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12 父に仕事中に呼び出される


「オスカー・ウォード。ジュリア・クルス」

 火曜日、勤務開始後に父から呼び出された。

(オスカーと私? 個人的なことで仕事中に呼ばれたりはしないだろうし、何かしら)

 不思議に思いながら、父の個別の執務室に連れられていく。みんなには聞かれない方がいいことなのだろうか。


 それぞれ座ってから、父がため息をついた。

「ウッズハイムの魔法協会からお前たち二人に移籍のスカウトが来ている」

「はい?」

 何がどうなってそうなったのか。

 頭ではわかる。おそらく、冒険者協会から情報が流れたのだ。


(やっぱり個人情報だだもれじゃない……)

 父以上にため息をつきたいけれど、父がいる手前、がんばって飲みこんだ。


「ウッズハイムは隣街なのだが、前々から人材不足だとは言われていてな。オスカー・ウォードは向こうから研修に来たから知っているだろうが」

「ああ。新人研修をやれる人材がいない支部のため、こちらで世話になった」


「それでそのまま残っている形だな。魔力開花術式は向こうで受けているから、お前を返してほしいというのは理にかなっているようにも思うが。

 どうしてジュリアなんだ? 何か向こうと関わりがあるのか?」


「……さあ、なんでしょう。私にはさっぱり」

 ここはシラを切るしかない。向こうは向こうで、冒険者協会から情報を得て引き抜きにきているとは公言できないはずだ。


「思い至ることがあるとすれば……」

 オスカーがそう前置く。

(え、何を言うつもり?)

 オスカーのことだからミラクルボンドについて明かすとは思えない。けれど、他に話せることも思いつかない。


「だいぶ前にはなるが、ジュリアさんを自分の両親に会わせたことがある。ジュリアさんはその時に気に入られていて。

 二人とも魔法使いで、父はウッズハイム支部の臨時依頼部門長をしている。何かの折に支部長とそういう話になったのかもしれない」

(なるほど……!)

 そのルートは思いつかなかった。すごく説得力がある。


「……両親に会わせた?」

 父の顔がひきつっている。それは早くないかと書かれている気がするが、仕事中であることと、口を出さない約束から、それ以上は言えないでいるのだろう。

「ああ。一度連れてくるように言われたため」

「そうか」

 頭では理解できても感情的には納得していない顔な気がする。


「で、理由はどうあれ返事をしないといけないわけだが。参考までにお前たちの希望を聞きたい」

 そう言われて考えてみる。


 前は研修が終わった時点で結婚することになり、それに伴ってオスカーの実家の離れに住む話が上がった。

 そのため、父を通してこちらから、ウッズハイムの魔法協会に移籍の打診をしたはずだ。二つ返事でぜひと返ってきていたと思う。


 最終的に向こうに所属することになるとしても、こんなに早い時期に向こうから打診されるのは想定外だ。

 とはいえ、断り方を間違えると、今後また移籍したくなった時に困るだろう。


「……私の希望の前に、私はまだ研修中で、向こうでは新人研修はできないんですよね。移籍自体が難しいのではないでしょうか」


「そう言った場合はオスカー・ウォードがカギになるだろうな。今の研修担当にオスカー・ウォードがいることがわかれば、一緒に移って継続できると言われるだろう。

 外部研修先の確保はそう難しくないし、なんならこちらに通うこともできる距離だしな」


「なるほど……」

 父の想定はもっともだ。つまり、移りたいなら移れる状況はあるということだろう。


「優先順位としてはオスカー・ウォードだけでもとも添えられているが。お前はどうだ?」

「急な話で、すぐには決めかねるのだが。時間の猶予ゆうよはもらえるのだろうか」

「それもそうだな。返事は急がないが、一週間程度でもらえるといいとは言われている。なるべく今週中に希望を聞いておきたい」

「わかった」

(さすがオスカー)


 考えたり相談したりする時間を作ってくれたのだろう。その発想はなかったからすごく助かる。

「……私も。同じように時間をいただいてもいいですか?」

「ああ。希望を聞いた上で、その通りになるとは言い切れないが。そうしてもらっていい」


(ちょっと怒ってるように見えるけど、これは多分、ちょっと困ってるのよね……?)

 前の自分なら怖がりそうな表情をしている。けれど今はもう怖い感じは受けない。


「……お父様は私に悪いようにはしないと信じています」

 そう伝えると、父の顔がかすかに変わった。困ってはいるけれどどこか嬉しそうな感じだ。



 オスカーとのランチタイムを作戦会議にあてる。今日は心地いいテラス席を選んだ。


「クルス氏にはああ言ったが。正直なところ、自分はどちらでも構わないと思っている」

(まあ、そうよね)

「ジュリアがいる所なら」

(ひゃああっ……!)

 不意打ちでクリティカルヒットだ。大好きだと叫んで尻尾を振りたい。


「……私も。あなたと同じ支部にいるのは当然として……。いつかは向こうに移るとしても、今移った方がいいのか、もっと後の方がいいのかっていうところですかね」


「いつかは移る?」

「はい。結婚したら、またあなたの実家の離れを使わせてもらえるのが一番いいでしょうから。

 前は研修が終わったのと同時にウッズハイムに移ったので、私もあなたも向こうの支部にいる時間の方がここよりずっと長かったんです」

「……そうか」


「うーん……、今ウッズハイムに住むことになったら、私が一人暮らしで、あなたが実家住まいになるんですよね……」

「ああ、そうだな。ジュリアが一人でうちの離れに住んでもらっても、うちとしては構わないと思うが」


「お父様が許可しないでしょうね……。そういう意味では外での一人暮らしも許可されない気がするので、支部を移っても実家から通わされる可能性が濃厚な気がしてきました……」

「それはジュリアの負担が大きいな」


「あと、今入れているあなたとの訓練を向こうでも許可してもらえるかっていうのもありますよね。……多分、こっちでも夏くらいには終わりにされるとは思いますが」

「そうなのか?」


「一年目は内部研修、ニ年目は外部研修がスタンダードで、一年目の途中から外部研修になっているのがイレギュラーだから、今の動き方になっていたかと。

 ニ年目に入ったら朝から一日外部で、金曜日の午後だけ報告をまとめに魔法協会に行く形になると思います」

「……そうか」


「うーん……、今すぐじゃない方がいい気がしてきました。『そちらに行くつもりはあるけれど、こちらでタイミングを見て移らせてもらいたい』みたいなお返事はアリですかね……?」

「向こうとしては、断られるよりはいいと思うが」


「私たちとしても、今後を考えると断らな方がいいですしね。あとはそう判断した理由をなんてお父様に伝えるか……」

「『話はありがたいから受けたいけど、もう少し実家にいたい』でいいんじゃないか? クルス氏なら喜びそうだ」

「ふふ、そうですね。あなたの方は?」


「そうだな……、『もう少しホワイトヒル支部で学びたいことがある。役に立てる自信がついたらウッズハイムに戻りたいと思っている』といったところだろうか」

「天才ですね……! それならどちらの支部にも失礼がないですものね」

「ああ」

 オスカーがどことなく嬉しそうだ。


(最近、ちょっとルーカスさんに頼りがちだったかしら)

 何かを相談するときにはルーカスを交えることが多かった。そうなると、ほとんどルーカスの独壇場だ。オスカーとしてはおもしろくないこともあったかもしれない。


(昨日ルーカスさんから「オスカーは?」って聞かれたのはそういう意味だったのかしら)

 あのときはなんでそんなことを聞くのか分からなかったけれど、そう思うと納得だ。

 自分より先にルーカスが気づいているのは、さすがだと思うのと同時にちょっとくやしい。フォローしてもらったという点ではありがたいが。


「……オスカー」

「ん?」

「私の一番は、ぜんぶ、あなたですからね」

「……唐突に、どうした?」


「ふふ。どれだけ思っていても言葉にして伝えないと伝わらないだろうし、何度伝えても時間が経ったら薄れちゃうと思うので。

 一番大事なのも、一番尊敬しているのも、一番信頼しているのも、一番一緒にいたいのも、一番見ていたいのも、一番声を聞いていたいのも、一番大好きなのも。……心から愛しているのも。ぜんぶ」


「……ジュリア」

「はい」

「キスしたい」

「はい?」

 むしろオスカーの方が唐突ではないか。ものすごく嬉しいけれど、公衆の面前だ。今日に限って個室にしていなかったことを後悔した。


「……えっと……」

「いや、忘れてくれていい」

 困ったような顔をしてしまっただろうか。反応を見て引いてくれるのは彼のいいところだけど、今は引かなくていいところだ。


 もう食べ終わっていたから、自然に見えるように立って、彼の耳元に口を寄せる。

「……この後、人目がないところで。……透明化をかけるので。……キス、しましょう? ……それから、あなたのホウキで送ってもらえると嬉しいです」


 オスカーが耳まで赤くなる。かわいい。

(大好き……)

 つい、彼の耳の上に軽く唇を触れさせてしまう。

 彼の全部が愛おしい。


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