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20 剣聖の子から目の敵にされているらしい


 翌朝、派手にならない程度におめかしをしてオスカーの迎えを待つ。

 剣聖アンドレア・ハントとの訓練を見学させてもらう予定の日だ。ブロンソンを紹介してもらったお礼を言えていなかったから手土産も用意した。


(一緒にいたいって言ってもらったの、ほんと嬉しい……)

 そんなオスカーが大好きすぎる。

 本音を言えば自分もずっと一緒にいたいし、いつでもデートしていたい。けれど彼のしたいことの邪魔にはなりたくはないから、彼の訓練の日はあきらめていたのだ。


(ついていける気はしないから、ずっと見学がいいけど)

 オスカーとの基礎訓練は続けている。自分に合わせてもらっていても十分ハードだ。オスカーが剣聖のところに行かずに一緒にいてくれている間、コピー人形と訓練していたのを眺めていたけれど、本気の彼の戦いはカッコイイものの、そこに混ざれる気はしない。


(自分だけ身体強化をしていいなら、なんとかなるだろうけど。スタミナもあるものね……)

 彼は自他共に認める魔法剣士だけど、自分はやはり魔法使いで、武術はちょっと毛が生えた程度だ。


 ノッカーの音が聞こえたのと同時に玄関を出て門へと向かう。

(オスカー、今日もカッコイイ!)

「おはようございます」

「おはよう」

「今日はよろしくお願いします」

「ああ。……ジュリア」

「はい」

 何かを言いたそうにして、考えて、やめたようなそぶりがあった。


「……いや。行こう」

「はい」

(何かしら……?)

 少し気になるけれど、言いたくなったら言ってくれるだろうと思って特に聞かないことにする。

 ホウキを並べてウッズハイムに向かう。


「訓練はお師匠様の家なんでしたっけ?」

「ああ。子どもの頃はうちに来て教えてくれていたんだが。敷地を広げて訓練所が建ったから、今はそこに通う形になっているな」

「だと、昔は個人レッスンで、今は何人か一緒っていう感じでしょうか」

「ああ。平日は個人レッスンもやっているそうだが、土日は基本的に複数人らしい」


「あなた以外にも魔法使いはいるんですか?」

「いや。みな剣士か剣士志望か……、護身や健康のためという者もいるが。魔法使いは聞かない。その中から今後、魔法使いになる者が出ないとは限らないが」

「子どもが多いんでしょうか」

「そうだな……、自分がそうだったように、仕事の見習いになった時点で辞めるのがほとんどだから。自分のような出戻りは珍しいし、ジュリアも年長の方になると思う」

「そうなんですね」


「冒険者をしていてたまに稽古をつけに来てもらうというOBもいるが。

 そういえば、師匠の子のアレックがジュリアと同い年くらいだったか。一度離れていたようだが、自分の後に戻ってきているな」

「なるほど。どんな方なんですか?」

「負けん気が強い印象だ。なぜか目の敵にされていて……、よくケンカを売られている」


「ふふ。ライバル認定でもされているんでしょうか」

「それはあるかもしれないな。幼い頃は年上の方が強くて当たり前だろうに、勝てないと泣かれていた」

「幼なじみなんですね」

「そうなるか……?」


 オスカーには自覚がないようだけど、関係としては幼なじみになるだろう。

 前の時には剣聖にもアレックにも会っていない。オスカーが剣の訓練に戻らなかったから、つながりがなかった。知らなかった彼の世界を知れるのは嬉しい。



 降りたのは、ウッズハイムの郊外寄りの一角だ。前の時に住んでいた高級住宅地からも、よく行っていた市街地からも離れている。来ようと思わなければ来ない場所だ。

 敷地面積は広い。訓練所は屋根がある建物で、個人の家の庭にあるとは思えない広さがある。一方で、隣に建つ家は庶民の一般的な大きさという印象だ。


 オスカーの後ろについて訓練所に入る。

(ぁ……)

 見たことがある姿があった。去年、オスカーの誕生日の前に彼にプレゼントを渡して、彼のホウキに乗っていた女性。

(剣聖アンドレア・ハント)

 その人に会いに来たのだから当然なのだけど、姿を見るとまた違った感じがする。理解はしているのに、ほんの少し飲みこみきれていない気がした。


「師匠」

「ああ、来たか」

「初めまして、ジュリア・クルスです」

 歩みよってきたアンドレアに自己紹介をして頭を下げる。

「よく来てくれた。オスカーとギルバートから聞いている。ギルバートはむしろ君に世話になったようだな」


「いえ、私もお世話になっているので。ご紹介いただき、ありがとうございました」

 元を辿れば、自分の解呪を相談させてもらったのが始まりだ。その後、オフェンス王国の解呪の件でギルバート・ブロンソンを頼ったところ、交換条件でジャスティン探しが始まった。

 オスカーがアンドレアに頼んでブロンソンを紹介してもらった元々の理由はまだ解決していないけれど、他は落ちつくところに落ちついて本当によかった。


 お礼の言葉と共に手土産を差しだすと、気負いのない笑みで受け取ってくれた。

「アンドレア・バローだ。旧姓のハントの方が知られているから、好きな方で覚えてもらっていい。ここでは大体、師匠かアンドレアと呼ばれている。好きにしてもらって構わない」

「はい。ありがとうございます、アンドレアさん。よろしくお願いします」


「ああ。今日は見学と聞いているが」

「はい。彼からここでの訓練に誘われたのですが。私がついていける自信がないので、まずは見せてもらえたらと」

「初心者から教えているからその心配は無用だが。構わない。楽にしてくれていい」

「ありがとうございます」


 女性だけど口調は男性的で、サッパリした印象だ。少しオスカーの話し方に似ている気がするのは、彼が子どもの頃からこの人の影響も受けてきたからなのだろうか。


 自分の外見年齢と近い年代の短髪の子が入ってくる。男性にしては肩幅が狭く、ルーカスより少し背が高いくらいか。


「うっわ、マジで女連れで来たんだ? 引くワー」

「アレック。自分に対してはどう言っても構わないが、ジュリアには通常の見学生に対する態度を望む」

 オスカーが名を呼んだことで相手が誰かがわかった。来る途中で話していたアンドレアの子、アレックだ。


「見学ねえ。ここはそんなふわふわしたお嬢さんが来るようなところじゃないからナァ。アクセサリーなんかチラつかせて、邪魔くさい」

 ついムッとしてしまったのは、今身につけているのがオスカーからもらったネックレスだけだからだ。最低限の装身具だし、動くのではなく見学であればそう邪魔になるものではない。

 何より、自分にとってはとても大事なものだ。どれだけの意味を持っているかを知らない他人からとやかく言われたくない。


「……ジュリアのネックレスは自分が贈ったものだ。この場に相応しくないとは思わない。前言を撤回しないなら宣戦布告ととらえるが?」

 アレックが驚いた顔になり、それから怒りで顔を赤くした。

「それならそれでいい。お前なんか大っ嫌いだ!」

 プンッと怒って、奥に行って走りこみを始める。


「……まあ、だいたいあんな感じだな。来客に対する態度が変わらないことには驚いたが」

「確かに目の敵にされている感じですね……」

 挨拶の一言も交わさないまま非難を受けたのには驚いた。自分への非難というよりオスカーへという印象もある。


「すみません。もっと控えた服がよかったですね」

 動きやすい格好にするべきか迷いもしたけれど、見学の日は構わないだろうと判断していた。彼といる時にはちょっとでもかわいくしていたいというのも本心にはある。


「いや。見学に来ただけなのだから、いつものジュリアで問題ないだろう。あれはアレック側の問題だ」

「そうかもしれませんが……、私のせいであなたが悪く言われるのは嫌なので」

 女を連れて来た、ここにそぐわない格好で来た。そんな矛先が彼に向く原因にはなりたくない。


「そこは気にしなくていい。ジュリアが来ても来なくても、どんな格好をしていても、自分は何かしら難癖なんくせをつけられるだろうから。むしろ、嫌な思いをさせてすまない」

「いえ。あなたが代わりに怒ってくれたから、私は大丈夫です」

 自分が大事にしているものを、彼もまた大事に思ってくれている。それが嬉しいから、正直、アレックのことはどうでもよくなっている。


「訓練、応援していますね。いってらっしゃい」

「……ああ。いってくる」

 少しひりついていたオスカーの空気が元に戻った気がする。


(キスしたいなあ……)

 視線が絡んだ時にそう思ったけれど、さすがにそれは自重した。


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