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18 〝マム〟なキャンディスと未来への祝福


「マムさんがホープくんに会いたいなら、会わせれば済むっていう問題でもないですものね……」

「そうだね。ホープはぼくを母親だと思ってるから混乱するだろうし……、やっとちょっとブレア家になじんできたところだから。少なくとも今はそのタイミングじゃないかな」


「ホープ・ブレアくんはホープ・ブレアくんですからね。もうこの王宮と関わりのない子だと証明されているので、ひと目見せることはできても一緒に暮らすことはできないことを考えると、見せたところで、と思います。

 仮に外的な問題をクリアできたとしても、主人格のキャンディスはあの子を大事にできないでしょうし……、正直に言えば、私も自信はありません。

 表面をどんなにとりつくろっても、本心はもれるでしょうから。改めて私たちの子として育てるのは不可能でしょうね」


「ジャスティンさんはホープくんをどう思っているんですか?」

「ホープ・ブレアである限りは問題ありません。けれど、もし実父実母を知ってこの国での権利を主張するようなら、消えてもらうしかありません」

「え」


「当然のリスクヘッジです。誰かがあの子を利用するために真実の一部だけ都合よく伝えたなら……、例えば、私があの子の父親を追い出して王位を奪った、などということをあの子が信じたなら、私や未来の子どもが危険にさらされるでしょう。

 政権交代の時には古来より、うれいを断つために前王の血族が全員殺されるというのは珍しくありません。


 今回はドウェインの罪の大きさもあり、正当な手続きでドウェイン関係者の処刑が済んでいます。もしドウェインの子でいたらあの子も連帯責任の対象でした。

 放逐ほうちくは最も優しい対処です。あなたたちがあなたたちだったから、あの子はまだ生きていると言っても過言ではありません」


 鈍器で殴られたような気がする。処刑が済んでいることや子どもでも殺すことをさも当然のように口にできるジャスティンを、自分からは遠い人に感じた。人の命に対する感覚が違いすぎる。


「……キャンディスさんが殺したいと言っていたのを、ジャスティンさんは止める立場だと思っていました」

「ああ……、できないと言ったこと、ですね。キャンディスには生きてほしいし、社会的に私たちが不利になることはしません。それが私の立場です」


 ルーカスが穏やかな笑みで話を切る。

「うん。ホープはもうブレア家の子だからね。マム問題の解決法には入れないでおこうか。

 ぼくはあの子に普通の人生を送ってほしい。物理的な距離もあるから、関わらせようとしない限りは一生関わらないで済むはずだしね」

「そうですね……」

 ホープのことを優先するなら、それがベストだということはわかった。かといって、どうすればいいかはわからないままだ。


「……少し話は変わるのだが」

 静かに聞いていたオスカーが言葉を選ぶようにしながら口を開く。

「キャンディス嬢にきざしはあるのだろうか」

「きざしというと……」

 ジャスティンが問い返す。ピンとくるものがあった。


「妊娠している可能性、ですか?」

「ああ。まだ早い気もするが」

「明確にどうかはわからないのですが。今月は月のものがなくて、様子を見ているところですね」

「え」

 その可能性はある時期とはいえ、早いのは早いだろう。前の時を思えば他人のことは言えないが。子育て仲間の中には何年も恵まれなかったという人もいた。


「なら……、どうにか、新しい子どもの方にマム嬢の意識を向けられないだろうか」

「うーん……、まだぜんぜん実感がない時期ですものね。そろそろつわりはあってもよさそうですが」

「詳しいですね」

「えっと、はい、ちょっと……」

 すごく昔に経験しているとは言えない。時期的な部分はうろ覚えだが、つわりが始まったのは月のものが来ないなと思って少ししたころだったと思う。個人差もあるだろうが。


「切り替えてもらうには前の子は死んだことにしちゃった方がいいんだろうけど。それはそれでショックで体に影響するかもしれないのが怖いよね」

「うーん……、死んだんじゃなくて、産まれ直すっていうのはどうでしょうか?」

「産まれ直す?」


「はい。騙すのを申し訳なくは思うのですが。……一時的に体の年齢を変える魔法が使えます」

「ああ、そうだったな」

 前にオスカーを子どもにしてフィンに会わせたことがあるから、オスカーは知っている。


「……うん、ジュリアちゃんが規格外なの忘れてた」

「規格外……かは置いておいて。ルーカスさんを子どもにして、一芝居打ってもらえたらと」

「なるほど? ホープの身代わりってことだね。うん、アリじゃない?」


 詳しく打ち合わせてから、魔法でルーカスをホープと同じくらいの年齢に調整した。服は王宮に残っていた、ホープこと、シリウス本人のものを着てもらう。

 髪型をいじって、少し雰囲気を近づける化粧をすれば、だいぶ本人らしくなる。ルーカスがそういう雰囲気を演じ始めたのもあるだろう。

(ルーカスさんって誰の替え玉でもやれるんじゃないかしら……。身長と体格さえ合えば)


 ジャスティンにルーカスの手を引いてもらって、マムなキャンディスを訪ねてもらう。自分には透明化をかけてついていく。声も聞こえなくなる方だ。

 ユエルたち一家はオスカーが見ていてくれることになった。ユエルたちだけを置いていくのは心配だったから助かるけれど、オスカーと離れるのは少しさみしい。


「では、行きますね」

「うん」

 ジャスティンとルーカスの演技力頼みだ。息を飲んで見守る。


 ジャスティンが扉を叩いた。

「キャンディス。今、いいですか?」

「どうぞ〜?」

 小さく返ってきた声はゆったりしている。マムのままのようだ。

 扉を開けて中に入る。二人についてすばやく入って、ドアを閉めて大丈夫なことを示すように少しだけドアを戻した。ジャスティンがドアを閉める。


「あら〜? あらあら〜、かわいい坊やね〜?」

 マムが満面の笑みでルーカスに駆け寄った。

(かわいい坊や……)

 その表現は、明らかに自分の子という認識ではない。失敗しただろうかと不安になる。


「マム。シリウスですよ」

「シリウス? ……わたしの子? そんなはずないわ〜」

 心臓が跳ねる。母親としてのカンなのだろうか。


 そう思ったけれど、続いた言葉で真意を理解した。

「シリウスは赤ちゃんだもの〜」

「赤ちゃん……?」

「そうよ〜? 産まれて半年も経っていないわ〜」


「……マム。あなたの記憶がない間に四年の月日が流れています」

「四年……?」

「はい」

「なので……、この子はシリウス、なのですが。シリウスであってシリウスではない、と思ってください」

「どういうことかしら〜?」

 問い返しながら、マムがルーカスを強く抱きしめる。決して離すまいとするかのようだ。


 ルーカスが驚いたように体をこわばらせて、おずおずとマムの顔を見る。

「……ママ?」

(さすがルーカスさん……)

 物心がついてから一度も会ったことがない母親との再会。そこには期待と不安が入り混ざるだろう。ただの喜びではない難しい感情がうまく出ている気がする。


 マムが目を見開いて、何度かまたたき、それから花が咲いたように笑った。

「ええ。お帰りなさい、シリウス……」

「ママ……」

 ひしっと抱きあって涙を流す。マムも、シリウスを演じるルーカスも。見ているこちらが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 ジャスティンも、マムからは見えない位置で苦笑している。

 しばらくそうして、マムが満足したように少し離れた。

「シリウス。わたし、四年も経っていたなんて知らなかったの……。立派になって……」


「ママ。あのね? ぼく、本当はもうここにはいないの」

「……どういうこと、かしら?」


「特別にね、お空から帰ってこれたの。だからすぐ消えちゃうんだけど……、ママの中にぼくはいるから。

 ぼくの弟か妹っていうことになるし、ぼくだった記憶はなくなっちゃうけど。ちゃんとぼくはいるから。だから、大事にしてね?」


「シリウス……?」

 もう一度抱きしめようとしたマムの腕をルーカスがさらりと避ける。

「トランスパーレント」

 唱える声は自分にしか聞こえない。

 マムの目の前で、シリウスを演じていたルーカスの姿が消える。


 と同時に、ルーカスから自分が見えるようになったはずだ。

「……お疲れ様でした、ルーカスさん。さすがでした」

「うん。やれることはやったかなっていう感じだね」


「シリウス! シリウス!!」

 マムが取り乱して名前を呼びながら辺りを探す。触れられないように、ルーカスと二人で壁際、ドアの近くまで退避した。


 ジャスティンがそっと、マムなキャンディスを抱きしめる。

「……マム。私も、さっきシリウスに会った時は驚いたんです。あの子がもういないことをどうあなたに伝えていいかと困っていたので……。……でも、ここに」

 そっとキャンディスの腹部に触れる。


「あなたの子はちゃんといると言っていたから。……もう一度、今度は私と一緒に、大事に育んでいきませんか?」

「……いるのかしら? ここに……」

「そう言っていました。もう少ししたらわかるようになるのではないでしょうか」

「そう……」


 マムがひとつ息をつく。

「なんだか疲れたわ〜」

「マム?」

「わたしはあの子の〜、あのシリウスの、ママなのよね〜」

 おっとりとした口調で笑顔で話しているけれど、やはり本当の笑顔ではない気がする。

 そう感じていたところで、マムが泣きそうな顔に変わった。その方が真実味がある。


「……かわいかったの。わたしの赤ちゃん。守りたかった。……けど、もういないなら、わたしはもう要らないと思うわ」

「マム……」


「……どうかこの子に、無限の祝福を」


 腹部に両手をあてて目を閉じる。

 そのまま彼女は動きを止めた。



ジャスティン、キャンディスがメインのファビュラス王国編は、

5章 裏魔法協会の〝リベンジャー〟

26 〝リベンジャー〟ジャアと対話を試みる

から、5章の終わりまでです。


この回を気に入っていただけて、未読でしたら、合わせてお楽しみいただけると嬉しいです。


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