25 [ルーカス] こんなに冷や汗をかいたのは生まれて初めて
オスカーに店から連れ出され、魔法封じの檻に入れられて空を運ばれていく。ホウキに乗っているオスカーは振り返らないし、ずっと無言だ。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい……)
冷や汗が止まらない。このまま埋められても文句を言えないことを口走った自覚はある。
(酒怖い……)
ものすごく気をつけて隠してきたのだ。いくらフィンの発言に心底イラッとしたとはいえ、やらかしたのは酒の勢いが大きい。
(どうしよう……、どうすればいい??)
今の関係を壊したくない。確かにジュリアを女性として見てしまう時はある。けれど不毛なそれよりも、オスカーとジュリアからの友人としての信頼の方が大事だ。
初めてジュリアに会ってから一年くらいになるだろうか。信頼を積み上げるのには時間がかかって、崩れるのは一瞬だ。
(どうすれば取り戻せる??)
酒が残る頭をフル回転させるが、糸口は見えてこない。まずはこの後オスカーがどう出るかを見て、謝り倒して、それからジュリアにはなんとかごまかせないだろうか。
(ジュリアちゃんに対して認めて、気に病ませたくはないんだよね……)
ジュリアはフィンにもバートにも、応えられなくて申し訳ないと思っている節がある。相手からの片思いなんて放っておけばいいのに、だ。
異性はオスカーだけだと言い切っているから、友人に対する申し訳なさという感じなのだろう。もし自分の思いが彼女の中で確定事項になったら、晴れて彼らの仲間入りだ。
(……うっわ、最悪)
なんとしてでもそれは避けたい。
店から寮まではそう遠くない。たいして考えられないうちに降ろされた。地についたのと同時に魔法封じの檻も解除される。
オスカーが横に並んで、一緒に建物の中に入っていく。
「……ルーカス」
「うん」
「いつからだ?」
「……聞きたくないだろう本音と、何もなかったことになる本音。どっちがいい?」
「真剣に聞いているのだが?」
「うん。ぼくも真剣に答えてるよ。……前にも言ったけど、ぼくは君たちの関係が好きだし、今のぼくの立ち位置が好きだから。……だから時々ジュリアちゃんが女の子に見えちゃうことは、墓まで持っていくつもりだったんだよね」
オスカーが長いため息をつく。心臓が縮みあがる。
「……ジュリアが。自分に対して、モテるのは当然だと。世界一カッコイイからと言っていた」
「え、突然、のろけ?」
ジュリアなら言いそうだ。ありありと浮かぶ。
「一緒にいる時に、自分の幼なじみ? から、告白されたんだが」
「……自慢?」
「最後まで聞け。それで……、自分が幸せなら誰を選んでもいいはずなのに、手放したくない、と。……すりよってマーキングされた」
「うん。ジュリアちゃんらしいね」
こんな時なのに、想像するとつい笑みがこぼれる。
「めちゃくちゃかわいいだろ?」
「知ってる。ジュリアちゃん、時々反則級にかわいいことしてくるんだよ、無意識に……」
「時々じゃない。いつもだ」
「うん。オスカーに対してはいつもだね」
「それで……、お前を運びながら考えていたんだが」
「うん。煮るなり焼くなり埋められるなりされる覚悟はできてる」
今までずっと本心を隠して、二人を騙してそばにいたのだ。二度と近づくなと言われるくらいで済むなら優しい方だろう。
オスカーが真顔で話を続ける。
「ジュリアがモテるのは当然じゃないか? 世界一かわいいんだから」
「まあ、うん。ぼくも惚れた手前、それは否定できないかな」
「気がある男は全員排除したいという本音はあるが。ジュリアを好きになること自体はどうしようもない気もするから……、お前が今までと変わらないでいてくれるなら、飲みこんでおこうと思った」
「!」
完全に想定外だ。
ジュリアに対しては独占欲の塊みたいなオスカーが許容してくれるなんて。
「……本音言っていい?」
「ああ」
「すっごい嬉しい。オスカー大好き!」
「裏声はやめろ」
「あはは」
茶化したけれど、本当に本心だ。またこうしてオスカーの前で笑えるのが嬉しい。
「ジュリアには自分がごまかしておく。それでいいか?」
「うん。ジュリアちゃんの負担にはなりたくないから、お願いできると助かるかな。
普段のぼくならあんなヘマはしないんだけどね。これからはお酒は控えるよ」
「そうだな。せめてジュリアのいないところにしてくれ」
「そうだね。時々、ジュリアちゃんのかわいさをグチらせてね?」
「グチなのかそれは……」
「うん。ほんと反則。……『好き』って言われた時だよ、最初は。我ながら単純だよね」
「……そうか」
「それで……、ジュリアちゃんは、ぼくが嫌いなぼくを許して受け入れてくれるから。ブレーキをかけてもかけても突破されて、ほとほと困ってる」
「あれだけ一緒にいたのにまったく気づかなかった自分に驚いている」
「あはは。そこはね、すごくがんばったから。褒めてくれていいよ」
「……そうだな。知らないところでのルーカスの努力のおかげで今の関係があるんだと思う。それには感謝してる」
「……うん」
オスカーのことも、やはり人として好きだ。バカップルを応援し隊の隊長でいるのが、きっと一番居心地がいい。
「早く戻ってあげて。ジュリアちゃんうかつなとこあるから。バーバラちゃんがいるとはいえ、オオカミの群れの中に残したままでしょ?」
オスカーの顔色が変わる。自分のことに驚きすぎて頭が回っていなかったのだろう。
「……また職場で」
「うん。また来週」
言ってドアを閉めきる前に、オスカーが身体強化をかけて飛んでいった。
ベッドに突っ伏して長いため息をつく。
(墓まで持っていくつもりだったんだけどなあ)
本当にうかつだった。そう思うのに、知ったオスカーに許されたことが嬉しい。ウソをつくのには慣れているけれど、あの二人にウソをつき続けるのは心苦しかったのだろうと、知られてから思う。
(ジュリアちゃんの凄いところ、ぼくのが知ってるし。ぼくだって、ほんとに凄いなって、好きだなって思ったし)
フィンの発言があんなにも腹立たしかったのは、言えないで飲みこんでいた本音をさも当然のように口にしたからだろう。酒の席だと前置いたにしろ、言っていいことといけないことがある。
ジュリアを好きだと公言してはばからない二人は、ある意味では敵だ。自分の感情を波立てるという意味でも、バカップルを愛でるという意味でも。
牽制するために仕事の関係に持ちこんだけれど、会う機会を増やしてしまったのは早まっただろうか。
(……ん? 待って)
さっきオスカーはなんと言っていたか。自分の処遇がどうなるかでいっぱいいっぱいだったのと、世界一かわいい発言がさすがすぎて聞き流していたけれど。
(幼なじみから告白された……? ジュリアちゃんがいる前で??)
事件は知らないところでも起きていたようだ。
(ちょっと待って、オスカー。そこんとこ詳しく!!)




