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23  [オスカー] 天使のような彼女がかわいすぎる


「ジュリアに返すものがあるから自分も外させてもらう」

 ジュリアが更衣室に向かったのを追って足を向ける。


「待て、オスカー!」

「なんだ?」

「そ、その、……返事、は」

「返事?」

 なんの話だろうかと考えて、そういえば告白まがいのことを言われたなと思いだす。

(そう言われたところで、さっきも言った通り、意外だという感想しかないのだが)


「……恋愛対象として見たことはないし、これからもないと思う」

「あの女がいるからか?」

「ジュリアは大事だが。もしいなかったとしても……、ケンカしかしてこなかった関係で、好いただなんだは実感が持てない」


「なんでだよ! 母さんと父さんはいつもケンカしてても仲がいいんだぞ?!」

「そういう関係もあることは否定しないが、自分はそこに愛情は見いだせない」

 師匠が頭を抱える。

「あー、聞いていると私にも非がありそうだ。悪かったな、オスカー」

「いや。……もういいだろうか」

「ああ。あとは私が何とかしよう」

「助かる」


 ジュリアから好きだと、つきあいたいと言われた時は、天に昇るかと思ったほどだった。けれど、アレックの告白には困惑しかない。

(自分がそれを望んでいるかどうか、なのだろうな)

 ジュリアが他の男から言いよられて、困った顔をしていたのが浮かぶ。今ならその気持ちがよくわかる。好意がイヤなわけではない。ただ、困るのだ。


 更衣室の前に着いたタイミングで中から扉が開いた。短時間で全身整っているから、魔法で着替えたのかもしれない。

「ぁ」

 ジュリアが一瞬驚いて、それからパァッと嬉しそうな笑みを浮かべる。その瞳に深い愛情が見てとれて、とても愛おしい。


「オスカー」

「ん?」

 少し考えるような迷うようなそぶりがあってから、胸元にそっと頭を寄せられた。

「ジュリア?」

「ふふ。マーキング、です」

(ちょっ、かわいいんだが?! ちょっと待ってくれ。かわいすぎるんだが?!)


「……ネックレスを返しても?」

「ありがとうございます」

 彼女から預かっていたハンカチを出し、ネックレスを取りだす。ちょっとした出来心がわいてくる。


「つけさせてもらいたいのだが」

「……はい。ありがとうございます」

 一瞬考えてから、はにかんだように笑ってくれる。

(かわいい……)

 くるりと背を向けて、つけやすいように髪を持ち上げてくれた。普段は隠されているなめらかなうなじがあらわになって、ごくりと息を飲んでしまう。


(落ちつけ……)

 そう思う時はたいてい落ちついていない。自分の鼓動を感じながら、彼女の首元にネックレスを回す。

(首輪、か)

 所有の証。それを理解した上で喜んでくれて、その上で付けさせてくれるというのはかなり嬉しい。


「できたと思う」

「ありがとうございます。あなたにつけてもらうの、嬉しいし……、なんだかすごくドキドキしました」

(それはこっちのセリフだ……!)

 もう一度半回転して向きを戻し、笑みを向けてくれる彼女がかわいくてしかたない。


 預かっていたハンカチも返す。あげたものをどれもとても大事にしてくれているのが、すごく嬉しい。

(本当は普段使いの服も贈りたいのだが。重いだろうか)

 魔法卿の妻ソフィアがジュリアに服を贈ったのがうらやましい。ホットローブは贈りあったけれど、季節が過ぎてしまって着られなくなっている。


「……もし今日にこりずに一緒に来てもらえるなら、ジュリアにここのための新しい訓練着を買いたいのだが」

「いいんですか?」

「ああ。自分が贈りたい」

「ありがとうございます。じゃあ、私も。あなたの訓練着、贈ってもいいですか?」

「……ありがたい」

 どうしてそこで嬉しそうに返してくるのか。クリティカルヒットだ。そんな彼女がものすごくかわいい。


「あ、でも」

「どうかしたか?」

「アレックさんには贈りあいっこは内緒ですね。ヤキモチ妬いちゃうでしょうから」

 指先を口元にあててシーのポーズをされた。かわいい。

「そうだな」


「アレックさんに服を返してきますね」

「ああ。……ジュリアは、アレックに思うところはないのか?」

「アレックさんにですか? そうですね……、あなたがモテるのは当然ですし。理由を知った今は、素直になれない子どもなんだなという感じでしょうか」


「……当然なのか?」

「はい。世界で一番カッコイイですから」

 本気でそう思っている顔だ。抱きしめてキスしたい。

 彼女が少し恥ずかしそうな上目遣いになる。かわいい。

「……だから、ちょっとだけマーキングしちゃいました。あなたが幸せなら誰を選んでもいいと思うのに、手放したくないなんて、ほんとワガママになったなって思います」


「自分はジュリア以外を選ぶ気はないから手放す必要はないし、そのワガママは嬉しい」

「……はい」

 見上げてくる視線が熱をはらんでいる気がする。ふれあいたいけれど、この場にそぐわないのはわかっているからガマンだ。


(それにしても……)

 さっきの格好はすごかった。アレックが男だったら絶対に前に出しはしなかっただろう。残っていた年中組の視線まで気になったのは我ながら狭量きょうりょうだと思うが。

 思いだすとまずそうで、必死に振り払う。


「……自分はそろそろ、午後に向けて準備しようと思う」

「はい。応援していますね」

 そう言われるだけでなんでもがんばれる気がする。



「お帰りなさい。お疲れ様でした」

(いいな……)

 彼女に迎えられるのはすごく嬉しい。それが日常になったらどんなに幸せだろうか。


「アンドレアさんとの模擬戦、すごかったです。動きを追うのに目だけ強化かけちゃいました」

「そうか」

 いいところを見せたくていつも以上にがんばったのは内緒だ。


「アレックさんは、午後は戻ってきませんでしたね」

「ああ、そうだな」

 昼の後師匠が、落ち着かせるために家に帰したと言っていた。以降、顔を見ていない。今までのアレックの態度が態度だったから、気にかかることもなかった。ジュリアの方が気にしている気がする。


 他の生徒を見送り終えた師匠がやってくる。

「ジュリア嬢。今日一日、見学してみてどうだっただろうか」

「はい。見学させていただき、ありがとうございました。普段のオスカーとの訓練から想像していたより、ずっと優しいなと思いました」

「ああ。想像にかたくない」


「……アレックさんがイヤじゃないなら、一緒に通わせてもらえたらと思ってはいるのですが」

「アレックか。アレは気にしなくていい」

「え、いいんですか?」

 ジュリアが驚いて目を丸くする。かわいい。


「ああ。正直、お灸を据えてもらえて助かった。自分の子だからか、私の言うことを全然聞かなくてな。

 それでも、オスカーが魔法使い見習いになってここを離れるまでは、負けじと普段からよく訓練していたんだ。その時点では年齢相応の見込みはあったんだが、離れた途端にピタリとやめてしまってな。

 家でオスカーが戻った話をしたら戻ってきたのだが、上の空で。何度、訓練所は恋愛にうつつを抜かすところではないと言っても、返ってくるのは『うるせえババア』だけでな。ほとほと手を焼いていて、いっそ出禁にするか迷っていたところだったんだ」


「そうだったんですね」

 ジュリアは納得して聞いているが、まったくうつつを抜かされた記憶がない。散々つっかかってこられてはいたが。


「アレックの中では、私やオスカーの方が強いのは当たり前で、私たちに負けることはなんとも思わないのだろう。それ以外には、まだなんとか昔の記憶で勝てていた。それがあの態度を助長している部分もあってな。

 ジュリア嬢のように一見自分より弱そうな女性に負けたというのは相当悔しかったと思う。しかも魔法使いだろう? 剣が本職ではない上に……、女としても完敗だからな。アレが変わるきっかけになるのを期待している」


「イヤな思いをさせただけにならなければいいと思います」

 ジュリアは優しすぎる。それが彼女のいいところでもあるのだが。彼女よりも自分の方が、アレックの彼女への態度を許せていない。


 ジュリアが少し考えて、結論を出した。

「……そう、ですね。アンドレアさんがよければ、来週から通わせていただけると嬉しいです」

「ああ。歓迎しよう」



 二人で訓練所を出た。

「これから訓練着を買いに行かないか?」

「いいですね」

「それで……、よければ、なのだが」

「はい」

 朝、迷ったけれど言わなかったことを言いたくなった。言っていいのかと思わなくはないけれど、それ以上に、今は彼女に触れたい。


「……自分のホウキに乗ってくれないか?」

「え……、いいんですか?」

「ああ。ジュリアがよければ」

 本心では、キスをしたりもっといろいろなことをしたい。けれど、それは難しい状況だ。今できることでしたいことを選んでいくと、彼女をホウキに乗せたいという衝動が大きくなる。


「……はい。じゃあ……、お願いします」

 恥ずかしそうな嬉しそうな表情で見上げてくるのは、ものすごくくるものがある。

(ああああああっっっ。天使のような彼女がかわいすぎるんだが、どうすればいい??)


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