28 [オスカー] 裏魔法協会との戦い
空から降り注いだ風の矢を防御壁が弾く。
「威力はそれほどでもなさそうだが」
「探知魔法の代わりだと思う。やられたね」
「もう一度霧を張る。移動しよう」
「トルネード・クインテット」
こちらが魔法を唱えるより早く、局地的に四本の竜巻が発生し、全員をドーム型に包んでいる結界にヒビを入れる。自然の竜巻とは違い、風魔法の刃がうずを巻いたものだ。
「っ、プロテクション・スフィア」
結界の魔法を重ねがけしたが、二本が一本にまとまり、勢いを増した二本に挟まれる。それほど持たないだろう。
(範囲結界じゃダメか……っ)
正面に張るシールドならより強固だけれど、背後に竜巻が回りこんだらアウトだ。打開できる手が浮かばない。相手は確実に、自分よりも格上の魔法使いだ。
「ごめん、もう一回だけ重ねがけして。もつ間にぼくがフィン様とジュリアちゃんに目と脚の強化をかけるから」
「プロテクション・スフィア」
「エンハンスド・レッグズ。エンハンスド・アイズ」
ルーカスが二人にそれぞれ強化をかけていく。
「防御壁が突破されたら、よく見て避けて。強化がかかっていればなんとかなるはずだから。ごめんね、ぼくらだとこれで精一杯」
クルス嬢が申し訳なさそうにルーカスと自分を見る。
「……すみません。私が魔力開花術式を受けていればお力になれたのですが」
「気にしなくていい。あなたが背負うことではない」
たとえ彼女が術式を受けていたとしても、あるいは本当は魔法が使えるのだとしても、護衛対象である彼女を戦力に数える場ではない。彼女とフィンを守るのは自分たちの役目だ。
彼女がわずかに瞳をうるませる。
「ありがとうございます……」
「いや、当然のことだ」
(かわいいんだが?!)
こんな時に思うことではないと瞬時に振り払う。が、かわいい。
『オスカー、魔力はどう?』
ルーカスから早口に通信が入った。魔道具ごしなのは、クルス嬢たちに心配をかけないためだろう。同じようにして答える。
『下級魔法なら問題ないが、中級魔法はもうそう使えない。そちらはどうだ?』
『ぼくは下級魔法しか使ってないから。って言いたいところだけど、ごめんね? あと何回かって感じ』
『そうか。全員に直接防御魔法をかけたいところだが……』
話していたところで結界が砕かれ、するどい風魔法の竜巻が襲ってくる。
「っ……」
クルス嬢の手を取り、誘導するように避ける。
フィンとルーカスは個々に避けた。ルーカスにはフィンを誘導できるほどの動きができないのだろう。
(運動は苦手だと言っていたな……)
同じ強化がかかっている状態なら、最低限は貴族教育を受けているのだろうフィンの方が動けている。
「うふふ。中々がんばるじゃない?」
空から高らかにラヴァの声がした。すぐ近くに、ホウキに立った姿がある。
(この短時間で鉄の檻を抜けだしたのか……!)
魔法封じの檻ではないとはいえ、簡単に出られるものでもない。木の檻ならまだしも、それなりに強固なはずだ。少なくとも自分が捕まった場合、こんなに早くは出られない。確実に相手の方が上だ。
(守りきれるか……? いや、やるしかない)
「これはどうかしらあ。ヤケドしないでねぇ? ファイア・バーズ」
数羽の火の鳥が舞って、竜巻に飛びこむ。竜巻が炎をまとって殺傷力を増して迫ってくる。
「っ! ウォーター・シールド!」
竜巻本体を避けた上で水の盾を出したが、降りそそぐ火の粉を防ぎきれない。
(クルス嬢……!)
心配して見やると彼女は凛とした瞳で、高価なドレスの裾を迷わず大きく引きちぎり、降りかかりそうになる火を払い落とした。
(やはり、好きだな……)
おびえて縮こまってしまっても不思議ではないのに、彼女は常にできる最善を模索している気がする。なかなかできることではないだろう。
「うわあっ、あつっ……」
フィンの声がした。ルーカスも同じ魔法でフィンの前に立っているが、同じく防ぎきれなかったようだ。
フィンが情けない顔で、服にかかった火をハンカチでパタパタと叩きながら後ろに下がっていく。
「危ないっ!」
クルス嬢が叫んだ。そう認識した時にはもう彼女が駆けていた。
「サンダー・アロー」
彼女がフィンに手を伸ばし、腕をつかんで思いっきり引きよせたのと同時に魔法を唱える声がして、直後、先ほどまでフィンがいた場所に雷の矢が刺さり、辺りを焦がした。
「おやおや、勘のいいお嬢さんですな」
「ジュリアちゃんっ!」
「もう一人……っ」
死角になっていた木々の間から紳士風の男がフィンを狙っていたことに、彼女だけが気づいたようだ。助けられたと思うのと同時に、なんて無茶なことをするんだとも思う。
本来なら優先すべきなのはフィンの安全だけれど、フィンよりも彼女を守りたい自覚はある。仕事としてはダメだろうとわかってはいるが、どちらが大事かという問題だ。
自分、ルーカスとクルス嬢たちを分断するかのように火の鳥が飛び、間に炎の壁を作った。
「坊やたちはこっち、ね? じゃないとアタシ、妬いちゃうわぁ」
竜巻で開けたエリアを超えて飛び火して、森も焼け始めている。彼女たちを囲うように炎が迫っていく。
(クルス嬢っ!)
「インテンス・レイン!!」
彼女が危ないと認識したのと同時に、水系統の中級魔法を唱えていた。辺り一帯に大量の水が降り注ぎ、すべて鎮火させる。
水の勢いで竜巻に巻きついていた炎も消えたが、竜巻周りのするどい風が襲いかかってきた。風魔法のそれはまるで細かい刃のようだ。
「っ……」
防御魔法も回避も間に合わず、片腕が刻まれる。見た目ほど傷は深くないが、魔道具のローブの端が少し持っていかれた。
(半分以上ぬげると戻るのだったか)
痛みよりもそちらが気になる。彼女の前に正体をさらすのはなんとしても避けたい。
クルス嬢が叫ぶ。
「土魔法で壁を! 竜巻を閉じこめて!」
「! ダート・ウォール」
ルーカスと同時に唱えた。せり上がった土の壁が竜巻を止める。何度か唱えて完全に囲って動きを封じた。と、空気を巻きこめなくなった竜巻が勢いを落として消えていく。
(こんな使い方があるのか……)
すぐにクルス嬢たちの方へと向かう。途中、ルーカスから回復魔法をかけられた。
「ヒール」
『もう魔力がないんじゃないか?』
『うん、あと一回くらいかな。でもオスカーもキツいでしょ? ぼくよりオスカーのケガや魔力切れの方が状況が厳しくなるからね』
『すまない』
『ぼくのセリフだよ』
「あらあ、面白いお嬢さんねえ。あなたは魔法使いじゃないのかしらぁ?」
「サンダー・アローズ」
ラヴァが話す間にトールから雷の矢で狙われる。全員その場から動いてなんとか避けた。
攻撃は最大の防御だと言うが、こちらから攻撃をしかけられるだけの魔力の余裕はない。今は救援が来るまで逃げまわるのが最善手だ。
「うふふ。そろそろ終わりにしましょう? フェニックス・ファイア」
巨大な火の鳥が舞い、滑空してくる。
(まだ上級火炎魔法が打てるのか!)
鳥の形のものは追尾型にできる。避けてもどこまでも追われるため、処理するしかない。
「……インテンス・レイン。ウォーター・シールド」
なるべくなら唱えたくなかった中級魔法を唱えた。それでも消しきれなかった、小さくなった火の鳥を水の盾で飲みこむ。
「サンダー・アロー。サンダー・ボルト」
「っ、ダート・ウォール」
一方で、紳士風の男の雷魔法が畳みかけてくる。よろけたフィンを守って、ルーカスが土の壁で防いだ。
(魔力切れの状態で魔法を使うと生命力が削られるのだったか……? そもそも発動させられるのか……? 救援はまだか?!)
ルーカスが連絡をしてからだいぶ経っている。とっくに来ていてもいいはずだ。
もし遠くの空で戦っているらしいのがそれだとすれば、裏魔法協会の実力はこの街の魔法使いをしのぐかもしれない。絶望的だ。
『オスカー! 聞こえる? ぼくはフィン様を守って逃げるから、オスカーはジュリアちゃんを連れて逃げて!』
ルーカスからかなりの早口で通信が入った。
『狙われるのはそっちだろう?! ならむしろ自分が』
『たぶんお見合い相手もサブターゲットだと思う! オスカーが最速でジュリアちゃんを安全なところに逃して、魔力を回復して戻ってくるのが最善だよ! できればぼくにも魔力回復液をお願い』
『……わかった。ルーカス、これは受け取れ。プロテクション』
ルーカスに防御魔法をかける。本当は中級防御魔法をかけたいところだが、もうそこまでの魔力がない。今は下級の防御魔法でも一人分がやっとだし、強い攻撃は防ぎきれないし、防げるのは一度や二度だけだけれど、どうかフィンを守るというルーカスの命だけでも守れるように。
ルーカスがニッと笑った。
『いい? 絶対にジュリアちゃんを守りきりなね』
最後の通信は、今生の別れを覚悟しているように聞こえた。




