14 酔っている人はみんな酔ってないと言うらしい
「ア? 言ってなかったか?」
怪盗ブラックかと聞かれたブラッドは、こちらの心臓が飛び出しそうなのをよそに、さらりとそう答えた。
(え……)
驚きとともにフィンを見ると、完全に知っていた顔だ。
「……フィくんは知っていたんですね」
「それはもちろん。雇う前に身元調査をするのは当然ですよね」
「え……」
失礼かもしれないけど、そこまでしているとは思っていなかった。フィンはしっかり、次期領主としての差配を振るっていたようだ。
「じゃあ、知った上で?」
「僕が雇いたいと言った時に、中央魔法協会の所属だと言われたので。魔法協会絡みの問題が解決済で、話した時の人柄も問題ないと判断しているから、優秀な魔法使いを雇える機会は逃せませんよ。利害も一致しましたし」
「そういうことだな」
道理でブラッドが落ち着いているはずだ。フィンとの間にはとっくに信頼関係ができていたようだ。
「怪盗ブラックって、あの怪盗ブラックですの?」
バーバラがきょとんとしていてかわいい。
「やはりバーバラは気づいていなかったんですね」
言いだしたバートがドヤ顔だ。一瞬でバーバラの頬がふくらむ。
「き、気づいていましたとも!!!」
「あはは。なら、なんの問題もないね」
ルーカスが笑ってそう言ったのは、この場の全員がブラッドと変わらずに接していけるようにするためな気がした。
自然な感じで、ルーカスが静かに飲んでいたオスカーに視線を向ける。
「話を戻すけど、オスカーの一芸は?」
(そういえば聞いたことがなかったわね)
ちょっと気になる。
「そうだな……、考えていたが、特には浮かばない。自分も子どもの頃にフィドルを習ったことがあったが、剣を振っている方が好きで続かなかったからな」
「ふふ。目に浮かびます」
フィドルが続かなかった仲間としてもちょっと親近感だ。
「ぼくとしては、オスカーとジュリアちゃんが目の前でぶちゅっとしてくれるだけで十分満足だけどね」
「ちょっ、ルーカスさん?!」
一体何を言いだすのか。そんな恥ずかしいことができるはずがない。前の時に結婚式でさせられたのも恥ずかしかった。普通は人前ですることではないと思う。
(ルーカスさん……、バートさんには距離感の話をしてたのに。今日は無礼講なのか、冗談なのか……)
「あ、それいいですね」
バートがノリノリで乗ってきて、オスカーがため息をつく。
「芸でも見せ物でもないのだが」
「ほんと、そうですよ……、……?!」
ふいにオスカーに抱きよせられ、耳をくすぐる声が落ちる。
「しても?」
(きゃああああっっっ)
オスカーまで何を言いだすのか。ものすごく恥ずかしい。
「……少しなら」
答えたのと同時に、ほんのわずかに唇が触れあった。
「……え」
言いだしたルーカスとバートが驚いている。ルーカスが驚いているのを見るのは珍しい。
肩を抱く彼の手が外れないまま、こめかみにもキスが落とされる。
(ひゃぁぁっっ)
「見せつけられたいなら見せつけるが?」
「……オスカー、酔ってます?」
「酔ってない」
「あはは。牽制、かな。最近のオスカーの独占欲増し増し具合を忘れてたよ。ごちそうさま」
「あー、心の底からうらやましい! もっと見たいけどうらやましい。オレも混ざりたい……」
「指一本触れたら指を切り落とす」
「ちょっ、オスカー、やっぱり酔ってますよね?」
「酔ってない」
「酔っ払いはみんなそう言うよね」
「……場の雰囲気で、少しいつもより本音が出ているだけだ」
「じゃあ、ジュリアちゃんに本気で手を出そうとされたら?」
「切り捨てたい」
「……あの、目が本気ですよね」
対象になる可能性があるフィンとバートが身の危険を感じて引いている気がする。
「ジュリアが困るし悲しむだろうからしないが」
「心底僕たちのことはどうでもいいことがわかりました……」
「これからも仕事としての距離感を期待している。お互いのために」
「仕事と言えば、とりあえずはピカテットの木彫りの契約し直しの話か?」
ブラッドがマジメな話に移してくれてホッとする。
「そうだね。そこはぼくとブラッドさんでやるのがいいかな。オスカーに同席してもらうのもいいと思うけど」
「私はいいんですか?」
「向こうが代表を出してこない限りは、こっちもジュリアちゃんが出る必要はないと思うよ。ひょいひょい動いたら軽く見られる可能性があるから」
「ショー商会との交渉ですわよね? わたしたちは?」
「同じ理由だね。自分たちの商会の見習いが出てきたら、偉い人の家系とはいえ、仕事上は下に見られる可能性があるから待機で。
フィン様は逆に、行政的な圧力だと受け取られた場合、フィン様のマイナスになる可能性があるから行かない方がいい。だからぼくら三人だね」
「なるほど」
名前が出たフィンが声を上げる。
「あの、前から思っていたのですが。この場では仲間ですよね。なので僕も様付けは外してもらえたらと」
「それもそうだね。フィンでいい?」
「はい」
「フィくんはフィくんのままでいいですか?」
「はい。それはどちらでも嬉しいです」
「フィ、フィフィフィ……、フィン……」
バーバラが真っ赤になりながらがんばって呼びすてにした。かわいい。
「ムリしなくていいですよ、バーバラ」
「……そう、ね」
ちょっとしゅんとなる。本当は呼び捨てにしたいのだろう。ういういしくてかわいい。
「仕事と言えば。ジュリア、保存できる花の話を」
「あ、そうですね。あまり知られていない生活魔法に、植物を長く保存するものがあるんです。一度かければ数年はもつ感じで。例えば一年保証とかで、特別なものとして売りだすことはできるでしょうか」
「それは興味深いな。保存がきく花なんて聞いたことがない」
「魔力消費としてはどうなんだ?」
「微々たるものですよ。ファイアと同じくらいです」
「それはいいな」
「生活魔法なので、ルーカスさんやブラッドさんも簡単に覚えられると思います」
「簡単だけど知られてないんだね」
「魔法協会の仕事で役に立つ魔法じゃないので教えられないのと、食べものには使えないから用途が限定的すぎて広まらなかったのではないかと」
「俺たちからすれば、広まってないことが商機だな」
「はい。多少知られたとしても、魔法使いに依頼して魔法をかけてもらうより安く売れば済むだけなので。まとめて魔法をかける方が魔力効率がいいですし」
「リリー・ピカテット商会の名前にもふさわしいですね」
「商品候補に入れて、販売ルートを含め考えていこうか」
「はい。じゃあ、今度ルーカスさんとブラッドさんにも教えますね」
「うん、よろしく」
「頼む」
言って、ブラッドが話を引き取る。
「オレからも報告があった。前に話していた村の浴場が完成した」
「あ、おめでとうございます」
「ああ。ユリア様像のおかげで千客万来だ。みんな日に一度は行ってくれていて、かなり助かっている。その分の魔力を回せるから、花の保存は余裕だろう」
「そうなんですね。それはよかったです」
(どんなユリア様像ができたのかしら……)
気になるけれど、特に男湯は確認のしようがない。
そう思っていたら、フィンが切り込む。
「仕上がりの確認として、僕も一度入りたいのですが」
「商会仲間特典として俺も」
「自分も見ておきたいのだが」
「オスカーまで?!」
「あはは。オスカーは検閲の方だよね」
「前も言ったが、全員却下だ」
ブラッドがさくっと切り捨てると、珍しくフィンが食いさがった。
「ダメですか? 朝方とか、村人が絶対使わない時間に貸切にするとかでも?」
「……あー、なるほどな。それならできるか」
「できちゃうんですか?」
驚いてつい声をあげた。思っていたよりあっさりだ。
「明日早朝五時。その時間に来れるやつだけ来い」
「……それ遠回しに断ってないか? 今日の明日でその時間に起きれる自信がないんだけど」
バートはぐっと眉が寄り、オスカーはわずかに口角が上がる。
「自分はそれでいい」
「せっかくだからぼくも行こうかな」
「私も女湯の方を見ておきたいです」
「魔法使い組は余裕なんですね……。移動時間が短いですものね。まあ、せっかく引きだせたブラッドさんの譲歩なので、僕もがんばります」
「わたしはパス。朝は弱いのよね」
「……ハァ。それしかないなら、俺は徹夜してでも行きます」
「ああ。用意して待っている」




