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22 アレックとの模擬訓練とその本心


 アレックの訓練着を借りて、女性用の更衣室で着替えた。

(うーん……、これ、ちょっと恥ずかしいわね……)

 どうしたものかと悩んでいたら、外からオスカーの声がした。


「ジュリア? 大丈夫だろうか」

「あ、はい。すぐ出ますね」

「……売り言葉に買い言葉で巻きこんですまなかった。ジュリアがイヤなら、今からでも断ってもらって構わないが」

「大丈夫ですよ? 模擬訓練なら受けるって決めたのは私ですから」


 扉を開けて顔を出したとたんに、オスカーが赤くなって視線をそむけた。

「……やっぱり胸元、開きすぎですかね。これ以上ジッパーが上がらなくて」

 おさえつけてなんとかトップバストは収めたが、そこから先は進まなかった。ムリをして、借りた服を壊すわけにはいかない。


「……それもそうだし、体のラインも……」

「普段の訓練着はもっとゆったりしてますものね」

 アレックが着ていたのもゆったりしていたから大丈夫だろうと思っていたら、予備は作りが違っていた。ぴったりと体に張りつくタイプだ。胸元以外は全体的に大きいとはいえ、線は見える感じがする。


「やはり断って次回にしてもらおう」

「うーん……」

 悩ましいところだ。この格好で人前に出るのは確かに恥ずかしい。けれど持ち越したら持ち越したでアレックがめんどうな気もする。


「用意はできたか?」

 動かないでいたからか、アンドレアが様子を見に来た。

「……うらやましいくらい、いい体をしているな」

「え……」

 女性から言われるのもなんだか恥ずかしい。確かにアンドレアはスレンダーだ。背が高く、男装が似合いそうな体格だと思う。


「私はアンドレアさんのようなカッコイイ感じもうらやましいです」

 特に背はもう少しほしかった。

「そうか?」

 気負いなく受け取ってもらった感じが心地いい。


「準備ができているなら行こうか」

(これは準備ができていることになるのね……)

 アンドレアとしては、胸元が閉まっていないのは問題ないらしい。

「……そうですね。終わり次第、着替えさせてください」

「見せつけておけばいいと思うけどな」

「誰にですか……」

 アンドレアの謎の言葉には苦笑するしかない。


「あ、オスカー。お願いがあるのですが」

「……なんだ?」

「これ、預かっていてもらえますか? 本当は服の中に入れたかったのですが、そこまで布が来なくて。荷物には置きたくないので」

 そう言って、ハンカチで包んだネックレスを見せて、ハンカチごと差しだす。


「……わかった」

「ありがとうございます」

 ハンカチも彼からもらったものだ。箱を持ってきていない時の置き場としては申し分ない。


 訓練所の中央で、アレックが模擬刀二本と共に待っていた。

「やっと来たか。怖気付いたかと思……って、なんだその胸は!!」

「えっと……、すみません、これ以上閉まらなくて」

「嫌味か?!」

「はい?」

 何を言っているのかわからない。アレックの服では胸元がきついのは当然ではないのか。


「ジュリア嬢は早く着替えたいそうだから、早く始めるぞ。午後のクラスが来る前に終わらせよう」

「よろしくお願いします」

 アンドレアから模擬刀を受けとる。普段オスカーとの訓練で使っている、魔法で作った木刀より軽い気がする。木の種類が違うのかもしれない。


「ジュリア嬢は魔法使いだと聞いているが」

「はい」

「魔法の使用は禁止したいのだが」

「はい、もちろんです」

 魔法自体での攻撃や防御はどう考えても反則だし、身体強化も反則だろう。使用禁止は当然だと思う。


「判定は私がとる。私が止めるか、相手が降参と言うまでだ。いいな?」

「はい」

「始め!」

 アンドレアの合図とともにアレックが切りこんでくる。剣で受けていなし、次の一撃は避けて、再び剣で受ける。


(うーん……)

 剣筋は悪くないが、オスカーの方がキレイだ。動きのキレやスピードも、前に本気のオスカーと戦った時に遠く及ばない。年齢の差を考えても、剣聖の子という看板を背負うには役不足な気がする。


(それに、なんか集中してない気がするのよね……)

 剣ではなく違うことに意識がいっているような、ただ怒りやいらだちに任せて振っているような、そんな印象がある。受けるのも避けるのもいなすのも、そう難しくない。


 大体の動き方がわかってきたところで反撃に転じる。

(頭の上は滑りやすいし通常はかぶとがあるから、狙うのは防具の切れ目になる関節部分……)

 首の横で寸止めして、それから胴へ。こちらも当たる直前で止める。


「なっ、バカにしてるのか?!」

「模擬訓練であって戦闘ではないので、当てる必要はないですよね?」

「なめやがって! 後悔させてやる!!」

 勢い任せに真上から振り下ろされた剣を剣で受けて弾き飛ばす。相手の力を逆に利用した。


「そこまで!」

「ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、模擬刀を本来の場所に戻した。アレックは固まったまま動かない。


「ジュリア嬢はオスカーから教わっているとは聞いていたが。なかなかのものだな」

「ありがとうございます。師匠がいいんだと思います」

「少し前までオスカーがここを休んでいただろう? 彼女と過ごすと言っていて、戻ってきたらなまっているかと思っていたのだが、むしろ腕を上げていてな。あれには驚いたんだが、ジュリア嬢が相手を?」


「あ、それは私というより、私の魔法の方です。それ以上に、オスカー自身の努力だと思います」

「そうか。女に入れあげているのを知った時はそれなりに心配したんだが。ジュリア嬢でよかった」

「ありがとうございます」


(オスカーのお母さんも心配してたし、オスカーって女で身を滅ぼしそうに見えるのね……)

 今回改めてつきあって、あながち否定しきれないところはあると思ってしまう。大事にしてくれるのは嬉しいけれど、大事にされすぎているとは思うのだ。そんな彼が大好きなのだけど。


 オスカーが嬉しそうに駆けよってくる。

「ジュリア。よくやった」

「ありがとうございます」

 彼は自分の剣の師匠だ。彼の面目を保てたことも、彼が褒めてくれたことも嬉しい。

「着替えてきますね」


「待て! おかしいだろ? なんでオレが魔法使いの女なんかに剣で負けるんだ! 来る前に魔法をかけてきたんじゃないのか?!」

 更衣室に向かおうとしたところでアレックが声を上げた。オスカーが応戦してくれる。


「普段通りのジュリアだったが? それぞれの動きを見ている自分の予想通りだ。

 アレックは週末にここに来ているだけで、普段は動いていないのだろう? ブランクもあるんじゃなかったか?」

「それでも、三年前まではちゃんと訓練してたんだ!」


「昔とった杵柄はあるのだろうが。ジュリアは平日毎日、自分にしごかれてきているからな。今の体の仕上がりが違う。あのくらいは当然だ」

「……待ってください。オスカー、しごいている自覚があったんですか?」

 当初からハードだとは思っていたけれど、オスカーはギリギリ超えられるくらいのちょうどいい負荷にしてくれていると思っていた。


「……少しきついかと思うくらいで計画しても、一切文句なくついてくるから楽しくなっていたのはあるな」

「初耳です……」

 文句を言えば負荷が減ったのだろうか。もう慣れてしまったから今更どうにかしたいとは思わないし、外部研修メインになって訓練の時間がなくなるのが寂しくもあったりするのだが。


 アンドレアが声をあげて笑った。

「いいコンビじゃないか。ジュリア嬢がどれだけしごかれてきたかは動きを見ればわかる。それに文句を言わない女の子は希少だろう。大事にするんだな」

「言われるまでもない」

 嬉しいけれど、こそばゆい。ちょっと恥ずかしく思いながら彼を見ると、優しい笑みが返ってくる。

(大好き!!)


 次のクラスが来る前に着替えに行った方がいいという意識はあるけれど、もう少しオスカーを眺めていたくもある。

 と思っていたら、アレックがダバッと泣きだした。


「……すみません。そんなに悔しかったでしょうか」

「当たり前だろ?! オレはずっと、ずっと……、ずっと好きだったのに!!!」

「……はい?」

 剣の話だろうか。


 オスカーが不思議そうに尋ね返す。

「なんの話だ? そこまで真剣に打ちこんでいるようには見えなかったが」

「お前だよこの鈍感男!!!」

「……はい?」

 言っている意味がわからない。

(そういう趣味の方なのかしら?)

 それはそれで否定しないけれど、オスカーはノーマルだったはずだ。


 アンドレアが頭を抱えて苦笑した。

「とりあえず、ジュリア嬢にはコレが男にしか見えていないと思うんだが。一応、女の子なんだ」

「え……」

「性別は知っていたから、ジュリアの今の格好を許しているのだが。……ケンカを売られ続けた記憶しかないから、ものすごく意外だ……」


 言われてみると、アレックは男女どちらにもいる名前だ。外見と雰囲気から完全に男の子だと思っていたけれど、女の子だと言われると、言動に納得できるところはある。


「お前が鈍感だから悪いんだろ?! 戻ってきたっていうから戻ったのに、なんだよ、女がいるって! しかも連れてくるとか、頭おかしいだろ?!」

「私は聞いていたんだがな。昔からどう見ても脈なしだっただろ? 早くあきらめるに越したことはないと言い続けているんだが」


「まぁ、オスカーですものね。あきらめられないのはわかります」

「ハァ? ぽっと出の女に何がわかるっていうんだ!」

「わかりますよ? 百年以上、彼を愛していますから」

 一瞬、その場の時が止まった気がする。

(ぁ……)

 口がすべった自覚が出てくる。つっこまれたら困る話だ。


 沈黙を破ったのはアンドレアの笑い声だ。

「百年以上だそうだ、アレック。勝ち目はないな」

「えっと……、すみません。着替えてきますね」

 逃げるように更衣室へと走る。


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