶対、フィンくんが後悔するようないい女になってやるんだから!!!」

「……それは、楽しみにしていますね」


「ジュリア!」

「はい」

「どうやったらおっぱいが大きくなるか教えて!!」

「……はい?」

 唐突に意味不明な話をふられたジュリアが首をかしげる。

(待ってくれ。バーバラは何を言いだしたんだ……)


「おっぱいよ、おっぱい! わたしもぼいんぼいんになるんだから!」

「えっと……、すみません。何もしていないので、教えられることはないかと……」

「秘密ってこと?」

「いえ、ほんとに……」


「あの、バーバラ? 僕がリアちゃんを好きなのは、胸が理由では……」

「わかってるわ。けど、男なんてみんな、あるに越したことはないっていうのが本音でしょう?」

「……バーバラさん、ジュースで酔ってます?」

「酔ってないわ!」

「バーバラ。兄として助言すると、確かにジュリアさんのおっぱいには埋もれたい」

「バートさん?!」

(やはりバート・ショーは消したいな)


「けど、バーバラサイズはバーバラサイズで悪くないし、なんならあんまりないのも悪くない。女の子のおっぱいはおっぱいっていうだけで素晴らしいんだ」

「バートさんもジュースで酔ってます……?」

「酔ってません」


「お兄様の性癖はどうでもいいですわ」

「ジュリアさんに言われたい」

「黙れ変態」

「それもジュリアさんに言われたい」

「言いませんって……」

 最後までぐだぐだだ。ため息が出る。



 ホウキで並んでジュリアを家へと送る。ホウキに乗せたいのも乗せてほしいのも、出発地と目的地の手前、ガマンした。

 特に目的地で目撃されるのがマズい。口を出されないことになっているとはいえ、クルス氏はおもしろくないだろう。自重は大事だ。


「むしろ私が送った方がよかったんじゃないでしょうか」

「そこまでは飲んでいないから問題ない」

「……あの、オスカー」

「ん?」

「もし……、私がオスカーの介抱に部屋に行ったら。……オスカーは押し倒しますか?」


(今度は何を試されているんだ……?)

 そんなの押し倒したいに決まっている。けれど今はそれができないから、生殺しという結果は目に見えている。


「……もしそうされたら、ジュリアはどう思う?」

「え……」

 街の灯りで少しだけ表情が見える。恥ずかしそうにうつむいて考えているのが、かわいい。


「……建前では困るけど、本音では嬉しい、かと」

(うわああああっっ)

 なんてことを言うのか。ブレーキをかけてもかけても突破されて、ほとほと困っているとルーカスが言っていたが、まさにそれだ。


「でも……、最後まではできないから。……そこも、介抱、ですかね……?」

 聞こえるか聞こえないかくらいの声がどこか熱を帯びて、甘い。

(待ってくれ。『そこも介抱』って、何をしてくれるんだ……??)

 思わず息を飲む。頭が沸きそうだ。


(自分が嫌いな自分を許して受け入れてくれる、か)

 あのルーカスに「嫌いなぼく」があることには驚いたが。

 自分もまた、コントロールできずに持て余している部分を許されていると思う。どうにも愛しさが止まらない。

 これまでのかわいい表情やしぐさも次から次へと浮かんで、どこまでも思いがふくらんでいくかのようだ。


 いっぱいいっぱいになって話せないでいるうちに着いてしまった。時間が遅めだったからホウキにしたけれど、歩いて送った方がよかった気もする。

 ジュリアからも言葉は出ないまま、彼女の家の門の前に並んで立った。


(なんて言えば……)

 考えないとと思う前に抱きつかれた。

(ああああっっっ)

 今はそれだけでも刺激が強すぎる。思考が溶けそうな甘い香りがする。おずおずと見上げる視線が、熱と憂いを帯びてうるんで見える。つややかな唇がおいしそうだ。

(食べてしまいたい……)


 続いたのは思いもしない言葉だった。


「……嫌いになりました?」


(待ってくれ。どこからそんな発想が出るんだ?)


「なぜ?」

「その……、私が……、恥ずかしいことを、言ったので」

(うわあああああっっっ。かわいいかわいいかわいいかわいい)

 恥ずかしそうな泣きそうな、そんな顔をさせてしまったのは申し訳ないはずなのに、どうにもかわいくてしかたない。


 考えがまとまるより先に体が動く。

 ちゅっと音を立ててキスをして、それだけでは収まらなくて、かわいい唇と何度も触れ合わせる。

 彼女から、もっとと求めるように頭に腕を回されて、軽く唇をまれた。

(っ……)

 返すように喰んで、場所も忘れて繰り返し思いを重ねる。


 彼女に染まって、他には何も考えられなくなりそうだ。


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