15 [ブラッド] 男湯のユリア様像に彼氏の検閲が入る
飲み会の翌日、早朝に起きる。飲酒量も時間もセーブして帰ったから問題はない。空間転移で帰れるだけ、一番楽だっただろう。
何度も断るのが面倒で、無茶な時間設定をした。それならあきらめると思ったら、あきらめたのは一人だけだった。
(そんなに見たいもんかね。あいつらは魅了の魔法にかかってないはずなのに)
もし本人が脱ぐと言うなら、自分も男として見たくないわけではない。けれど見にくる目的はただの彫像だ。
(本人と彼氏の二人は検閲なんだろうが。……大丈夫、だよな?)
両方確認しているが、いたって普通の彫像だと思う。男性用の方がいくらかポーズが官能的で、彫刻で表現している布面積も少ないけれど、古代から伝わっている裸婦像に比べればかわいいものだ。所詮は彫像である。
水場で腐らないようにするために、いつものように木で彫ったものを、魔法で石に変えてもらっている。物資の石化などという高度な魔法は自分には使えないから、そこにはいくらか費用を使った。
まったく関わりがないエリアから、ここがどこかを知らせずに魔法使いを連れてきて、知らせないまま連れて帰るのは得意分野だ。
よくできた石像だ。魅了の魔法にかかっていなくて、心酔していなくても、眺めていると癒される気がする。
(まぁ大丈夫だろ)
そう結論づけて、朝五時と指定した待ち合わせ場所に行くと、すでに彫像のモデルがいた。
「おはようございます、ブラッドさん」
「早いな」
「はい。思っていたより早く着いちゃいました」
(かわいいのは確かにかわいいんだよな。彼氏が入れこむのはわからないではない)
「どっちにしろ女湯は一人だから、先に入るか?」
「お気遣いありがとうございます。でも、みんなの顔を見てから同じタイミングで入らせてもらえたらと思います」
「了解」
話したところで、高速で彼氏の方が飛んできた。
「……待たせたか?」
「いえ、今来たところです」
まるで二人で待ち合わせていたかのようだ。彼氏の方から軽く黙礼されるが、目が笑っていない。どちらかというと牽制されている気がする。
(人のものに手を出す趣味はないんだが)
続けてもう一人の魔法使いが見えてくる。
「ちょっ、オスカー、急にスピード上げないで。ぼくはそこまで出力ないんだから」
ため息まじりに言いつつも、それほど気にはしていなさそうだ。それからあくびをひとつ。
「ブラッドさん、ジュリアちゃん、はよ。この時間って意外に、もう明るいんだね」
「おはようございます、ルーカスさん」
「おはよう。日は昇っているからな。起きようと思えば起きられる時間だな」
「あはは。ぼくらはホウキで来ればそうかからないからいいけど、馬車組は暗い中で起きたんじゃないかな」
ガラガラと馬車の音がしてくる。豪華な作りだから、フィンの方だろうか。
「……あれ、御者さん寝てません?」
手綱を握っている御者がこくりこくりと船をこいでいる。
「ヒュージ・ボイス。御者さーん!」
ジュリアが拡声魔法で呼びかけると、ハッとしてシュッとして、寝ていませんという顔になった。
何事もなかったかのように目の前で馬車が止まる。御者が扉を開けたが、中から降りてこない。
「……あれ?」
ジュリアが見に行こうとしたのをオスカーが制して代わりに中を確認する。
「寝ているだけだな」
「ふふ。馬車に乗っていると眠くなりますよね」
オスカーが中で起こしたようだ。男二人で降りてくる。
「……欲を言えばリアちゃんに起こしてもらいたかったです」
「却下だ」
「おはようございます、フィくん」
「おはようございます。……早朝というのはいいですね。特別な感じがしました」
フィンからジュリアへ好きオーラが出ている。聞くところによると元カノで、フィンがフラれたらしい。あきらめが悪いというべきか、見た目よりしぶといというべきか、きっぱりあきらめた方が楽だろうと思う。
「朝って気持ちいいですよね」
普通に受けるジュリアはそこそこ鈍感だ。
「待ち合わせ時間は過ぎたが。もう一人は来ないな。自己責任だ。行くぞ」
「どうしたんでしょう? バートさん」
「さあ。単純に寝坊でしょうか。僕もけっこうきつかったです。朝が苦手な方ではないのですが」
「この時間に起きることはなかなかないですものね」
四人を大浴場に案内する。木の柵で囲っていて、男女別の入り口になっている。
「ジュリア嬢はそっちだ」
「はい。行ってきますね」
彼女が手を振って、軽い足取りで中に入っていく。
男三人を連れて男湯に入る。
「ここは村の共有財産だ。キレイに使ってくれ。ため湯から湯を汲んで体を洗う。湯船に入っていいのはそれからだ。魔法使い組は魔法で洗ってからでもいいが」
「せっかくだからここの流儀で入りたいかな」
脱衣所で服を脱ぎ、奥に続く扉を開くと、洗い場と湯船、壁と屋根と空が見える。
女湯との間にはしっかりと壁を作ってあるが、他の部分は外壁と屋根の間にスペースをとってあり、半露天になっている。外壁は登れない仕様で、空を飛んでいても見えないようには工夫してある。女湯も同じような作りだ。
「ここからユリア様像は見えないんだね?」
「湯船に入らないと見えないようにしている。横着してここから眺めて済まされると意味がないからな」
「いろいろ考えてあるんだね」
男の裸を見ても何も楽しくないが、目には入ってくる。
服の上からでもフィンは細身に見えていたが、印象通りの食が細そうな体つきだ。背が高めなのは遺伝だろう。
ルーカスは男の中では小柄だが、体型は普通といったところか。
オスカーはよく締まっていて、鍛えているのが一目でわかる。マッチョとまではいかないものの、腹筋は割れていて、筋肉のつき方のお手本のようだ。
(あいつには身体強化なしで軽々と投げ飛ばされたしな……)
魔法使いは身体能力を軽視する傾向があるが、何にでも例外がある。例外であることが独自の強みになっているのだろう。
ひととおり洗って湯船に入る。四人で入るとそこそこ埋まった感じがするサイズだ。あまり大きいと湯を沸かすのが大変になるから、時間をずらして入ってもらっている。
湯船からは手が届かない奥まったところに、実寸に近い大きさの石像が見えるようになる。
「あれがここ専用のユリア様像ですか……」
「……布面積少なめなんだね。ポーズも官能的な方向に寄ってる感じかな」
「普段は隠れている部分は想像で作られているから実物と同じかはわからないが。毎日拝みたくなるくらいには、よくできた石像だろう? 実際、村の男たちは見事に骨抜き……」
「……アイアンプリズン・ノンマジック」
「は?」
突然詠唱が聞こえて、魔法封じの鉄の檻に入れられた。湯船に入ったまま、自分一人がちょうど収まるサイズだ。
「オスカー?」
「……ルーカスも一応入れておくか。アイアンプリズン・ノンマジック」
「え、ちょっと待って。ぼくらの魔法を封じて……」
「石像を壊すつもりか?」
「いや? 像とはいえジュリアの姿だからな。それはできない」
「うん、オスカーはそうだよね。けど他の男の目には触れさせたくないから、運びだしてどこかに隠すつもり、かな?」
「ああ。終わるまで大人しくしていてもらうだけでいい」
「いやいやいや、ダメだろ。話を聞いてなかったのか? あの像のおかげで村の男たちはちゃんと風呂に入るようになったんだぞ??
そうでなくても、村の共有財産だからな? 特に、木を石化してもらうのには、これまでのピカテットの木彫りを売った金額がほぼ全て注ぎこまれてるんだぞ?」
「新しいものを作ればいい。木像の時点で確認をとらせてもらい、問題がなければ石化の費用は自分が負担する。なんなら制作費として追加分を出してもいい」
「シンプルな話にするなら、今ある像はオスカーが買い取って、監修を入れた新しい像を作らせてほしいってことだよね。どう? ブラッドさん」
「いや、却下だろ。何度も言っているが、ここの奴らにとって大事なものだからな。グレードアップするならまだしも、あんたが納得するレベルにまで下げたらがっかりもいいとこだろ。少なくともオレは、このくらいなら石像だしまあ大丈夫だと判断してるからな?」
「相談しているつもりはない。あの像をここから消すのは決定事項だ」
「は?」
「あはは。初手でぼくらの魔法が封じられた時点で防ぎようがないね」
「笑いごとじゃないだろ。フィン、なんとかしろ」
「僕ですか? いやムリですよ。前に剣技だけならって思ったことがあったけど完敗でしたし」
魔法使いではないフィンだけが捕らえられていない。わらにもすがる思いで言ったが、首を横に振られた。
「フローティン・エア」
オスカーが石像を浮かせる。運ぶ労力は皆無になる。
(これだから魔法使い相手は!!!)
「ブラッドさん、ここから女湯に声は届きますか?」
「大声を出せば、まあ、届くだろうな」
フィンが思いっきり息を吸いこんだ。
「リアちゃん!! オスカー・ウォードが大変です。すぐ来てください!!!」
「……その手があったか」
「うーん、ぼくも一瞬思ったけど、どうだろうね?」
オスカーを止められる可能性があるとすればジュリアしかいないだろう。その判断は最善だと思うが、ルーカスは苦笑している。
「それは間に合わないという意味か?」
「急がないとだな」
オスカーがため息をつきながら、石像を引いて脱衣所の方へ向かう。
「いや待て。マジで」
「間に合うとは思うよ? ジュリアちゃんだし」
「オスカー、大丈夫ですか?!」
「なっ……」
オスカーが脱衣所へのドアを開けようとした瞬間に反対側から開いた。
「いや早すぎだろ」
「すぐ身体強化かけて来たんだろうね」
服は着ているが、だいぶ濡れているところを見ると、ろくに拭かないままとりあえず着替えた感じか。
「……あれ?」
ジュリアが小首をかしげる。
「大丈夫ですか? なんともないですか??」
心配そうに全身確認して、一切隠していない局部に目がいくと、手で顔をおおって反対を向いた。
恥ずかしそうで申し訳なさそうなのに、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。




