13 一芸の話がとんだヤブヘビになる
リリー・ピカテット商会の設立手続きが完了した。フィンとバートがだいぶ動いてくれたとはいえ、なんだかんだと打ち合わせることが多くて忙しかった印象だ。
金曜の夜に設立親睦会をすることになった。少しいい店の、ちょっと広い個室を貸切にしている。
このメンバーで会うことはかなり増えたけれど、前のような関係の難しさは感じなくなったから苦ではない。
(仲間っていう感じになったのよね。予想外だわ……)
いろいろあったというかありすぎた顔ぶれだ。
元お見合い相手、お見合い相手の前の時のお相手、元お見合い候補、捕まえた元怪盗。オスカーとルーカスは魔法協会の仲間だから除外するとして、スタートの関係だけを見るとすごいメンバーだと思う。
「じゃあ、ジュリアさん、乾杯の音頭をお願いします」
「え、私ですか?」
ふいにバートから話を振られて驚いた。何も考えていない。
自分とバート、バーバラの年下組はソフトドリンクを手にしている。
フィンが当たり前というようにバートを支持する。
「代表はリアちゃんだからね」
「そうでした……」
事前に思い至っていたらよかったと反省しつつ、言葉を考えていく。
「えっと、みなさん、リリー・ピカテット商会、設立のためにがんばってくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
リリー・ピカテット商会とビレッジ・マダムユリアの繁栄を願って、乾杯」
商会はまだしも、改名が済んだ村の名前を呼ぶのはかなり恥ずかしい。がんばって言いきってグラスを掲げる。
「乾杯」
バートが真っ先に杯を乾かす。
「オスカー・ウォード! 飲み比べで勝負だ!」
「待ってください、お兄様。お兄様はジュースですわよね?」
「ああ。どっちが多く飲めるか勝負だ!」
「バカはおやめになってください……」
(ソフトドリンクの飲み比べ勝負なんて初めて聞いたわ……)
バーバラが止めてくれるのがありがたい。
オスカー、ルーカス、フィン、ブラッドは十八歳以上で成人済のため、手元にはお酒のグラスがある。オスカーもルーカスもたしなむ程度という印象だが、フィンとブラッドはどうだろうか。
「なら僕がやりましょうか? もちろんお酒で」
「フィくんは結構飲めるんですか?」
「どうでしょう。仕事での酒の席は好きではないけど、今日は楽しいので。そういう余興もいいのかなと」
「自分は、酒は飲めども飲まれるな、だと思う。潰れるまで飲んだら楽しくないだろう?」
さらりと躱わすオスカーがカッコいい。彼の考えにも大賛成だ。
前の時、結婚してからは時々一緒に飲んでいた。自分は一、二杯で十分という感じで、オスカーはもっと飲めそうだけどそのくらいでやめていたと思う。
ルーカスがカラリと笑う。
「うん。一気にお酒を飲むのが危険なのは誰でも知ってることだし、ソフトドリンクでも短時間の水分の取りすぎは命に関わることがあるらしいからね。
勝負するなら他のことにすれば? そうだね……、例えば歌とか?」
「歌?」
「ふふ。一芸っていうのは楽しいかもしれませんね」
「なんの準備もしてないのよ? 見るのはいいけど、わたしはできないわ」
「俺もどうせやるならちゃんと準備したいな。次の時にはジュリアさんに、耳が溶けるような俺の美声を聞かせますよ」
バーバラの言葉に乗りつつ、バートが得意げに胸をはる。
「一芸なら、僕はハープでしょうか」
「え、弾けるんですか?」
「音色が好きで、たしなむ程度ですが」
「すごいですね」
フィンはさすが領主の息子、正真正銘の貴族といったところか。
「私はフィドルを習ったことがあるのですが、楽器は難しくて。人に聞かせられるレベルにはなりませんでした」
「よければ次の機会にはハープを持ってきますね」
「フィドルって弦楽器だっけ?」
「はい。ハープシコードと並んで、ミュージカルでもよく使われる楽器ですね」
「わぁ、なんか貴族って感じだね。ぼくは縁がなかった世界だなあ」
(楽器は高いものね)
庶民でも裕福な家、例えばバートとバーバラのような背景がないとなかなか子どもに触らせられないイメージだ。
「ルーカスさんの一芸は、読心ですかね」
「待って、心が読める超能力があるわけじゃないから、『さあ何を考えてるか当てて!』なんて言われても答えられないからね?」
バーバラがきょとんとしてから納得の顔になる。
「あら、そちらの『どくしん』でしたの。独り身を想像して、独身が一芸って何かと思いましたわ」
「うん、なんか一生独身の呪いをかけられた気がするよ……」
(励ましたいけど何も言えない……)
前の時、ルーカスは少なくともクレアの結婚式まで独身だった。両方をかけての「どくしんのルーカス」だ。
話を変えた方がいい気がする。
「ブラッドさんは何かありますか?」
「一芸を見せるのは強制なのか?」
「もしやりたければ、ですね」
「ならオレはパスだな。人に見せられるようなものはない」
「そうなんですね? ブラッドさんの召喚魔法は好きなのですが」
何気なく言ってからハッとした。これは伏せた方がいいことではなかったか。そうでなくても魔法使いの手の内を明かすのはいいことではない。
ブラッドは気にした様子もなく、フラットに話を受けた。
「あれは芸じゃないと思うが……、まあ、使い魔の召喚も空間転移も珍しい魔法ではあるな」
「ピカテットも使い魔にしていますの?」
「いや、ピカテットは使い魔にしても何もできないだろう。契約している魔法使いがいたら見たいレベルだ」
(目の前にいます……)
思うけれど、自分も使い魔契約や召喚ができることを知られたくないから黙っておく。
「オレの使い魔はキャットバットだ」
「ショー商会のセイント・デイのパーティで召喚していた、小型だけど凶暴な魔物ですよね。肉食で、群れで襲って骨まで食べつくすとか」
(え……)
フィンがさらりと解説したことに驚く。
(ちょっと待って。フィくん、ブラッドさんが怪盗ブラックって知ってる……?)
少なくとも自分は言っていない。ブラッドは今はフィンに雇われていて、上司と部下の関係でもある。知られたらまずいことではないのか。心臓がバクバクだ。
(一般客と同じように魔法協会のパフォーマンスだと思っている可能性もあるかしら……?)
あの場でルーカスがパフォーマンスだとアナウンスしていた。だとしたら、元々魔法協会のメンバーだと認識している可能性もあるだろうか。
フィンの話を、ブラッドはやはり自然に受ける。
「ナワバリにさえ入らなければ、わざわざヒトを襲ったりはしない」
「キャットバット、かわいいのとカッコイイのを両立している感じがいいですよね。ちょっとカッコイイ寄りで」
「ああ。黒いしな」
話が落ち着きそうでホッとしつつ、どう話題を変えるかを考えていると、
「前から気になっていたのですが」
そうバートが前置いた。
「ブラッドさんって、怪盗ブラックですよね?」
(きゃあああっっっ!!!!!)
単刀直入にぶっこむのはやめてほしい。




